見出し画像

世界はこの数千年で加速と減速をくり返してきた【加速と減速の世界史1】

はじめに

 
この一連の記事では、世界史の数千年の大きな流れを「加速と減速」という視点で整理していきます。

「加速」とは、「社会の変化・進歩が急速な状態」のこと。
これに対し、「減速」は「変化の緩やかな状態」です。

世界は、この数千年で加速と減速をくり返してきました。

 近代(1500年頃以降)の世界は、大きな加速の局面にありました。とくに1800年頃に西ヨーロッパで産業革命と呼ばれる生産や輸送の革新が活発化して以降、加速は顕著になりました。そして、1800年代末から1900年代には、その変化・進歩はピークに達しています。

ただし、世界史的な加速の局面は、近代だけの現象ではありません。本格的な文明の時代に入ってからの、古代・中世を含む5000~6000年間で、人類は何度か大きな加速と減速をくり返しているのです。この数千年間には、進歩や変化が急速だった時代と比較的緩やかだった時代があったということです。

といっても、この見方には違和感がある方もいることでしょう。かなりの人は「近代以前の昔(古代・中世)はずっと変化がゆっくりで、近代以降になってはじめて変化が加速し、現在はさらに加速している」という話を聞かされているからです。

たしかに、この数百年=近代は、世界史上の最も急激かつ大規模な加速の局面でした。

しかし、世界史の大きな流れは、「時代が下るにつれて加速している」といった一本調子ではなく、もう少し複雑な紆余曲折があるいうことを、ここでは述べていきます。ただし、紆余曲折がありながらも、それはデタラメな変化ではなく、そこには一定の明確なパターンもみられるとも考えています。

「加速と減速」という視点は、世界史の通史を扱った概説・解説では、これまで(少なくとも真正面からは)取り上げられることがありませんでした。だから、読者の方々にはなじみの薄い問題設定のはずです。

しかし、「加速と減速」は、本来は重要で基本的なことであるはずです。「文明・社会がこの数千年のあいだに、時代ごとにどんな速さで変化・進歩してきたか」を問うのです。これは、特殊・些末な関心ではありません。

この記事では、従来かなり見過ごされてきた重要な視点に基づき、世界史の大きな流れを捉え返していきます。そのことで、読者の世界史像をより深く鮮明にするのに役立てば、と願っています。



*タイトルの画像は、ル・コルビュジエによるパリの再開発計画(ヴォアザン計画、1925)の模型。100年前に構想され実現しなかった、超高層ビルが整然と立ち並ぶ未来都市。国立西洋美術館「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」(2019)の展示を撮影。


これまでのパターンの終焉①世界の人口

 
「加速と減速」という視点で世界史をみることは、今の時代ではとくに重要なことではないかと、私は考えます。

なぜなら、現代(ここでは1900年代後半以降を指す)という時代が「近代」の曲がり角である可能性が高いからです。

「曲がり角」とは、「未来が過去の延長線上ではない」ということです。現代は、これまでの近代で続いてきた急速な変化のパターンが終わり、別のパターン、つまりより緩やかな変化に移行しつつある時代ではないか。

たとえば、世界人口の動きはそうです。近代を通じて増加を続けてきた世界人口ですが、近年の増加ペースは鈍化しています。増加の勢いがピークだったのは1960年代前半で、世界人口の増加率(年間)は2%を少し上回っていました。

しかし、2020年代の増加率は1%を少し下回るレベルで、国連の予想によれば、2050年には0.5%程度にまで低下します。2020年の世界人口は80億ですが、最新の予想では「2050年に97億、2080年代に104億人でピークに達し、(少なくとも)2100年までは横ばい」とのこと。

これは2022年に出た新しい予想に基づく数字です。以前の予想では「2100年に112憶でピークに達する」とされていました。人口の増加ペースが減速しているので、予想が下方修正されたのです。

つまり、以前によくいわれた「人口爆発」は、徐々に終ろうとしているということです。

 

これまでのパターンの終焉②世界の経済成長

 
そして、世界の経済成長率も、大きな流れとしては、これまでの急速な成長は終わりを迎えつつあります。

まず、近代において世界経済をけん引してきた先進国の経済成長率は、1970年代以降低下傾向にあります。

1950年代~70年代前半には、1950~73年における西ヨーロッパ全体の年平均の経済成長率は4.1%、アメリカは2.5%、日本は8.1%でした。この時期の日本は概ね「高度経済成長」の時代です。そして、欧米先進国の経済も、日本ほどではありませんが、かなり高い成長率だったのです。

