『純喫茶トルンカ』Audible感想|黄色いカップが使われた午後
Audibleで八木沢里志さんの『純喫茶トルンカ』を聴いた日の、閑古鳥雑貨店の午後の話です。
▼今回聴いた作品
Audible版『純喫茶トルンカ』
閑古鳥雑貨店には、小さいながらもカフェコーナーがあります。
椅子は二脚。
二人で向かい合えば、膝がぶつかりそうになるほどの広さです。
メニューは、コーヒーと紅茶だけ。

その日は、昼を過ぎても入口の鈴が鳴りませんでした。
雑貨の棚を拭き終えた私は、カフェコーナーに腰を下ろし、Audibleの続きを流しました。
聴いていたのは、八木沢里志さんの『純喫茶トルンカ』です。
東京・谷中の路地裏にある、小さな喫茶店。
そこを訪れる人たちは、忘れられない人や、言えなかったことを抱えています。
隣の椅子では、プクが眠っていました。
店番をしているつもりなのか、日当たりのよい場所を使っているだけなのかは分かりません。
水色と黄色

カフェコーナーの棚には、よく使うカップを二客並べています。
一客は青みがかった水色。
もう一客は、少しくすんだ黄色です。
揃いではありません。
どちらも、仕入れた古道具の中に混じっていたものです。
水色を選ぶ人もいれば、黄色を選ぶ人もいます。
どちらでもいいと言いながら、二客を見せると少し迷う人もいました。
その日はまだ、どちらも使われていませんでした。
水色のカップを手に取り、布で軽く拭きました。
Audibleでは、トルンカを訪れる人たちの話が続いていました。
喫茶店を出たからといって、昔のことや、言えなかった気持ちがすぐに消えるわけではありません。
黄色のカップを選んだ人

物語が二つ目の話に差しかかった頃、その日初めて入口の鈴が鳴りました。
入ってきた女性は、小皿の裏にある値札を確かめて棚へ戻し、そのまま店内をひと通り見て回りました。
やがてカフェコーナーの前で足を止め、
「コーヒーだけでもいいですか」
と尋ねました。
「もちろんです」
女性は空いている椅子に腰を下ろし、水色と黄色のカップを見比べました。
少し迷って選んだのは、黄色でした。
コーヒーを注ぎ、砂糖を添えてテーブルに置くと、私はレジの内側へ戻りました。
値札の外れかけた小箱を直しながら、仕入れ帳の続きを書いていました。
しばらくすると、
「ごちそうさまでした」
と声をかけられました。
女性はコーヒー代を払い、雑貨は買わずに店を出ていきました。
入口の鈴がもう一度鳴ると、店内はまた静かになりました。
また棚へ戻す

黄色のカップの底には、冷めたコーヒーが少し残っていました。
それを流してカップを洗うと、プクが一度だけ目を開けました。
けれど、またすぐに顔を伏せました。
その日の売上は、コーヒー一杯分でした。
あの人が、なぜこの店へ入ったのか。
コーヒーを飲んで、何か変わったのか。
私には分かりません。
トルンカを訪れる人たちを思い出しながら、黄色のカップの水気を拭き取りました。
忘れるためではなく、忘れられないままでも座っていられる。
黄色のカップを、水色の隣へ戻しました。
カフェコーナーでは、プクが一脚を使っていました。
もう一脚は、また空いたままでした。
今回、店番中に聴いていた本
八木沢里志さんの『純喫茶トルンカ』は、東京・谷中の路地裏にある小さな喫茶店を舞台に、そこを訪れる人たちを描いた物語です。
なかでも、過去を引きずる男性と、かつて愛した人の娘を描いた話は、聴き終えたあとにも苦さが残りました。
朗読は感情を強く押し出しすぎず、登場人物の迷いやためらいを穏やかに伝えてくれました。
店番をしながらでも、無理なく物語へ入っていけました。
すべてがきれいに解決する物語より、割り切れない思いが残る話を好む人に向いているかもしれません。
▼今回紹介した作品はこちら
Audible版『純喫茶トルンカ』
Audibleを初めて使う方は、無料体験の対象になっている場合があります。
本を開くほどの余裕はない夜でも、洗い物のあいだに、少しだけ物語が進みます。
私が好きな Audible 作品です
▼『夫のカノジョ』Audible感想
▼『復讐は合法的に』Audible感想
▼ 『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』Audible感想
▶ 雑貨店主とプクのワードローブ
別アカウントで、毎朝の洋服選びを綴っています
店主が使っているイヤーカフ型イヤホンです
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