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ナラティブとは何か

美意識はナラティブの源泉である

ナラティブ

ボクはこれまでにナラティブ関連の本を何冊か読んできたが、そのほとんどは未だ読書記録に書けていない。

それは、ボクの中で「ナラティブ」という概念がイマイチしっくり来ていなかったからだ。

ナラティブ(narrative)とは、「物語」や「語り」を意味する言葉です。客観的な事実やあらかじめ決められた筋書き(ストーリー)とは異なり、語り手自身が体験や感情を通して主体的に意味づけていくプロセスやその話を指します。

昨日、ボクは『美意識』という記事を書いた。

そこでは、美意識を「自然法則・外的要因・内的要因という制約条件の中で、一貫した選択を行う評価関数」と整理した。

しかし、この「美意識」の記事は、ナラティブを整理しようとする中で生まれてきた概念をまとめたものだ。だから本記事と合わせて「ナラティブとは何か」のボクなりの結論の、前編・後編と考えていただけるとありがたい。

ナラティブの前にConceptがある

ナラティブは一般的に「物語」と訳される。
近年では、企業経営やマーケティングの分野でも使われることが増え、「単なる事実ではなく、経験や価値観を含めた語り」と説明されることが多い。

もちろん、その説明は間違っていないけれど、それだけでは「なぜ同じ出来事でも人によってまったく違うナラティブが生まれるのか」を説明できない。

ボクは、ナラティブの前にもう一つ重要なものがあると考えている。

それが「Concept」だ。

Conceptとは、(「美意識」の記事で書いた通り)自然法則・外的要因・内的要因という制約条件の中で、美意識に基づいて複数の要素を組み合わせた、一つの役割を持つパーツである。

例えば、一人の経営者の頭の中には「社員」「顧客」「地域社会」「ブランド」「利益」など、数多くのConceptが存在している。もちろんそれらはその経営者が、その人独自の制約条件下で、最も美しいと考えて組み上げたものだ。

しかし、それらはまだナラティブではない
単なる知識でもなければ、単なる経験でもない。
美意識によって構造化された「思考のパーツ」なのである。

ConceptはFunctionによってつながる

だが、Conceptだけではナラティブは生まれない。

ConceptとConceptが接続されることによってナラティブが形成されていくのだが、それらが自然につながるためには、設計者が「この接続には意味がある」と感じられる必然性が必要になる。

例えば、「社員」というConceptが「育成」というConceptに進んでいくためには、その間に「学習する」「信頼を築く」「挑戦する」といった作用(必然性)が必要になる。

ボクは、このConcept同士をつなぐ作用を「Function」と呼びたい。

Conceptはナラティブを構成する要素で、FunctionはConceptを動かす力だ。そして、そのConceptに名前を与え、Concept同士の接続にどのようなFunctionを割り当てるか、さらにどこからどこまでを一つの物語として切り出すかを決めることで、初めてナラティブが動き出すのだ。

誰を主人公として語るか

例えば、一人の社長が「会社」について語るとしよう。

社長自身を主人公にすれば、創業や苦労、成功体験の物語になるが、社員を主人公にすれば、人材育成や成長の物語になる。また、地域社会を主人公にするのであれば、雇用や地域貢献の物語になる。

会社について語るという目的は変わらない。

だが、誰を主人公にするのか。どのConceptから語り始めて、どのConceptでエンディングとするのか。そして、どんなConceptをどんなFunctionで、どんな時系列でつなぐのか… それによって「ナラティブ」は変化する。

つまり、ナラティブとは出来事そのものではなく、自分の中に複数持っているConceptを、ある視点からクロノロジカル(時系列的)に構造化したものなのだ。

もう一度言っておくが、本記事における「Concept」とは、自然法則・外的要因・内的要因という制約条件の中で、美意識に基づいて複数の要素を組み合わせた、一つの役割を持つパーツのことを指す。

ナラティブテリングとは何か

だから、優れたナラティブテラーとは、単に話がうまい人ではない。

豊富で質の高いConceptを複数持っていて、それらを相手に合わせてクロノロジカルに再構成できる人である。

同じ「会社」について語るにしても、投資家に向けて語るのか、社員に向けて語るのか、それとも地域社会に向けて語るのかによって、誰を主人公に据えるかを変える。

また「創業」のConceptから話し始めるのか、それとも「ビジネスモデル」のConceptから話し始めるのか、そして「今の成長」のConceptをエンディングとするか「リスク回避」のConceptをエンディングにするかを決める。

そして、ConceptとConceptをどのように接続するかコントロールすることで、起承転結(ボクはここを「ウラジミール・プロップの31の機能」としたい)を調整する。

これらが揃ってこそ、聞き手が「これは自分の物語だ」と感じるのだ。

オーディエンスとの信頼関係

優れたナラティブテラーとは、自分が置かれている状況を瞬時に判断し、これらの判断をスムーズに進めることができる人だろう。

だけど、それだけじゃダメだ。
ナラティブテラーとオーディエンスとの信頼関係も重要な要素となるだろう。信頼関係が構築できていなければ、そもそもオーディエンスにナラティブの入り口に立ってもらうことができないからだ。

以前、「信用と信頼」についてエッセイを書いたことがある。

「信用」とは、その人のこれまでの実績を知っている人が、その実績に基づいて一定の評価を下すこと。金融機関などの信用情報などがまさにそれだ。

一方「信頼」とは、その人の言動や身なり、表情、場合によっては計画などを、こちら側がこちらの(似たようなような)経験と比較して一定の評価を下すことだ。

だから「美意識」が重要になる。
美意識が一貫性を生み、一貫性が「信用」を生むのだ。
この信用が信頼という関係性を生み、オーディエンスをナラティブの入口に連れてくるのだ。

ナラティブというナラティブ

さて、この記事を書いたことによって、ボクの中に「ナラティブ」という新たな「Concept」が形成されたと言える。

それは、ボクがこれまで育ってきたバックグラウンドという自然法則に従って、現在置かれている環境という外的要因、これまで読んできた本や関わってきたプロジェクトなどから醸成された内的要因、という制約条件下で「ガウディ」や「レオナルド・ダ・ヴィンチ」や「ウラジミール・プロップ」「ロジカルシンキング」「文化形成」などといったパーツを、ボク自身の美意識に基づいて結び付けたものだ。

ボクは、自分で持っているConceptをクロノロジカルに語ることが得意な方だと思っている。だからこれで、ボクは「ナラティブ」に関連するナラティブを、いつでも語ることができるだろう。

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