しかし、1973~2003年の経済成長率(年平均)は、西ヨーロッパ1.9%、アメリカ1.9%、日本2.1%に低下しました。

そして、これ以降(とくに2010年頃以降)、先進国全体の経済成長率は概ね1~2%台の状態が続いています。

 たしかに、1970年代以降、先進国の経済成長が鈍化する一方で、新興国の急速な成長ということはありました。1973~2003年の日本を除くアジアの成長率(年平均)は3.9%で、先進国を上回るようになり、とくに中国の成長率は6.0%に達しました(以上の経済成長率は、おもにマディソン『世界経済史概観』世界経済研究所監訳、岩波書店、2015年、原著2007年による。以下の成長率は別系統のデータ)。

しかし、2025年現在、新興国の代表である中国経済にも明らかな減速の兆しがあります。中国の経済成長率は、2010年代のピーク時には年10%程度でした。しかし、2024年の成長率は5.0%です。それでも先進国の平均よりもかなり高いわけですが、「中国経済のピークアウト」は、広く認識されるようになっています。

つまり、急速な世界経済の成長という、これまでの従来のパターンも徐々に終焉を迎えつつあるということです。

 このような「人口爆発」や「高度経済成長」の終わりは、これまでの近代における急速な変化、つまり加速の局面が大きな流れとしては終わりつつあることを、まさに示しているのではないでしょうか。人口の動きと経済成長率は、社会の変化をみるうえでごく基本的な事項です。

 

「技術革新による世界の加速」を疑う


 以上で述べてきたのは、

現在において「近代は“加速から減速の局面への移行”という曲がり角にさしかかっている」のではないか

ということです。

つまり、現代の世界において「社会の変化はゆっくりになっている(かもしれない)……

 「そんなはずはない」と思う人も多いかもしれません。

たしかに、「社会は減速している」というのは、「ITをはじめとするテクノロジーの急速な発達で、世界はますます加速している」という、よくある見方とは鋭く対立するものです。

しかし、PCやインターネットなどのITの急速な発展・普及は、1970~80年代以降(インターネットの普及は90年代以降)のことですが、先ほどもみたように、その頃から先進国の経済成長は減速しているのです。

つまり、ITは、それ以前の経済成長ほどの変化を生んではいない。「AIなどのITによる世界の加速」という未来像はあやしいのではないかと、私は考えています。

 そして、IT以外の、おもにモノやエネルギーを扱う領域に目を向けると、現代において「技術革新・イノベーションはさらに加速している」とはとても言えない状況が、あちこちでみられます。

たとえば、ジェット旅客機。これは、「最速の実用的な輸送手段」といえるものです。その技術革新は、この数十年で減速しています。

史上最速の旅客機は、今から50年ほど前の1976年に初就航した超音速機コンコルドで、巡行速度はマッハ2.0でした。コンコルドはあまり普及しないまま、採算性などの問題で2003年に引退しました。その後、新たな超音速機は登場していません。

そして、現代型ジェット旅客機の元祖といえる、1958年初就航のボーイング707の巡航速度はマッハ0.8でしたが、これは、現代の最新型で2011年初就航のボーイング787の巡航速度(マッハ0.85)とあまり変わりません。

この数十年で、旅客機は安全性や効率性の向上、コンピュータ化などの進歩を重ねました。しかし、それはきめ細かいレベルの改良であって、速度のような根幹での進歩は、決して大きくないのです。

これに対し、1900年代の最初の数十年の進歩は、根本的で急激でした。ライト兄弟の初飛行は1903年で、ボーイング707はその50数年後、コンコルドは約70年後です。

つまり、「技術革新・イノベーションは加速している」とよく言われますが、この数十年で減速している面もかなりあるということです。

 「超音速旅客機の普及」は、1970年頃(およびその前後の時期)に描かれた未来像の一部でした。そして、当時考えられた「数十年後には実現するであろう“すごい未来”」のうち、現代において実現していないことは、ほかにも多々あります。

