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社会の変化はゆっくりになっている(5)世界的な人口増加の減速


(これまでの振り返り)
この一連の記事では、「社会の変化はゆっくりになっている(減速している)」という「減速」論について述べています。
「変化は加速している」という見解を私たちよく見聞きしますが、「それはちがう」と、異論を打ち出しているのです。

これまで(第1回~第4回)では、世界的な経済成長の減速について簡単に触れたあと、技術革新の減速について述べてきました。情報技術の大きな変革の陰に隠れてみえにくくなっていますが、じつは技術革新の減速を示す事象は、いろいろな領域でみられます。また、技術の進歩を支える科学全般の発展が減速していることを示す研究もある、ということも述べました。

今回(第5回)は、世界人口の動きに注目します。増加を続ける世界人口ですが、じつは増加ペースはこの数十年で徐々に鈍化しています。つまり、人口という、社会の根底のレベルでも減速が起こっているのです。


5.世界的な人口増加の減速(人口学者ドーリング)



*サムネイルの写真は、国立代々木競技場 第一体育館(1964年、意匠設計:丹下健三)。このような、今みてもモダンで「未来」をも感じさせる建築が60年余り前につくられていたのです。1964年の60年前というと1904年(明治時代、日露戦争の頃)です。そこからの60年にくらべ、この建築以後の60年の変化はゆっくりだったのでは?


「すべてがスローダウンしている」という見解


これまで(第1回~第4回)では現代世界の減速(とくに技術革新)についての見解を、いくつか引用しました。これらは、それぞれ一定の地位のある複数の学者が述べており、反論・批判はあるでしょうが、その説にはそれなりの支持や権威があるということです。

そして現在、第2回などで言及した経済学者のタイラー・コーエンやロバート・J・ゴードンの著書(2010年代)に続いて、技術革新の減速をさらに真正面から論じる、技術史などの研究者バーツラフ・シュミルの著書のような論説(第3回)も出ているのです。

また、シュミルの著書の少し前、2020年に原著が出版された、地理学・人口学が専門のダニー・ドーリングによる『Slowdown 減速する素晴らしき世界』(遠藤真美訳、山口周解説、東洋経済新報社、2022年、原著2020年)は、現代世界における「減速」について、人口動態などのさまざまな社会事象をとりあげて全面的に展開しています。

同書の原題「スローダウン(Slowdown)」は、「減速」と訳されています。この小論の最大のキーワードである「減速」は、この本からのものです。スローダウンとは「物事がゆっくり進むようになること」です。

人口の専門家であるドーリングは、世界人口の増加がスローダウンしていることを、同書の中でとくに力を入れて説明しています。また、それとともに《スローダウンしているのは人口が増加する速さだけではない。生活のほとんどすべての側面がスローダウンしている》ということも、冒頭で強調しているのです。 そして、世界全体を視野に各地域の人口動態を論じています。

さらに、経済成長や技術革新の減速についても、人口関係ほどは詳しくありませんが、述べています。その技術革新に関する論調は、基本的にはこれまで取り上げた学者たち(コーエン、ゴードン、シュミル)と共通しています。

そして、こうしたさまざまな領域でのスローダウンの一方で、地球規模の気候変動(気温上昇)が減速していないことを指摘し、それを「破滅へと続く、スローダウンの例外」だとして、警鐘を鳴らしています。


世界人口の増加ペースの減速


とくに、世界の人口の動きに関する議論は、ドーリングの著書の中心です。たとえば、以下のような「世界の人口増加の減速」についての指摘があります。

《1940年代、1950年代、1960年代初めに人口は世界規模で大幅に増えた。増加率そのものが増加していたのだ。だがその後、本当に突然、しかし驚くほど滑らかに、増加ペースが鈍くなりはじめた。……1980年以降、世界人口の増加ペースは、年間8000万人前後で安定するようになった。人口の増加が安定したのは、出生数が減ると同時に、……死亡数が減ったからである。その当時に生きていた人たちが長生きするようになったことが、人口が増加する主因となっていた。また、平均寿命が延びるといっても限界があるため、2020年以降は世界人口の増加ペースそのものが下がると予測される》

(『Slowdown 減速する素晴らしき世界』遠藤真美訳、208~209ページ)

