【ASD青年の成長物語】第1章・第1話「小学1年生・1学期」🕊️
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[1]🌸 はじめに
「先生、あの頃のこと……けっこう、よく覚えてるんです」
そう言って、彼はぽつり、ぽつりと話し始めました。
社会人になってから、彼が私のカウンセリングルームを訪ねてきたのは、
ある春の日の午後でした。
疲れた表情の奥に、何かを見つけようとする目の光。
人に頼るのが苦手だった彼が、勇気を出して足を運んできてくれたことに、私は胸が熱くなる思いでした。
「……小学1年生の1学期のこと、ですか?」
私が問い返すと、彼は少し照れたように笑って、
それから、まるで昨日のことのように、春の木造校舎の匂いや、
通学バスのエンジン音、上級生たちの優しい声まで、
ありありと語ってくれたのです。
私は臨床心理士として、数多くの記憶の断片と向き合ってきましたが、
彼の語る記憶は驚くほど鮮やかで、細やかで、
何より――彼の心にそのまま、今も大切にしまわれていたものでした。
その語りには、過去の自分を責めるでもなく、誇るでもなく、
ただ「生きてきた」日々が、静かに、確かに息づいていたのです。
この物語は、彼が私に手渡してくれた「記憶の旅」です。
あの頃の彼が、どんなふうに世界を見て、感じていたのか。
どんな風に迷い、どこに居場所を求めていたのか。
そしてその日々が、
今を生きる私たちにも、どこか通じるものを持っているとしたら――。
どうか、続きをお楽しみに。
彼の春のはじまりを、ここから、少しずつ紐解いていきましょう。
[2]🏫 木造校舎と春の朝
「先生、小学校の校舎、木のにおいがしてたんです。
あれ、すごく覚えてます」
陽樹(はるき)さんがそう話したとき、私は彼のまぶたの奥に、
きっとあの春の風景が広がっていたのだろうと感じました。
彼の育った町は、山に囲まれた人口5000人に満たない小さな町でした。
そこに建つ木造の校舎は、築何十年にもなる古いもの。
廊下はきしみ、教室の引き戸は少し重たくて、
廊下に立つとチョークの匂いと、
風に乗って運ばれる山の匂いが混じり合っていたそうです。
「新一年生として登校した初日、バス停に母と一緒に立っていた時のこと、
すごくよく覚えてるんです。
まわりの子は元気だったのに、ぼくは、もうちょっとで泣きそうで……」
彼の家から学校までは遠く、
通学には町を一巡するスクールバスが必要でした。
小学校内で一番山奥の集落に住んでいた陽樹さんは、
朝が早く、まだ眠たい目をこすりながらの登校だったといいます。
「でもね、バスの中から見える景色が好きだったんですよ。
杉林の中に朝日が射して、葉っぱがきらきらしてて……
あれ、今も好きなんです」
その言葉に、私は少しだけ微笑んでしまいました。
忘れてしまうような何気ない景色を、
彼は胸の奥に大事にしまい込んでいたのです。
校門をくぐったその日。
ランドセルを背負った小さな背中に、春の風がふわりと吹いていました。
それは、泣き虫だった少年――
陽樹さんの、小さな冒険のはじまりでもありました。
[3]🚌 山奥からの通学バス
「僕の家が、学区で一番山奥だったんですよ」
そう語った陽樹さんの声には、
どこか懐かしさと、ほんの少しの誇らしさが混ざっていました。
山のふもとよりもさらに奥、
くねくねとした細い舗装路を進んだ先にある小さな集落。
そこが陽樹さんの故郷でした。
通学にはスクールバスが必要で、
毎朝6時台にはもう制服を着てバス停に立っていたそうです。
「冬はまだ暗くて。
バスのライトに雪が照らされると、すごく静かで。
……なんか、胸がぎゅっとなるんです。今でも、あの感じは」
陽樹さんは決して社交的なタイプではなかったと、自分でも言います。
けれど、バスの中は、彼にとって安心できる場所のひとつだったようです。
乗るのは同じ地域の子たちばかりで、毎日ほとんど顔ぶれが変わらない。
誰かとおしゃべりするわけではなくても、
「今日もあの人がいる」と思えるだけで、ほっとしていたと言います。
「上級生の女の子たちが、窓際の席で静かにしゃべっていて……
その声を聞いてると落ち着いたんですよ。なんでか分からないけど」
たしかに、家庭では妹さんがいたけれど、
年上の女性の声に甘えるようなことはなかった。
だからこそ、学校で年上のお姉さんたちと過ごせる時間は、
陽樹さんにとって心を休める特別なひとときだったのでしょう。
そして、山道を抜けて見えてくる小学校の木造校舎。