たとえば、SFに出てくるような大規模な宇宙ステーション、月面基地、リニアによる超高速の鉄道網、制御核融合による発電(核融合は1950年代から構想されている)、癌などの深刻な病気の完全な克服……

1970~80年代に子どもだった私は、これらの技術が自分が中高年になった時代に実現していない(社会に実装されていない)とは、思っていませんでした。

 

「進歩・成長の終焉」を視野に入れる

 
以上、いろいろな材料をもとに述べてはいますが、現代における「加速から減速への局面の移行」ということを誰もが納得するかたちで証明するのは、かなり困難でしょう。とりあえずここでは、「そういうこともあるかもしれない」と思っていただければと思います。

つまり、「急速な進歩や成長の終わりを、可能性として視野に入れよう」ということです。この見方を一定の人びとと共有できれば良いのです。

 たしかに、「社会の変化はゆっくりになっている」というのは、かなりの人にとって受けいれにくい見方のはずです。しかし、それは固定観念にとらわれているせいかもしれません。つまり、これまでの近代における進歩が一貫した力強いものだったので、「これからもそれが続く」と、思い込んでいるのではないか。

しかし、そうした固定観念からは距離を置いてはどうか

そのことで、私たちは現在や未来の世界の大きな動きをより柔軟に、広い視野でとらえることができるのではないでしょうか。

 

取り組むに値する、大きな「問い」

 
たしかに、「世界は加速しているのか、減速しているのか」というのは、きわめて抽象的で大きな問いかけです。そこで、現時点で明白な答えを出すのはむずかしいです。

 世界の加速・減速の「全体」を、直接に見たり聞いたりはできません。そこで、見たり聞いたりできる、つまりある程度は具体的な事象として記述できる、さまざまな「部分」を調べて全体像を推定していくしかありません。たとえば、世界人口や経済成長率やジェット旅客機の速度のことは、そうした「部分」の記述にあたります。

しかし、そのような記述をかなり重ねたしても、万人を説得できるだけの情報をそろえることは、「問い」が大きいだけに、まず不可能です。

「その部分はそうかもしれないが、全体がそうだとはいいきれない」「その領域が減速していても、ほかに加速している領域(たとえばIT)がある」といった反論は、どうしても出てくるものです。

それでも私は、いろいろな材料をもとに一定の支持を得ることのできる主張を組み立てることは可能であると考え、取り組んでいます。

 そして、それは取り組むに値する「問い」だと思っています。かなり手に負えない問いであり、十分な答えにたどり着けないとしてもです。

「世界が加速局面にあるか減速局面にあるか」ということは、自分たちの現在地を考えるうえで、きわめて基礎的なことであるはずです。ばくぜんと「加速しているに決まっている」と決めつけて、思考停止すべきではない。できる限り、考えを深めるべきです。

 

現代に問いかける・歴史に問いかける

 
「現在や近未来の世界は、加速と減速のいずれの局面にあるのか」――この問題を考えるためのひとつのアプローチは、近現代の経済・技術・文化などの社会のさまざまな領域の現状を点検していくことです。つまり「現代に問いかける」こと。

これについては、すでに私はnoteにおける過去の記事で論じています。「社会の変化はゆっくりになっている」と題した、全12回のそれなりの分量の記事です。上記の人口、経済成長、技術革新の減速のことは、この一連の記事のなかで述べていることの一部です。

「現代に問いかける」ことに関してより詳しく知りたい方は、下記のリンクをご覧いただければ幸いです。

*全体をまとめた記事

*計12回の記事を集めたマガジン

なお、今読んで頂いている記事(「加速と減速の世界史」)は、過去記事(「社会の変化はゆっくりになっている」)と関連は深いものの、独立の新シリーズです。そこで、過去記事を読んでいなくても差し支えないように書いています。

 そして、もうひとつのアプローチは、近現代を超えた、超・長期の歴史に問いかけることです。これはいわば「歴史に問いかける」こと。

「現代に問いかける」ときも、100年くらい前までさかのぼった歴史を扱いますが、ここで「歴史に問いかける」という場合には、はるかに長期の、過去数千年間を視野に入れた世界史を対象としています。

