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ピノキオからフランケンシュタインへ ― 普通じゃないという救世主|AC✖️HSPの私のNetflix映画考察

やまねです😊
今回は、2022年公開のNetflix作品「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」について書いていきたいと思います。

⚠️この記事にはNetflix作品『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』を考察するものですが、ネタバレも含まれています。未鑑賞の方はご注意ください!

Netflix作品「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」

この映画は、Netflixで観た作品の中で一番心に残っている映画と言っても過言ではない作品…。実は、昨日この記事を書こうと思って、映画を見直して、また号泣してしまいました😭

そんなふうに私が心を打たれるのは、この映画では、ピノキオのように、普通じゃない存在、孤独で痛みを持っている存在こそが、本当の意味で「生きる」と言うことを知っている存在として描かれているように感じられたからかなと思います。

私自身、ACとしての背景、HSPとしての傾向があるので、普通に生きることが難しくて、生きづらいなと言う思いを抱えて生きてきました。
だから、この映画を観て、そんな自分を肯定する勇気をもらえるように感じたんですよね。

ギレルモ・デル・トロ監督の最新作との気になる関係

そして、実は、今年11月、Netflixでギレルモ・デル・トロ監督の新作「フランケンシュタイン」が公開予定!!

ピノキオとフランケンシュタインって、一見全然ジャンルが違いそうな印象もありますが、この二つの作品は、大きな共通点があって、非常に繋がりの深いものになりそうな気がします…。

それもありまして、今回は「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」について、AC✖️HSPの私の視点で感じたことを書いていきたいなと思います!

デル・トロ版「ピノッキオ」って、どんな感じ?

デル・トロ版「ピノッキオ」はちょっと不気味な厄介者

デル・トロ版のピノキオの誕生の経緯は、とても暗く重いもの。

ピノキオの誕生は、戦争によって小さな息子を失ったゼペット爺さんが傷心の中で、泥酔状態でやけになって作った木の人形に、それを不憫に思った妖精が借り物の命を与えるという形で描かれています。

だから、この映画の中のピノキオは、生みの親に祝福されて誕生したという存在ではないんですね。

そういう誕生の経緯もあって、デル・トロ版ピノッキオは、見た目もちょっと不気味。

更に、全く人の言うことを聞かない厄介な存在としても描かれています。

なぜなら、ピノキオには、そもそも人の言うことを聞かないといけないという感覚がないんですね。
だから、とにかく自分のやりたいことをやる。

その結果、大人達はあの手この手を使って、ピノキオを大人の言うことを聞く子どもに変えようとします。

ファシズム政権下のイタリアが舞台

また、デル・トロ版のピノキオの大きな特色と言えるのが、ムッソリーニ政権の全体主義の体制下の時代を背景にしている点です。

そのような社会情勢の中で、ピノキオを取り巻く人達は、全体主義の元に、常に何かに従って生きているという描写がなされます。

全体主義と「死」の共通点

「obey」(従う)の行き着く先、全体主義

この映画を観ていると、すごくよく出てくる単語があるんですね。
それは、「obey」。「従う」という意味の単語です。

本作では、ピノキオは、父であるゼペット爺さんの言うことに従わなければならないっていう話から始まって、色々な場面で「obey」することを要求されます。

そして、ピノキオの舞台となっている全体主義の体制っていうのは、その究極の状態と言えるんじゃないかと思います。

全体主義は、「国家」「民族」「大義」という全体性に個人を同一化させるシステムのこと。

同一化のための「obey」が要求されるんですね。

そして、徹底した「obey」の先にあるのは、異質な存在の完全な排除、「個」としての死とも言えますよね。

全体への回帰という「死」の側面

そして、「死」自体もまた全体主義と似たような性質を持っています。

「土に還る」と表現されるように、死んでしまうと個人としての輪郭を失って、全体の中に溶け込んでしまう。
全体の中に同一化するという意味では、全体主義と共通する面があります。

ただ、全体主義が「国家」「民族」「大義」などの小さな世界の中に一体化させよう、一体化しようというものであるのに対して、「死」というのは自然、世界、宇宙など人智を超えた大きなものに統合されていく道なんですよね。

そして、もともと、生まれる前には、誰しも個としての輪郭をもっていなかったわけですから、死は生まれる前の状態へ、全体へ回帰する道とも言えます。

モンスターという救世主

ピノキオは、あまりモンスターというイメージはないかもしれませんが、デル・トロ監督のインタビューなどを観てみると、デル・トロ版のピノキオは、ある種のモンスターとして描かれているのかなと思います。