陽樹さんにとって、それは『行きたくない場所』であると同時に、
『会いたい人たちがいる場所』でもありました。
通学バスは、
彼にとって『日常と非日常の境界線』だったのかもしれません。
何度もくねった道を越えながら、
少年の心もまた、揺れながら進んでいたのでしょう。
[4]👦 小さな体、大きな存在感
「僕、学年で一、二番目に小さかったんですよ。
でも、すごくかわいがられてたんです」
そう語る陽樹さんの表情は、少し照れたようで、
それでいてどこか誇らしげでした。
背の順では、いつも先頭。
列に並ぶたびに、見上げる景色ばかりだった小学一年生の彼は、
体格こそ小柄でも、周囲の心に残る存在でした。
特に印象的だったのは、上級生との関係です。
とくに五、六年生の女子に、
とてもよくしてもらったと何度も話してくれました。
「すぐ泣くから、慰めてもらってたんです。
頭なでられたり、手つないでもらったり……。
なんか、安心できたんですよね」
家ではお姉さんがいなかった陽樹さんにとって、
年上の女の子たちに甘える体験は、
学校生活の中で得た『心の居場所』だったのでしょう。
自分がどれだけ小さくて、守られる立場にあったのかを、
大人になった今も、彼はよく覚えていました。
そして、周囲が自然に手を差し伸べてくれたこと。
それに甘えることができた当時の自分を、
陽樹さんは否定せずに、静かに受け入れていました。
「かわいがられるのって、すごく嬉しいんですよ。
安心するし、自分がそこにいていいんだって思えました」
小さな体と、静かな存在感。
泣き虫で、人見知りで、自分の気持ちをうまく言葉にできない。
それでも、そのままで愛された幼い日々は、彼の心のどこか深い場所で、
今もずっと灯りをともしているのだと思います。
そして私は、そんな話を細部まで覚えて語れる陽樹さんの記憶力に、
やはり驚かされてしまうのです。
[5]😢 涙とぬくもりの放課後
「泣いてばっかりの一年生だったんですよ。自分でも、よく覚えてます」
そう前置きして、陽樹さんは、ある放課後の出来事を語ってくれました。
その日、ランドセルの肩ひもが急に壊れ、
教室の片隅で泣き出してしまったそうです。
まだうまく言葉にできず、ただただ下を向いていたとき、
上級生の女の子が駆け寄ってきたといいます。
「『どうしたん? 大丈夫?』って言って、背中をさすってくれたんです。
で、ランドセルのひも、応急処置してくれて……」
そのときの彼女の匂いや、
手のあたたかさまで覚えていると語る陽樹さんの表情には、
当時の空気がそのまま残っているようでした。
「その子に、名前もちゃんと呼ばれたんです。『はるちゃん』って。
あのとき、自分の名前がこんなに優しく響くんだって、
はじめて思ったんです」
彼の中で、その放課後は特別な記憶として残っているようでした。
ただ慰められたというだけでなく、
その瞬間に、陽樹さんは『自分が誰かに大切にされていい存在なんだ』
という感覚を、確かに受け取ったのだと思います。
そうした日々が、彼にとっての『心の居場所』となっていったのでしょう。
家庭や授業の中では得られなかった『安心』や『承認』が、
こうした小さな交流の中で育まれていた。
その証拠に、陽樹さんはその上級生の学年や服装の色まで、
正確に思い出して語ってくれました。
そして私はまた、彼の記憶力と、
その記憶を『心の光』として抱いている感性に、
深く感動せざるを得なかったのです。
[6]🎓『頭のいい子』と呼ばれて
「……算数だけは、誰にも負けなかったんです」
陽樹さんがそう言ったとき、そこには少し誇らしげな、
それでいてどこか遠慮がちな笑みが浮かんでいました。
小学一年生の一学期、計算カードのタイムを競う授業が毎週ありました。
足し算や引き算を何秒で終えられるか、という遊びのような課題。
でも、陽樹さんにとっては、それが心地よくてたまらなかったそうです。
「みんなが『すごいね!』って言ってくれたんです。
名前、ちゃんと覚えられてなかった子たちからも、
『陽樹くん、また一番だ』って」
大人になった今でも、そのときの教室の光や、
先生が褒めてくれた声の高さまで思い出せるという彼の記憶力に、
私はあらためて驚かされました。
陽樹さんは続けます。
「『普通』ってわからなかったんですけど……あのときだけは、
『自分もこの教室の一員なんだ』って感じられたんです」
彼にとって、勉強の得意さは、自分を守る盾であり、
人とつながる唯一の糸口でした。
ただ、その糸が細く繊細であることもまた、