この一連の記事では、「近代は“加速から減速へ”という曲がり角に立っている」という問題意識を出発点に、世界史の数千年をみわたしていきます。

それはつまり、冒頭で述べたように「世界史の数千年の大きな流れを“加速と減速”という視点で整理する」ということです。

 そして、そのような「整理」で、つぎのことが結論として浮かび上がってくる、と考えています。

 これまでの近代における「加速」や、今起こっている「減速」と比較し得る大きな加速と減速の動きは、過去の世界史(古代・中世)にもあった。

つまり、世界は、この数千年で加速と減速をくり返してきた。

 なお、ここでは、古代とは紀元前4000年頃から西暦500年頃、中世とは500年頃から1500年頃を指します。そして、1500年頃以降が近代ということです。また、現代については、1900年代後半以降を指すことにします。

この結論は、「過去の世界史においてあったことは、近現代においてもまた起こりうる」という考えにもつながるでしょう。また、過去に起こった「減速」の先例を参考に、現代の「減速」で、将来的にどんなことが起こりうるのかをより具体的に・深く考えることにもつながるはずです。


減速論の先人たちが見落としていること

 
なお、現代において「社会は減速している(社会の変化はゆっくりになっている)」という見解は、私だけのものではありません。この主張を私は「減速論」と呼んでいますが、減速論者といえる識者は何人かいて、主流派ではないものの、一定の発信をしているのです。

そして、先ほど述べたnote記事「社会の変化はゆっくりになっている」では、彼ら(減速論者)の言説をいくつか引用・紹介しています。 

たとえば、1970年頃以降の経済成長とイノベーションの減速を大著で論じた経済学者のロバート・J・ゴードン、専門である人口の動きのほか、社会のさまざまな側面における減速を論じた人口・地理学者のダニー・ドーリング、安定平衡の未来(「高原」の社会)について語った社会学者の見田宗介などです。

これらの学者の見解を私は参照し、影響を受けました。

 ただし、こうした減速論の先人たちの議論には、「減速」の主張自体は賛同できるとしても、もの足りない、弱い点があると、私は思います。つまり、私には彼らの見解に対し、付け加えたいことがあります。

では、彼らの議論の「弱点」とは何か。それは、「近代以前についての認識」です。

減速論者の先人たちは、いずれも現代社会の減速を、近代における急激な変化・進歩という「空前の事態」のあとに起こりつつある、やはり「空前」のこととして論じる傾向があります。

しかし私は、前に述べたように「急激な変化(加速)やその減速は、近代以前(古代・中世)にもあった」と考えるのです。

たとえば、先ほど名前をあげた「減速論者」のひとり、人口・地理学者ドーリングは、近代以降(とくに1900年頃以降)の特異性を強調しています。

ドーリングは、《むき出しの資本主義という大きな渦にどっぷり浸かって暮らしてきたのは、過去5世代だけである》と述べています。そして、《それ以前は、世界中の大半の人が、自分たちの親とほとんど変わらない暮らしをしていた。……人類の歴史の大半では、村や都市、国全体が突然、まったく違うものになったことはない》と続けています。[1]

また、(やはり減速論者である)経済学者ゴードンも、同様です。ゴードンは《ローマ帝国の没落から中世まで、八世紀にわたって経済成長といえるものはなかった》。と述べています。[2]

これらの著者が語るのは、「変化の激しい近代と、変化が緩やかだった近代以前」という対比です。

ただし、変化が緩やかな時代について「人類の歴史の大半」「ローマ帝国の没落から中世まで」と述べており、「近代以前のすべての時代」とは明言はしてません。それでもやはり「急激な変化は近代特有のもの」だと読者に印象づける書き方になっています。

 

世界史の大きな流れをみる

 
たしかに、以上の著者(減速論者)たちの主題は、現代社会のあり方や未来の行方なので、近代以前に対する扱いが弱くなるのは仕方ありません。それでも、近代以前の加速と減速を切り捨てて「なかったこと」にするのは、不適切な抽象化で世界史の全体像を歪めるものだと、私は考えます。

これまでの近代において何百年か続いてきた加速の局面が終わりをむかえるという、世界史の大きな曲がり角を論じるのです。そうであれば、近代だけをみていては足りないはずです。

