「銀河」という名の非日常。窓一枚を隔てた一期一会の夜
待ちわびた「WEST EXPRESS 銀河」。今回の行先は春の出雲。そして、山陰コース初日だ。
直前のキャンセル待ちで幸運にも手中に収めたチケットを握りしめ、私は銀河へと乗り込んだ。
京都駅31番線、遊び心の先にある非日常

定時ダッシュで辿り着いた京都駅。

いつ見てもその構造に圧倒される駅舎の向こうには、夜の闇にそびえる京都タワー。
今夜の私は、いつになく鼻息が荒い。

直前のキャンセル待ちで、奇跡的に手中に収めたチケット。目指すは忍者が見える31番線ホームだ。山陰本線の「さんいん」という読み方にかけて「31」から始まる番号にしたのだとか。
JRの、こういう大人げない遊び心、嫌いじゃない。というか、大好きだ。


滑り込んできた「WEST EXPRESS 銀河」の深い藍色の車体を前に、スマホを構える人だかり。
二度目の乗車となる私は、お洒落な旅人を気取って、撮影もそこそこに車内へと進む。

乗車してすぐにフリースペースへ向かう。一人旅の今回は、Wi-Fiを使ってnoteを書こうとタブレットを持参していた。
「車内でWi-Fiを繋いで、颯爽とnoteを書く素敵な私」を気取ってみる。気分だけは一流のエッセイストである。
22:07 新大阪:窓の外の日常を肴に飲む至福の時間
フリースペースの隅っこに陣取る。
隣では、鉄道好きの男の子と見知らぬおじさまが、まるで本物の親子のように熱い鉄道談義に花を咲かせていた(ちなみに本当のお父さんも一緒に来ていたが、男の子は朝までおじさまにべったりだった)。

「0系がさ」「鉄道博物館のあそこはね」
専門用語が飛び交う会話の内容は、私にはさっぱり分からない。けれど、世代を超えて一つの好きを分かち合う二人の横顔は、見ているこちらまで心が弾むほどに、純粋な喜びに満ちていた。

WEST EXPRESS 銀河では、車窓を流れる絶景も素晴らしいが、私は都会のホームを眺める時間もたまらなく好きだ。

ガラスの向こう側では、一日を終えた人々が家路を急ぎ、「日常」という名の激流に身を置いている。ネクタイを緩めたサラリーマン、疲れた顔のOLさん。 私はその喧騒をBGMに、動くホテルの静寂の中で、冷えた缶ビールをプシューとやる。
そして、普段の出来事を振り返り、これからどのように進むべきかをぼんやり考える。
最高。控えめに言って、最高である。

境界線はたった一枚の窓。 手が届きそうなほど近い日常を、絶対的な非日常から眺める贅沢。この奇妙で、最高に心地よい背徳感こそが、夜行列車の夜を格別なものにしてくれる。
「日常から切り離されたこの空間、最高……!」
心の中で叫んでいると、隣の席からも同じ内容の会話が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。
(分かる、分かる)
乗り鉄、撮り鉄と、世の中には色々な楽しみ方があるけれど、私は「飲み鉄」なのかもしれない。
夜行列車の車窓を眺めながら、飲む。家の中で飲むのではなく、この特別な空間でくつろぎながら飲む時間が、何よりも至福なのだ。
23:48 午前0時の「えきそば」が繋ぐ縁
2本目の缶ビールを空けた頃、列車は姫路駅に滑り込んだ。 ここでのお目当ては、名物「まねきのえきそば」だ。和風だしに中華麺というミスマッチが癖になる一杯だ。
正直、お腹はそれほど空いていない。けれど、こればかりは「食べない」という選択肢はない。
たまたま同じ列車に乗り合わせた人たちが、同じ夜食を背徳感とともに味わうという、普通にはあり得ない光景を楽しむのが、旅の醍醐味でもある。

