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「モンスター:エド・ゲインの物語」は”孤独が狂気を生む”という既成概念をぶち壊す|AC✖️HSPの私の映画考察」ブログ記事完成のご報告

やまねです😊

本当に、久しぶりにブログ「Slow🌱growth」の更新をしました😭

かなり長い間、ブログをお休みしていたので、久しぶりに更新できたこと自体がものすごく嬉しいです。
自分の心が回復していっていることの証のような気がしています。

ただ、その割に、記事の題材がホラー系なのが健全じゃなさそうな感じがして、心の回復と方向性が若干違う感じもしますが笑。

今回は、ブログで書ききれなかった点などを、新たにまとめていきたいと思います!!

🌱久々に更新したブログ記事はこちら
👉「モンスター:エド・ゲインの物語」は”孤独が狂気を生む”という既成概念をぶち壊す|AC✖️HSPの私の映画考察

※考察に必要な範囲でネタバレもあるので、ご注意ください!

まず、ホラー作品について書くことの意義

ホラー作品って、かなり刺激が強いものだから、HSPの傾向がある方など、繊細な感受性を持っている人にとっては、なかなか鑑賞に耐えられないんじゃないかと思います。

私は、子供の頃から映画が好きで、たくさん観てきた結果、慣れのせいなのか映画の刺激に対しては感覚がとても鈍くなっているようで、刺激的な作品でも大体平気なんですよね。

ただ、今回の作品は、その私の鈍くなってしまった感性を持ってしても、耐え難いようなグロテスクさでした(流血が多い感じではないんですが💦)。

でも、この作品に限らずホラー作品って、人々の言葉にできないような不安や恐怖、無意識の中に隠されているものなどを形として表現したものが多くて、現代社会の中で「生きづらさ」がどうして生じるのかと言うことも、そこから見えてくることが結構あるんですよね。

だから、ホラー作品は映像表現の過激さなどから観る人を選ぶものになりがちだけど、実は多くの人にとって心に刺さるようなメッセージが込められているものがたくさんある。

で、今回の作品なんかは、ホラー平気な人でも「ちょっと💦」という感じだったので、ますます鑑賞できる人が限られるんじゃないかと思うんですが、作品に込められたメッセージは現代社会のあり方について考えさせられる深いものがあり、多くの人に知ってもらいたいような内容なんですよね。

そのため、ブログの記事は、極力ホラー系が苦手な方が嫌悪感を抱くような表現を避けて、誰でも読めるように心がけた上で、この作品のメッセージを届けたいなと思って、書きました。

刺激を極力控えめにしたホラー考察を書きたい!

前回のnote記事に書いたホラー作品鑑賞のポイントから考える

先日、勢い余ってドラマ鑑賞前に書いた記事では、ホラー作品の鑑賞のポイントとして、以下の2つのポイントを挙げました。

【前回の記事はこちら】
👉「Netflix『モンスター:エド・ゲインの物語』|怪物はどうやって生まれたのか?|AC✖️HSPの私の考察【前章】」

❶怪物はどうやって生まれたのか?→
「怪物が生まれる背景」=時代・社会・家庭などの“土壌”

❷怪物からのサバイバルによって見えてきた「生きる」こととは何か?→
日常の中で忘却されていた”生きることの本質”

「Netflix『モンスター:エド・ゲインの物語』|怪物はどうやって生まれたのか?|AC✖️HSPの私の考察【前章】」より

実際に観た上で、改めて考察すると・・・

前回の記事でも書きましたが、「モンスター」シリーズは、タイトルが「モンスター」であることからもわかる通り、モンスターが主役なので、過去のシリーズは全て❶を描く物語でした。

やはり今回も、「怪物はどうやって生まれたのか」ということが中心。

そして、その部分が今までにないような解釈によって描かれていて、非常に示唆に富んだ作品になっていました!!