少なくとも数千年の視野で世界史の大きな流れをみわたし、その流れのなかに近代(とその転換点)を位置づけることが必要ではないでしょうか。

 そして、「世界史の大きな流れをみわたす」というアプローチを、私は得意としています。

私は「世界史研究家」を名乗っており、世界史の一般向け入門書の著作があります。『一気に流れがわかる世界史』(PHP文庫、2024年、秋田総一郎名義)という本ですが、これは、5000年余りの世界史の流れを「繁栄の中心の移り変わり」という視点で述べたものです。

この本では、メソポタミアの都市文明がおこって以降、古代ギリシア、ローマ帝国、イスラムの帝国や中国の王朝などの繁栄を経て、近代ヨーロッパが台頭し、さらにアメリカが有力となって現代に至るまでの通史を、コンパクトにまとめています。

個別的な事項や詳細には踏み込まず、上記のような各時代の「繁栄の中心」といえる大国に視点を絞って、全体的な流れをつかむことに徹しているのが同書の特徴です。大まかな視点で世界史の幅広い時代について述べることは、私のおもなテーマです。

 

急激な変化は近代以前にもあった

 
さて、ここまで、以下のような世界史像を批判してきました。

 近代における加速は、まったく空前のものである。近代以前の昔(古代・中世)はずっと変化がゆっくりで停滞しており、近代以降になってはじめて変化が加速した。

 この見方はちがうのではないか、というわけです。

 たしかに、近代ほどの急成長や社会の激変、あるいは発達した資本主義と呼べるものは、古代や中世にはなかったと、私もみています。しかし、それは近代以前の社会がもっぱら停滞していた、ということではありません。

近代ほど急激ではなかったにせよ、古代や中世にも、ある時期には数百年以上続く大きな「加速」の局面があり、そのあとに「減速」の局面があったと、私は考えます。

先ほどの引用で、ゴードンは「ローマ帝国の没落から中世まで、経済成長はなかった」と述べていますが、それではローマ帝国の発展期や、ローマに強く影響をあたえた古代ギリシアの文明が台頭し、繁栄した時代はどうだったのか? 

そこにはたしかに大きな発展や進歩の動きがあり、その成果は世界の広い範囲に影響をあたえたのではないか? ローマ帝国の没落以降の、おもにヨーロッパにおける停滞は、それ以前の発展の動きが減速した末に達した状況ではないか?

 また、ドーリング(引用したもう1人)は、「近代以前には、都市や国全体が突然、まったく違うものになったことはない」ということを述べていますが、この主張に反する事例も、やはりあります。

たとえば、今から5000~6000年前、当時の先端的地域であるメソポタミア(現在のイラク・シリアなどにあたる)では、「突然」とまではいえませんが、数百年~1000年の期間で、最大の集落・都市の規模は10倍程度かそれ以上になっています。

つまり、特定の集落・都市の人口が数千人から数万人に拡大し、空前の規模の都市が出現しています。

この時期のメソポタミアは、たしかに大きな加速の局面にあったのです。そして、この加速が生んだ「都市文明」は、のちの世界の広い範囲に影響をあたえました。しかし、そのような比較的急速な発展・変化も、後でみるようにやがて減速していきました。

 

「加速と減速のくり返し」という視点

 
「世界史的な急発展=加速とその後の減速は、近代以前にもあった」ということは、多くの人が(現代世界の減速を主張する人でさえ)見落としている、世界史についての重要情報だと、私は思います。

そのような加速と減速についての先例を知れば、私たちは、現代の世界や未来について、より深く考えることができるはずです。そして、(前にも述べたように)「過去にあったことなのだから、また起こるかもしれない」という視点を持つことにもつながるはずです。

世界史の大きな流れ、あるいは現代世界の加速・減速にかかわる議論で、私が特徴的な何かを打ち出せるとしたら、このように世界史の全体を「加速と減速」という視点で整理することです。つまり、世界史を「加速と減速のくり返し」として描き、そのなかに現代を位置づけるのです。

 

「文明のはじまり」「鉄器時代の革新」「近代の革新」

 
近代における急激な進歩と比較しうる大きな革新・変化の時代を、人類はこの5000~6000年のあいだに、近代のほか、2回経験している――そう私は考えています。

つまり、近代も含めると、以下の3回ということになります。これらの3つの革新の時代は、世界史における「加速」の局面にあたります。

 〈文明の時代における、とくに大きな3つの革新=加速局面〉

①  文明のはじまり 紀元前4000年頃~紀元前2500年頃
②  鉄器時代の革新 紀元前1000年頃~西暦100年頃
③   近代の革新   西暦1500年頃~(1800年頃から加速)

