【母のこと|ep47】あのときの言葉を、ようやく伝えた日
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休憩を挟みながら五時間。
ようやく、叔父の家へ到着しました。
出迎えてくれたのは、
九州から駆けつけた叔母夫婦と、いとこのIちゃん。
叔父は、仕事の電話に応対している最中でした。
叔母が安置されている部屋へ案内され、
私はまず、叔母夫婦に
「連絡をくれてありがとう」とお礼を伝えました。
Iちゃんにも、
「急なことで大変だったね」と声をかけます。
そのとき、
電話を終えた叔父が戻ってきました。
叔父が、
叔母の亡くなった経緯を
静かに話し始めた、その背後で。
母は、会話に加わることもなく、
お香典をベッドサイドに置くと、
何も言わずに、
叔母の顔にかけられた布をめくりました。
そして、そのまま、
頬に手を当てる。
妹も、
迷うことなく、それに続きました。
息が、止まりました。
まずはご家族に挨拶をして、
哀悼の意を示すのが礼儀ではないのか。
けれど、
叔父と話している最中だったため、
その場で言葉を挟むこともできず、
ただ、
目の前の光景を受け止めることしかできませんでした。
話を聞き終えたあと、
私は叔父に、
姉からと、私たち夫婦からの香典をお渡しし、
改めてご挨拶をさせてもらいました。
どうしても、
叔母に会いに来たかった理由。
それは、
父の葬儀に来てくれたお礼だけではありませんでした。
父と十歳以上年の離れた叔父と叔母は、
祖父が再婚してから生まれた弟と妹でした。
そのせいか、
兄弟のあいだにはどこか距離があり、
幼い頃から私は、
その空気を感じ取っていました。
親戚の集まりのたびに、
私は「いい子」を演じていました。
前日に父から理不尽な暴力を
受けていても、
そんなことは何もなかったかのように、
笑って、
場をつなぐ役をしていた。
中学生のある日のことです。
一人でお茶を淹れていると、
叔母が、そっと隣に来ました。
「softlyちゃん、無理してない?」
小さな声でした。
そのとき、
リビングからは、
「外面だけ良くて……」
と、私をなじる両親の声が聞こえていました。
喉が、詰まりました。
けれど私は、
すぐにいつもの顔をつくって、
「何が? 大丈夫だよ」
と答えました。
叔母は、
少しだけ悲しそうに微笑んで、
「うん。何かあったら、話聞くからね」
そう言って、
何もなかったかのように部屋を出ていきました。
初めてでした。
仮面の下の私に
気づいてくれた大人は。
その言葉が、
ずっと心の奥に残っていました。
叔母にかけられた布をそっと外し、
手を重ねて、
周りには聞こえないくらいの声で、
語りかけました。
「おばちゃん。
ずっと、ちゃんと言えなくて、ごめんね。
あのときの言葉、
ずっと、お守りみたいに残ってたよ。
だから、ここまで生きてこれた。
おばちゃんのこと、大好きだったよ。
気づいてくれて、ありがとう」
生きているうちに、
伝えられたらよかった。
それでも、
こうして伝えられたことに、
少しだけ救われるような気がしました。
涙を拭いながら、
顔を上げた、そのとき。
視界の端に、
母の姿が入りました。
また、
何かが起きている。
そんな予感だけが、
静かに広がっていきました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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