物語は、始まらなかった
弟の家に遊びに行ったときのことだ。
「ホームビデオ見る?」
そう言われて、みんなでテレビの前に座った。
甥っ子はまだ一歳か二歳くらい。
ぷくぷくしていて、抱っこされながら「ふんっ、ふんっ!」と顎をクイッと動かし、「こっち!」と進行方向を指図する、不思議な赤ちゃんだった。
方向感覚が異常にいいのだ。
私はいまだに、トイレから出ると自信満々に反対方向へ進むというのに。
弟夫婦は二人とも電車が大好きで、家には毎月分厚い時刻表が転がっていた。
私はその時まで、時刻表というものが毎月発行されていることすら知らなかった。
「えっ、毎月買う人いるの?」
と本気で驚いた。
路線図はほとんど頭に入っているらしく、どこそこ線がどうつながっていて、どの駅で乗り換えて、どの特急がどうだとか、楽しそうに話している。
異文化だった。
でも、その力に助けられたこともある。
大学受験で弟と二人で東京へ向かう日に、飛行機が全便欠航になったことがあった。
まだスマホも乗換案内アプリもない時代だ。
みんなが途方に暮れる中、弟はJRの時刻表をパラパラとめくり、
「この電車とこの電車を乗り継げば、二十時間ほどで東京に着ける」
と言った。
そして、誰よりも早く切符を買い、出発した。
普段から時刻表を読み込んでいた人は、こういう時に強いのだと思った。
さて、その日のホームビデオである。
「これは、なになに線でどこどこへ行った時の動画」
そう説明されて再生された映像には、父親と赤ちゃん、そして車窓が映っていた。
電車が走る。
景色が流れる。
赤ちゃんがいる。
電車が走る。
景色が流れる。
私は思った。
――いつ面白くなるんだろう。
何か事件が起きるのかもしれない。
誰かが転ぶとか。
駅弁が出てくるとか。
犬でも現れるとか。
しかし、二十分経っても、三十分経っても、映像は変わらない。
父親と赤ちゃんと車窓。
一時間後も、そのアングルだった。
弟夫婦は、時々「あっ、今のすれ違い!」などと盛り上がっていた。
私には、わからなかった。
でも、わからないながらも、なんだか少しだけ羨ましかった。
世界がそんなふうに見える人たちがいるのだ。
その後、甥っ子は、鉄道オタクのサラブレッドとして立派に成長した。
今では親子三人、仲良く鉄道の旅を楽しんでいる。
甥っ子が何か悪さをすると、
「そんなんじゃ、なになに線の旅行に連れて行ってあげないよ!」
と叱られるらしい。
すると彼は、すぐ謝る。
電車のためなら、素直になれる子に育ったのである。
私はたぶん、車窓だけを何時間も見て楽しむことはできない。
その代わり、私は今も、迷いながら生きている。
大学受験前日、飛行機が飛ばず、電車好きの弟に助けられた話はこちら。
「小さな理由で進学先の大学を決めた話」
盛大に迷った日の話はこちら。
「自分の大学で迷っていたら、隣の市に着いた話」
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ささやかな日常の欠片を、これからも綴っていきます。
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