 ただし、近代以前の①②の変革は、「③近代の変革」ほど急激かつ劇的ではありませんでした。しかし、それでも当時としては急速な技術革新や社会的な変化が続いたといえるでしょう。

 

(文明のはじまり)

以上の3つの革新の時代のうち、1回目は、紀元前4000年頃から紀元前2500年頃までの、「“文明のはじまり”の革新」(以下「文明のはじまり」)です。

これはまずメソポタミアとその周辺の西アジア各地で展開しました(メソポタミアは、今のイラク、シリアにあたる地域。西アジアは、世界史における地域区分で、「中東」「アラブ」に近い範囲)。

前にも述べたように、紀元前4000年頃~紀元前3000年頃のメソポタミアでは、数百年~1000年のあいだに、特定の集落・都市が千人~数千人規模から一桁大きな数万人の規模に発展しました。そして、その都市を中心とする社会をまとめる本格的な国家が成立しています。また、その背景には、大規模な灌漑(かんがい)農業の発達のほか、青銅器、車輪、文字の発明などの、重要な技術的進歩がありました。

こうした発展から「都市文明」といわれるものが生まれたのです。都市文明は、やがて西アジアを超えた広い範囲にも伝わり、各地で展開していきました。

 この「①文明のはじまり」の革新は、現代の感覚では、数世紀単位の時間的なスケールで起こった、ゆっくりとした変化に思えますが、その変化はそれまでの人類が経験したことのない劇的なものでした。

これ以降、人類は「文明の時代」に入ったということです。そして、この文明の時代を、ここでは世界史と呼んでいます。それ以前については、ここでは基本的にはとりあげません。「文明のはじまり以降の5000~6000年」という時間的なスケールを基本とする議論をするつもりです。なお、数万年以上のスケールでみた人類の歩みは「人類史」と呼ぶのがふさわしいと、私は思います。

 

(鉄器時代の革新)

2回目の革新は、紀元前1000年頃から西暦100年頃まで。これは、西アジアやその周辺で鉄器が普及しはじめて以降、それと関連して起こった技術革新を基礎とする変革で、「鉄器時代の革新」とここでは呼ぶことにします。

鉄は「史上初の、量産に適した実用的金属」でした。鉄器の普及以前にも、青銅器などの金属器はありましたが、原料の鉱石が希少なことなどから生産量はかぎられました。これに対し、鉄鉱石は比較的豊富に存在します。そして、技術の進歩によって、従来は困難だった、実用的な品質の鉄の量産が可能になり、鉄器の普及がはじったのです。

 「鉄器時代の革新」の動きは、西アジアの一部で始まり、その後ギリシア・ローマをはじめとする地中海沿岸で大きく開花するとともに、さらに広い範囲に影響をあたえました。

ただし、この革新は、ほかの2つ(「文明のはじまり」「近代の革新」)にくらべて広くは認識されていません。それは、この革新の影響が、ほかの2つの変革にくらべやや限定的で、現代人からみてその革新性がわかりにくいところがあるからでしょう。

 しかし、この「鉄器時代の革新」は、世界史を5000~6000年という時間のスケールでみた場合、きわめて重要なものでした。鉄器の普及を核として、さまざまな物質的・精神的な変革が起こったのです。道具・機器の発達によって農業や建設における生産力の向上や、軍事力の集中・強大化などが起こり、それとともに、従前を大きく超える発達した国家・社会が形成されました。

たとえば、アケメネス朝ペルシアの帝国、ギリシアのポリス、ローマ帝国は、そのような世界史の新たな段階を代表する国家です。そして、そうした社会において、高度な宗教や哲学などの新たな精神文化が開花したのでした。