まず、「どうやって生まれたのか」という点が、非常に新しい視点で描かれていて、従来の孤独がモンスターの狂気を生み出すというプロトタイプを壊すような斬新な描写になっていたんですよね。

さらに、もう一捻りあって、「怪物=モンスター」は誰なのかという点がポイントになっているんだなと思いました。

とりあえず、結論だけ言うと、それは主役の「エド・ゲイン」がモンスターだと言うことに留まらず、彼の狂気を映画などのメディアを通して「目撃してしまった」観客たちもまたモンスターに変容していったと言うこと!!

だから、エド・ゲインがモンスターになっていく変遷を描きながらも、同時に映画史とともに観客がどうやってモンスターになっていったかも描かれているんです。

非常に面白い物語の構造になっていました。

この部分について、ブログではかなり詳しく考察しているので、よかったらチェックしてみてください。

「こうしてモンスターは生まれた」という物語。

『アメリカン・ホラー・ストーリー』との比較

あまり興味のない方には、何のことやらと言う話かもしれませんが、『モンスター』シリーズの制作をしたライアン・マーフィーが手がけている有名な別のドラマシリーズがありまして・・・。

その名も、『アメリカン・ホラー・ストーリー』。

『モンスター』のシリーズは実話ベースであるのに対して、『アメリカン・ホラー・ストーリー』は、フィクションのドラマであることを強調したような作品で、劇団の演じる舞台劇のような演出があり、ポップで想像力に溢れた作風なんです。

ただ、両者は、切り口は異なりますが、現代社会のあり方を浮き彫りにする内容になっている点で共通しています。

今回の作品は、実話ベースの『モンスター』シリーズでありながら、実話と虚構が入り混じっているという構成になっていて、『モンスター』の要素に、フィクションだからこその大胆な演出をする『アメリカン・ホラー・ストーリー』の要素が加わったような味付けになっているのが特徴なのかなと思います。

だからこそ、大胆な脚色や演出をしながらも、観客に完全な創作の世界という安心感を抱かせずに、自分と無関係な話ではないんだと思わせる力を保つことができる。

でも、実話がベースになっているから、大胆な脚色をすることに対しては、批判の声も大きいんですよね。

一応、物語の中で、「どこまでが現実でどこまでが虚構かわからないよ」ということが示される仕掛けがあるから、観た人がドラマに出てきたエピソードを丸ごと実話に基づくものだと誤解しないような工夫はされているんですが・・・。

難しいところですが、私としては、何が現実で何が虚構かわからないという設定があったとしても、事実と異なるイメージが映像化されていることに苦しむ誰かがいるとすれば、『アメリカン・ホラー・ストーリー』のようにフィクションであることを全面に出した方がよかったのではと思いました。

実話に基づくストーリーを映像化するのって、作品の意義をより大きなものにする可能性があるんだけど、その分、本当に難しい点が色々あるんだなと思います。

『アメリカン・ホラー・ストーリー』怪奇劇場のイメージ。
初期のアメホラは勢いがあって、非常によかったなと思います。

おわりに

久しぶりにブログを書いたら、想像以上に時間がかかってしまいました💦

長いし、読みにくい部分もあるかもしれませんが、自分が伝えたかったことを出し切ることができて、やりきったなという気持ちです。

誰かひとりでも読んでくださったら本当に嬉しいです😭

しばらくブログをお休みしていたこともあり、まだ完全に回復しきったとは言えないのですが、少しずつペースを取り戻して、またブログも週1くらいで更新できたらいいなと思っています🌱

今日はこの記事を公開するので精一杯だったので、毎週お届けしている「ココロ模様」は、明日の夜くらいに公開できたらなと考えています。

よかったら、そちらも読んでみてくださいね😊

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【本編に当たるブログ記事はこちら】
👉「モンスター:エド・ゲインの物語」は”孤独が狂気を生む”という既成概念をぶち壊す|AC✖️HSPの私の映画考察

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