以下は、デル・トロ監督が「シェイプ・オブ・ウォーター」についての
インタビューに答えてモンスターについて語ったものです。

モンスターたちは「普通であること」に殺される殉教者なんだ。
53歳になった今でも、僕には何が「普通」かわからない。
「普通」は恐ろしいと思う。
だって完璧に「普通」な人なんていないんだから。
モンスターは完璧さに迫害された聖人なんだ。
人間は皆、グレーゾーンにいるのに、白か黒かはっきりしろと迫られるのは恐怖だ。
その点、モンスターは寛大だ。

モンスターは……嘘をつかない。
ゴジラは「皆さんの家は壊しませんから安心してください」と嘘つきながら街を破壊しないだろ(笑)。
怪物はあるがままだ。真実なんだ。

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つまり、モンスターっていうのは、「あるがまま」の真実を突きつける存在だから、異質なものとして恐れられたり、嫌われたり、迫害されたりするわけです。

そして、あるがままの真実を突きつけて、異質な存在で居続ける力というのは、同質であろうとする全体主義や死とは、逆のベクトルに働く力ですよね。

つまり「生」に向かう力です。

その力の塊のような存在が、デル・トロ監督の描くモンスターであり、人々に畏怖される存在であると同時に、生きる力を与える救世主ともなるわけです。

愛と「生」の共通点

ゼペット爺さんの気づき

当初、ゼペット爺さんは、ピノキオが失った息子の代わりになることを望んでいたし、あるがままの真実を突きつける厄介な存在であるピノキオに手を焼いていました。
その結果、ゼペット爺さんに迷惑をかけまいとしたピノキオが家を出てしまい、2人は離れ離れになってしまいます。

そんなピノキオを探す旅に出たゼペット爺さん。
最後に再びピノキオをその手に抱きしめた時に言ったセリフがこれです。

I love you, exactly as you are.

Netflix作品「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」ゼペット爺さんのセリフ

ゼペット爺さんは、長い旅の果てに、失った息子の代わりでもなく、父親に従う(obey)よい子のピノキオでもなく、あるがままの真実を突きつけてくれるピノキオそのものを愛していることに気がつくんですね。

本当の意味で「生きる」と言うこと

「死」が全体への回帰への道なのだとしたら、「生」はそれと反対に、「個」であること、あるがままであることの追求の道です。

でも、「死」は全体への回帰への道であると同時に、「生」のあるがままの姿の一部でもあるんですね。

そして、愛とは条件(obey)から解放されて、お互いのあるがままの「生」を認めるものとして、「死」をも優しく受け止める。

物語の最後に、ピノキオは、ゼペット爺さんや仲間達と共に、その後の時間をお互いらしい過ごし方で共にしました。

そして、ピノキオは、ゼペット爺さんや仲間達が1人づつ命の時間を終えていくのを見届けて、またどこかへと旅立っていきます。

物語の最後のナレーションが本当に美しいんです。

Will he eventually die?
I think so.
And maybe that makes him a real boy.
What happens, happens.
And then we are gone.

Netflix作品「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」最後のナレーション

私たちは、あるがままに生き、そして最後は死によって、生まれる前の状態、全体の中に還っていく。

そして、死があるからこそ、また新しい生命が生まれるという大きな循環の中に、私たちは存在します。
そうだとすれば、あるがままに生きることの美しさと同様に、その結果としての死もまた美しいものだと言えるのではないでしょうか。

一生懸命に自分らしく生きて、最後は朽ち果て土に還る。
そんな生き方をしたいなと心から思いました。

When one life is lost, another must grow.

Netflix作品「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」ゼペット爺さんのセリフ

ピノッキオからフランケンシュタインへ!
次回作への期待が膨らみます✨

そして、ピノキオとフランケンシュタインの関係については、監督自身がピノキオに関するインタビューの中で、以下のように言及していました。

僕にとってピノキオの美しさとは、完璧なクリーチャーではないこと。
彼は厄介な子どもだ。
いわばフランケンシュタインとよく似ている。
生みの親と距離があり、孤独で痛みを持っている。
そしていろいろと失敗しながら世界について学んでいく。
すごく奇妙なクリーチャーだけど、そこが好きなんだ

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ピノキオ以外の映画のインタビューの際にも、監督がフランケンシュタインに言及することは多く、フランケンシュタインという存在がいかに監督にとって特別なものであるかが伺えます。

Netflixで11月公開予定の「フランケンシュタイン」!!
こちらも必見ですね。

そして、鑑賞後には、また考察を書きたいなと思っています😊

🎬Netflix作品「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」

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