なお、このような「技術革新→国家・社会の高度化、文化の変革」という構図は、「文明のはじまり」「近代の革新」でも同様です。

 この革新の時期(紀元前500年の前後数百年)を、おもに思想・宗教上の動きに着目して、「枢軸時代(軸の時代)」と呼ぶ歴史家もいます。

これは「ユダヤ教、仏教、キリスト教、ギリシア哲学などの現代にも大きな影響をあたえる宗教・思想が成立し、人類の文化的・精神的な“軸”がつくられた時代」という意味です。枢軸時代という概念は、哲学者カール・ヤスパース(1883~1969)が提唱し、一部で支持されています。

 「鉄器時代の革新」の意義や影響については、ほんとうはもっと説明が必要なはずです。しかし、それは今後また述べることとして、話をすすめます。とにかく、たとえばギリシアのポリスで生み出された高度の文化や、ローマ帝国のような何十もの民族を包含する巨大な国家は、「鉄器時代の革新」の産物だということです。

 

(近代の革新)

そして、3回目は「近代の革新」です。この動きは、1500年頃から、西ヨーロッパの各国で明確化しました。最盛期のルネサンス、近代科学の成立、大航海時代、オランダ独立やイギリス革命などの政治的な変革は、1500~1600年代の近代初期を代表する革新的な動きです。

 そして、1700年代後半にはイギリスで蒸気機関の技術を核とする産業革命がはじまり、1800年頃から近代の革新はさらに加速しました。その結果、近代以前には世界のなかで最も繁栄し有力だったイスラムの国ぐにや王朝時代の中国を、ヨーロッパが圧倒するようになったのでした。

そして、1900年代になると、アメリカが「近代の革新」をけん引するようになりました。この加速局面は、1800年代末から1900年代半ばには最高潮に達しています。

 

「変革の波」が後退し、減速の時代へ


そして、以上のような変化や革新の大きな「波」がおこった時期には、終わりがあります。「波」は、やがてひいていくものです。これは「急速な変化」の終わり、つまり「減速」です。

「①文明のはじまり」の大きな「波」が減速の局面に移ったのは紀元前2500年頃の前後であり、「②鉄器時代の革新」の場合は、西暦100年頃の前後だと、私はみています。

さらに、1回目と2回目の「減速」局面では、ある種の「定常状態」といえる、技術革新などの新しい要素による変化が比較的限られる状態が、1000数百年以上の長期にわたって続きました。そのような「減速」と「定常状態」の局面における社会のあり方がどうだったかは、ここでの重要な関心事です。

つまり、人類は世界史(「文明の時代」に入って以降)において、大きな変革の波がおこった「加速」の時代と、その波が後退していく「減速」の時代、さらにその先の長期の「定常状態」というサイクルを2回経験しているのではないかということです。

そして、今の世界は3回目の大きな「加速」を経て、「減速」の時代に入ってきたのではないでしょうか。

 なお、「定常状態」という表現には、注釈が必要です。それは、大きな事件がめったに起こらない「平穏な時代」ということではありません。

ここでいう世界史上の「定常状態」においても、戦争や内乱、政権・国家の興亡などの事件はいろいろと起こっています。むしろ「不安定な、動乱の時代」といえる面さえみられます。

しかし一方で、社会・文明を構成するおもな要素は、大きくは変わっていないという意味で「定常」ということです。

つまり、この「定常状態」の時期には、生産・輸送・軍事などにかかわる技術も、学問・宗教などの文化も、「加速」の時代にくらべれば、はるかに変化・発展に乏しかったのです。

一定の変化はあったとしても、それは根本的な革新ではなく、既存の要素の緻密化や量的拡大といった、応用的なものがほとんどでした。あるいは、社会の根幹・根底を大きく変えるわけではない「上澄み」「上層」といえる部分の変化だったのです(こうしたことは、「社会の変化はゆっくりになっている」の一連の記事でも述べました)。

***

 これからこの一連の記事「加速と減速の世界史」の全体をとおして、世界史上の「加速」「減速」「定常状態」において何が起こったかなど、ここまで述べてきた主張にかかわる歴史上のできごとを論じていきます。

(第2回に続く)



[1] ダニー・ドーリング『Slowdown 減速する素晴らしき世界』遠藤真美訳、山口周解説、東洋経済新報社、2022年、257ページ
[2] ロバート・J・ゴードン『アメリカ経済 成長の終焉(上)』高遠裕子・山岡由美訳、日経BP、2018年、10ページ


いいなと思ったら応援しよう!