銀河の乗客のために、特別に深夜営業してくれているホームの店へ。 受け取ったえきそばを車内に持ち帰り、席を探していた親子と相席になる。

「和歌山でもラーメン食べたね」
そんな親子の会話が耳に届き、つい「紀南コースにも乗られたんですか?」と声をかけたところから、会話がスタートした。
そこからはもう、お隣のテーブルも巻き込んでの深夜の鉄道談義の幕開けだ。 私以外の4人は、帰りも銀河に乗るという強者揃いだ。チケット争奪戦の裏ワザや、過去の旅の思い出話が、次から次へと溢れ出てくる。
初対面のはずなのに、同じ夜汽車に揺られているというだけで、どうしてこんなに言葉が弾むのだろう。 銀河が運んでくれたのは、窓の外の景色以上に鮮やかな、一期一会の夜だった。
6:02 朝の光、日南町の微笑み
フリースペースを後にし、リクライニングの席に戻る。「寝られないな」と思っていたのに、いつの間にか何時間も眠ってしまっていた。朝の車内アナウンスでふと目が覚める。

手が届きそうなほど鮮やかな星空が見られる場所として有名な場所
ホームに降り立つと、ひんやりとした朝の空気。そして、日南町の方々のあたたかい笑顔が待っていた。

おもてなしのリサーチを全くせずに列車に乗り込んだのだが、昨夜の親子に色々と教えてもらい、日南町はトマトが特産物だと知った。

日南町産のトマトは、昼夜の寒暖差が大きい気候で育ち、酸味と甘みのバランスが抜群なのだという。

ホームではトマトジュースやミネストローネが販売されていた。

ここではまず、眠気覚ましにコーヒーをゲットする。その後、ミネストローネも買いに並んだのだが、残念ながら私の目の前で完売してしまった。


なども通る人気路線


WEST EXPRESS 銀河が提供してくれるのは、移動という機能だけではない。その土地の記憶に触れる物語の旅でもある。
次の到着地の歴史を聞きながら、窓の外を眺める。雨に濡れた桜が、ゆっくりと視界を横切っていく。

隣では、昨夜のおじさまと男の子が、今日もまた熱心に語り合っていた。
「桜がなぜ川沿いにあるか知っているかい?」「この地域の瓦はね……」

おじさまは実に物知りで、溢れ出すような知識を少年に授けていた。車内アナウンスから流れる歴史の断片と、おじさまが語る生きた解説。それらが、雨に濡れた車窓の景色に鮮やかな色彩を与えていく。
知識として入ってくる土地の記憶と、いま目の前を流れていく春の情景。その二つが不思議な調和を見せ、私の旅情をいっそう深いものへと誘っていく。
7:52 米子城武者隊のお出迎えと、愛らしい「Y」

米子では、武者隊のお出迎えを受けた。

クオリティ、すごくね?
チョークアートの完成前に列車が到着したようで、駅員さんと観光協会のスタッフさんが慌てて「銀河」を描き足している。
クオリティの高さに驚きつつも、ちょっと慌てている不完全さが、なんとも微笑ましくて愛おしい。
計算され尽くしたおもてなしも素敵だけれど、こういう手作り感も素敵だ。

ホームでは、米子城跡や皆生温泉のグッズ、地元の銘酒などが販売されていた。

私は朝ごはんとして、地元の食材を使った巻き寿司を買い求めた。

米子市の頭文字「Y」の形を表現している
米子市公式キャラクターの「ねぎ太」も小さな歩幅で少しずつ近づいてきてくれた。特産品の白ねぎをモチーフにしたその姿は、ピンと立ったねぎが米子の頭文字である「Y」の字を描いていて、なんとも愛らしい。

そして、なぜか米子城武者隊に切られる「ねぎ太」。


米子では、愛らしい「ねぎ太」のバッジとパンフレットを頂いた。

8:46 車窓に広がる宍道湖と、旅の続き

続いて、松江駅。ここでは通常「まつえ若武者隊」の隊長・本間亀二郎さんのお出迎えがあるのだが、残念ながらこの日は別のイベントに出陣中とのこと。

再び列車は走り出す。車窓から宍道湖らしき湖を眺め、いよいよ最終目的地を目指す。
9:39 非日常の終わり、新しい物語の始まり

銀河という特別な列車に揺られ、非日常から日常へ、そしてまた新しい物語へと運ばれてきた。
私はこの旅が、ただの移動ではなく、その土地に生きる方々の想いに触れる時間だったことを改めて噛み締める。

駅舎を出れば、そこは神々の国。

銀河が届けてくれた一期一会の夜を胸に、私は出雲の街へと一歩を踏み出した。

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