【家電恋愛小説】あなたは白い「レコルト」で、私の心をクルクルまわす
火曜日、会社の給湯室。
人参を刻む音と、コードレスのフードプロセッサー。
そして、ちょっとぎこちないふたりの距離。
そんな微妙で、甘くて、ドキドキする時間を、
一台の家電がそっと動かし始めました。
淡い恋が「まざっていく」物語を、どうぞお楽しみください。
火曜の給湯室、恋はまだ静か

冷房の効いた給湯室は、夏の夕方に似合わないくらい涼しくて、
それでも、窓の外からセミの声がしつこく響いていた。
蛍光灯の白い光。少し湿った床。
あたたかい匂いの残るシンクの前で、私は人参の皮をむいていた。
「……結婚とか、考えてたりします?」
静かな空間に、ぽつんと落ちた言葉。
一瞬、ピーラーの音さえ止まった気がした。
となりには小林くん。
わたしより6つ年下で、優しくて、少しドジで、でもときどきまっすぐすぎる目をする人。
社内報で使う「簡単レシピ集」を作る係に、たまたまふたりして立候補。
正式なプロジェクトというより、課内のゆるい文化活動のようなもので、
毎週火曜の定時後に、ここで実験のようにいろんな料理を試している。
気がつけば「料理部」なんて名前がついて、
それはそれで定着しつつあった。
その彼が、今日はいつもより少し背筋を伸ばして立っている。
「えっと……どうして急に?」
「いや、あの……今日は、ちょっと見せたいものがあって」
彼が手にしたのは、ころんと丸い白い家電。
光沢のあるボディに、蛍光灯の光がやわらかく映っている。

「レコルトのカプセルカッターボンヌって言うんです。コードレスで、1台で8役。…見た目もかわいくないですか?」
彼の声はすこしだけ裏返っていた。
でも、その手つきは、どこか誇らしげだった。
ボタンひとつで、ふたりぶん

キュイン――
控えめで、でもどこか頼もしい音が、部屋にやさしく広がった。
カップの中で、人参がふわりと舞う。
くるくる、くるくる。やがて細かく整った粒へと着地する。
「……ほんとに一瞬だね。音も静か」
「でしょ。夜でも全然いけます。あとガラス製だから、匂いも残りませんし」

そう言いながら、彼は玉ねぎを取り出し、同じようにカップへ。
「ちなみに固い氷や凍らせたフルーツも、毎分21,000回転で粉々です。
僕、それで……あ、いや、引かれたら嫌だなって思って、
言うの迷ってたんですけど」
「で、なに作るの?」
「……かき氷とジェラートです。手作りの」

それはもう、引くどころか、可愛すぎてキュンとした。
でも、言わなかった。
いや、言えなかった。
ふたりぶんの距離は、いつだって
カップ一個分、ちょうど手を伸ばせば届くくらい。
だけど、伸ばしきれないところで止まっている。
氷より先に、とけてしまう

「じゃあ次、ミルクセーキいきましょうか」
彼がそう言って、氷と牛乳、はちみつをカップに入れる。
少しだけ真剣な手つき。
その横顔を見つめていたら、ふと目が合った。
私はあわてて視線を逸らした。
「いきます!」
彼がスイッチを押した瞬間――
ガタン。
氷がはねて、カップがずれる。
「あっ! ご、ごめん!」
「だ、大丈夫……! 水が……コードが……」
「コードレスです!」
「……あっ、そうだった……」

ふたり同時にカップへ手を伸ばし、重なるようにして支える。
ほんの一瞬、静寂。
触れた指先。
少しだけ重なった手の甲。
でも、どちらも引っ込めない。
冷たいはずの氷が、
気づけばどこかへとけていた。
「……ほのかさんの手、あったかいですね」
「……氷が先にとけてよかったよ」
こんな会話ができるのは、
たぶんまだ“付き合っていない”から。
だけど、あともう少しで、なにかが変わってしまいそうな、
そんな予感が、胸の奥で泡立っていた。
まぜて、まぜて、なめらかになる

そのあとは、
ポテトサラダとハンバーグを仕上げて、
キッチンに残るのは、ミルクセーキの甘い香りだけになった。
「ねぇ、小林くん」
「はい」
「土曜日、うち来てくれる? 同じの、買っちゃったから」
その言葉を言ったあと、
冷房が効いているはずなのに、
首筋がすこしだけ熱くなった。
彼は少し驚いたように目を見開いて、
それからゆっくりと笑った。
「……かき氷、作っていいですか?」
「もちろん。ジェラートも、いっしょにね」
キッチンに灯る光の中で、彼の笑顔はとてもやさしかった。
ボンヌのスイッチを押す音が、ふたりの鼓動みたいに小さく響いていた。
恋の粒、やさしくまわる

透明なガラスの中では、ふわふわの氷が削られ、甘い蜜と絡み合ってゆく。
その横で、ジェラートをそっとすくいながら、ふたりは黙って並んでいた。
隣にいるのに、まるで鼓動だけで会話しているような沈黙。
静かなキッチンには、やわらかい甘さだけが漂っていた。
ボンヌが回るたび、
ふたりの生活にも、すこしずつ「混ざる」音が加わっていく。
以前のようにカップひとつ分離れていた距離は、
今では、肩と肩がちょっとだけ触れるくらいに近づいている。
料理も、生活も、
そして、ふたりの気持ちも。
まぜて、砕いて、なめらかになっていく――そんな日々の始まりだった。
好きの粒も、あなたの気持ちも、
まさか“微塵(みじん)”に刻まれてたなんてね。
レコルトのカプセルカッターボンヌ――恋も料理も、まるく、おさめてくれました。
読んでいただき、ありがとうございました。また次回もお会いしましょう!
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