ドーリングが引用する国連の予想(現在の最新の予想より以前もの)によれば、2030年の世界人口の増加量は7000万人ですが、2070年には3000万人余りにまで低下する、といいます。そして、2100年には、世界人口は112億に達し、それをピークに減少していくのです。

なお、ドーリングは、国連の予想について、「将来見込まれる人口増加の最大値」だとしています。つまり彼は、「世界人口の増加ペースの低下はもっと早く進み、世界人口のピークは国連の予想値には達しない」とみているのです。

そして、その後の国連の予想は、ドーリングの見通しの方向に変わっていきました。2024年の国連による推計では、世界人口は2100年ではなく2080年代半ばに104億人でピークに達し、2100年までは横ばいで、その後は減少に転ずるとされているのです(国際連合経済社会局 人口部『国際連合・世界人口予測1950-2100 2022年改訂版 第1分冊』原書房編集部訳、原書房、2022年のほか、国立社会保障・人口問題研究所のサイトなどによる)。


出生率の低下ペース(変化のペース)の減速


以上のような「増加(変化)のペースの変化」ということは、「実数の変化」よりも認識しにくいものです。しかし、未来を考えるうえで「変化のペースの変化」は重要なことであり、おおいに注意を向ける必要があるはずです。

世界における人口増加の鈍化は、女性が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)の低下がおもな原因です。つまり、いわゆる「少子化」によるものです。そして、ドーリングは、低下を続けていた世界全体の出生率が、2000年代に入るとその低下のペースが鈍くなってきたことに注目して、詳しく取り上げています。

出生率の低下(少子化)は、人の生き方や価値観、それを規定する社会のあり方、また公衆衛生にかかわるインフラの状況や医療を含む科学技術などと結びついています。

つまり、出生率の急激な低下は、社会の急激な変化を示しているのです。そして、出生率の低下ペースの鈍化は、社会の減速(変化がゆっくりになっていること)を示すものです。

ドーリングによれば、1960年代の世界全体の平均の合計特殊出生率は、5.1でした。1人の女性が5人の子ども産むのが平均値だった、ということです。なお、別の資料による国連のデータですが、1950年時点で女性が生涯に産む子どもの数も、5人ほどでした。それが、1970年代には4.3、1980年代は3.6、1990年代は3.0、2000年代は2.7となります。そして、2010年代(2017年までのデータ)は2.5。出生率の低下は続いていますが、長期的には低下のペースが鈍くなる傾向がみられます(ドーリング前掲書、312ページ)。

ただし、国連によるデータでは2021年の世界の合計特殊出生率は2.1であり、2010年代以降、出生率自体はさらに低下しているものの、低下ベースの鈍化ということは明確ではありません。しかし、2000年以降の20年ほどでは、1970~90年代ほどのペースでの出生率の低下はみられないということはいえるでしょう。

このような「出生率の低下ペースの鈍化」について、ドーリングは「人がスローダウンしている」と表現しています。

《いま、賃金の伸びがスローダウンしている。イノベーションのスピードもそうだ。消費はもう幾何級的に拡大していない。何より人がスローダウンしている。特に大きいのは、子どもを持つペースがスローダウン〔出生率低下がすすみ、出生率の低下ペースも減速〕していることだ》

『Slowdown 減速する素晴らしき世界』256ページ、〔〕は筆者・秋田による


「人のスローダウン」が世界に広がっている


出生率の低下という変化がいち早く始まったのは(多くの人が認識しているとおり)、欧米の先進国です。先述のデータの地域別内訳をみると、1960年代において、「西ユーラシア(≒ヨーロッパ)」の合計特殊出生率は3.4で、世界平均の5.1を明らかに下回っていました。また、1960年代の中国の出生率は6.2、インドは5.8でした。そして、出生率の低下のペースが緩やかになったのも、先進国はほかの地域より早かったのです。

一方、1980~90年代には、中国、インドなどの新興国でも、出生率の低下がとくにすすみました。そして、2000年頃以降はおもな新興国におけるその変化がやや落ち着いたことが、世界全体の「出生率低下のペースダウン」につながっているのです。つまり、「人のスローダウン」は、「先進国から始まり、新興国にも広がった現象」といえます。