彼自身がよく理解していたのです。
少しでも間違えたり、他の教科でつまずくと、
心のなかに波紋のような不安が広がる。
けれど算数の時間だけは、
それらの不安がきれいに溶けていったといいます。
「『陽樹って、頭いいよな』って、クラスの子が言ってくれたんです。
でも……本当は、『頭がいい』じゃなくて、
『仲間だよ』って言ってほしかったのかもしれませんね」
それを聞いたとき、私は胸の奥で、
小さな祈りのような感情がふわりと灯るのを感じました。
[7]📚 苦手な国語、遠い体育
「国語の時間は……ずっと時計を見てました」
陽樹さんは、少しばつが悪そうに笑いながら、そう言いました。
一年生の教室で行われる音読の時間。
先生がひとりずつ順番に立たせて、声に出して教科書を読ませるたびに、
陽樹さんの心はぎゅっと縮こまったそうです。
「『かぎかっこ』が来ると、
どこからどこまで読めばいいかわからなくなるし……
読点(、)と句点(。)の区別も
最初は意味がわからなかったんです。
『、』で息を止めるのか、『。』まで一気に読むのか、
誰も説明してくれなくて……」
教室のざわめきの中、自分の番が近づいてくるたびに、
心臓の音がどんどん大きくなった。
隣の子の声すら聞こえなくなるほどの緊張。
けれど、誰にもそんなことは言えなかった、と陽樹さんは言いました。
「だから、自分の番だけが『穴』みたいで。
空白の時間が過ぎてる気がしました」
体育の時間も、同じように苦手でした。
走るのが遅い。ボールが怖い。
何より、集団で何かをするということが、
言葉にならない不安を呼び起こしたのです。
「体育館の匂いが嫌いでした。
あと、体育座りって、ずっと同じ姿勢でいるのがつらくて……
でも動くと叱られるから、『無』になるしかなかった」
勉強では『頭のいい子』と認められても、
国語と体育の時間は、誰にも見つけてもらえない『別の自分』を感じる時間だったのかもしれません。
「できないことは、恥ずかしいことだと思ってました。
だから、誰にも言えなかったんです。
苦手だって、ただそれだけのことなのに」
私は、静かにうなずきながら、
彼の言葉を一つずつ心にしまっていきました。
[8]🕊️ ひとりと、みんなのあいだで
「小さい頃、『みんなのなかの自分』と、『ひとりのときの自分』が、
まったく別人みたいに感じてました」
陽樹さんは、そんな言葉を口にしました。
「ひとりでいると、安心できる。
誰にも邪魔されずに、考えたり、好きなことに夢中になれたりする。
でも……『みんな』の中に入ると、何をしたらいいのか、
どこにいればいいのか、急にわからなくなるんです」
彼が一年生だった頃、休み時間は校庭で遊ぶ同級生たちの輪に入らず、
図書室や廊下の窓辺で過ごすことも多かったそうです。
勉強は得意でも、遊びのルールは難しかった。
『鬼ごっこ』『ドッジボール』『だるまさんがころんだ』――
どれも決まりが複雑で、
周囲のテンポに追いつけない自分を痛感するだけでした。
「でも、別に仲間外れにされてたわけじゃないんです。
声もかけてもらってたし、優しい子も多かった。
でも、『入る』のが怖かった。
怖いっていうか……入り方がわからなかった」
「それに、家に帰れば、妹と母がいて、
もっと違う『自分』になるんです。
『お兄ちゃん』として、頼られたり怒られたりして。
でも、学校では『小さい子』って言われて、上級生に甘えてる。
どれが本当の自分なのか、よくわからなかったんです」
陽樹さんの話を聞きながら、私は静かにペンを置きました。
ひとりでいたい。でも、ひとりぼっちは寂しい。
『ひとりと、みんなのあいだ』で揺れる子どもの心。
その複雑な情景を、彼はまるで昨日のことのように鮮やかに語るのでした。
[9]📘 おわりに(次回予告)
陽樹さんが語ってくれた小学一年生の春は、
どこか懐かしく、そして切ない光に包まれていました。
『小さくて泣き虫だったけど、誰かに甘えられる場所があって、
あの頃は安心してたと思います』
そう話す彼の声には、大人になった今だからこそ見える、
あたたかなまなざしがにじんでいました。
次回は、初めての夏休み、そして二学期のはじまりを描きます。
変わりゆく季節のなかで、
陽樹さんの心にはどんな変化が芽生えはじめたのでしょうか。
ほんの少しずつ、けれど確かに動き出す彼の『成長の物語』を、
どうぞお楽しみに。
👇第1章・第2話へ続く
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