なお、2010年代の地域別の合計特殊出生率は、アフリカ4.7、南北アメリカ大陸2.0、中国1.6、西ユーラシア2.2、インド2.4、東アジア/太平洋2.1となっており、アフリカがほかの地域とくらべきわだって高いです。そこで、アフリカの出生率の動向は、今後の世界全体の出生率に大きく影響をあたえるはずです。つまり、アフリカの出生率が今後ほかの地域に近い水準にまで下がって落ち着くと、世界全体の出生率低下のペースはさらに鈍くなる、ということです。

また、中国やインドの出生率が2010年代においてすでに低いレベルであることも、注目されます。現代の世界では、人口を維持するには、合計特殊出生率が2.1程度のラインを上回ることが必要です。このようなラインを「人口置換水準」といいます。「1.6」の中国は人口置換水準を大きく下回り、「2.4」のインドはその水準にかなり近づいているのです。

そして、その後のデータによれば、2021年の中国の合計特殊出生率は1.2、インドは2.0です。中国の出生率は、1.3の日本よりもやや低いです(矢野恒太記念会編『世界国勢図会 』2023/24年版)。

つまり、以前によくいわれた「人口爆発」は、徐々に終わりに向かいつつあるということです。

人口の増減や出生率などの人口動向は、社会の動きの根底とつながっているはずです。人口の動きの減速は、現代世界がじつは減速していることを示す、重要な材料といえるでしょう。考え方によっては「最大の材料」なのかもしれません。


経済発展が広がった結果、世界が「少産少死」へ


先進国における出生率の低下は、人口論でいう「多産多死(多くの子どもが産まれ、死亡率の高い状態)」から「少産少死(生まれる子どもが少なく、死亡率の低い状態)への移行です。

1900年頃以前の先進国を含む世界全体や、1900年代の多くの開発途上国では、生まれた子どもの死亡率が高く、経済発展による生活の余裕や、社会保障制度もごく限定的でした。そのような社会では「多くの子どもを産み、生き残った子どもに老後を支えてもらう」というのは、重要な生存戦略だったのです。

子どもの死亡率に関しては、たとえばアメリカでは、おもに第2回で引用した経済学者ゴードンの著書によれば、1880年の出生1000人あたりの死亡数は215人にのぼり、これは英国のテューダー朝時代(おもに1500年代)とほぼ変わらない水準でした。

しかしその後、アメリカの乳児死亡率(生きて生まれた赤ちゃん1000人のうち満1歳までに死亡する数)は急速に低下し、1950年には1000人あたり25となり、その後低下ペースは鈍化したものの、2021年には5.4になっています(『アメリカ経済 成長の終焉(上)』338~339ページなど)。

なお、2021年における中国の乳児死亡率は5.1であり、アメリカを下回っています。また、同年の日本の乳児死亡率は1.7で、先進国のなかでもとくに低い水準です(現代の乳児死亡率については、矢野恒太記念会編『世界国勢図会』2023/24年版による)。

子どもがめったに死なない、生活の安定した、さらに教育費もかさむ社会になれば、「子どもは1~2人(あるいはゼロ)」ということを、多くの人が選択するようになります。もちろん、その選択には、経済だけでなく文化や価値観も大きく作用していますが、経済発展の状況が人びとの価値観や行動に根本から影響をあたえていることはまちがいないでしょう。

つまり、経済発展の動きが、先進国だけでなく多くの新興国にも広がった結果、「少産少死」ということも世界的に広がっていった、ということです。

さらに、経済発展や死亡率の低下の基礎には、技術革新があるわけです。生産や輸送の技術が経済発展を支え、技術力と経済力のたまものである公衆衛生のインフラ(上下水道など)の充実や医療(技術の一種)の発達が死亡率の低下を支えています。

そして、当初は先進国で発達した技術や経済のあり方に、1900年代後半以降に新興国がある程度追いついた結果、新興国における出生率の低下が起こったわけです。ただし、新興国の水準が先進国のレベルに近づくにつれて、その低下(変化)のペースは減速していきました。

(第6回に続く)
次回は、新興国の減速と、それが起こる必然的な構造について。今回みたように、人口の減速がとくに明白なのは先進国ですが、新興国でも減速の兆しがみられるわけです。経済成長についても(第1回で述べたように)、まず先進国が減速していますが、中国などの新興国でも一定の減速がみられます。

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