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『サブスタンス』✖️アドラー心理学|AC✖️HSPの私の映画感想文

やまねです😊

先日、夜眠れないときに、アマプラで『サブスタンス』がプライム対象になっていることに気づいてしまいました!!!

その瞬間、もうこれは今夜は眠れない運命なのだなと覚悟。
案の定、ノンストップで最後まで観てしまい、ひどい寝不足になってしまいました。

でも、この映画は一度観始めたら中断することは不可能だったと思うので、全く後悔はしませんでした笑✨
そこで、早速感想を書いていきたいと思います。

寝不足になったけど、後悔はない。すごいものを観てしまったなと清々しい気持ちでした。

『サブスタンス』ってどんな映画?

『サブスタンス』は、2024年公開のSFホラースリラー映画。

デミ・ムーアの体当たりの演技が話題になり、アカデミー賞を受賞するのではと話題になりましたが、結局受賞は逃してしまったんですよね。

実際に観て、この役を演じ切ったデミ・ムーアの強靭な役者魂に畏敬の念を覚えたし、これで受賞しないというのは驚きでした。

ただ、アカデミー賞では主演女優賞は逃したものの、メイクアップ&スタイリング賞を受賞していますし、その他数々の映画祭で賞を受賞しています。

この映画を観て、デミ・ムーアの演技が脳裏に焼き付いて忘れられなくなった人が数えきれないほどいたはず。これはどんな賞をもらうよりも、役者さんにとって輝かしい功績ではないでしょうか。

『サブスタンス』は、こんな話です!

デミ・ムーア演じる「エリザベス・スパークル」は、若かりし頃、ハリウッドスターとして活躍していましたが、今は長年続けてきた朝のエアロビ番組にのみ出演。

しかし、50歳の誕生日に、「若い子がいい」というプロデューサーの意向で突如番組を降板させられることに。

その後、色々あって、再生医療の謎の薬を手に入れたエリザベス。
その薬を試すとあら不思議。

再生医療の秘薬「サブスタンス」。
この映画を観て、リアリティを無視したぶっ飛んだ設定でも、面白いものは面白いんだなと改めて実感。

背中が割れて、蛹から蝶が生まれるように、若くて、完璧な姿のもう1人の自分が生まれるんですね。

その若くて完璧な自分は、「スー」と名乗ります。

でも、「エリザベス」と「スー」は2人で1人という関係で、「エリザベス」が「スー」として生まれ変わったわけではないんですね。
「エリザベス」という1人の人間が分裂して、「エリザベス」と「スー」になったという感じです。

「スー」が活動できるのは7日間のみ。その間は、「エリザベス」の身体は眠っています。
そして、その7日間が過ぎると今度は「エリザベス」が起きて、「スー」が眠る。

これを交互に繰り返し、「エリザベス」と「スー」は交代で、それぞれの人生を歩んでいきます。
本来は1人のはずの2人の奇妙な共同生活は、次第に暴走していくというお話しです。

「スー」を演じるのは、マーガレット・クアリー。
スーのエアロビシーンでは、若さ、美しさ、セクシーさがこれでもかという位に強調されて、その過剰さが暴力的に迫ってくるようでした😳

アドラーの言葉を思い出した

REMEMBER
YOU ARE ONE

秘薬サブスタンスの使用注意に書かれていたメッセージ

分裂した「エリザベス」と「スー」。この本来は1人である2人の関係を見ていて、アドラーの言葉を思い出しました。

正確には、アドラーの解説をした哲学者の岸見一郎先生のお話なんですが、以下の動画でアドラーが挙げる「今、ここ」を生きられなくなる3つの理由についてお話しされていたんですよね。

私たちが「今、ここ」を生きられない3つの理由とエリザベスの選択

①人の目ばかりを気にしてしまう
②理想の自分に縛られる
③「いまは仮の人生」と思い込んでしまう

上記動画の岸見先生のお話しにあった3つの理由

エリザベスの人生は、歳をとることで、かつてのハリウッドスターとしての名声を失っていきます。

そして、若さや美しさを過剰に求めるプロデューサーの目、観客の目を気にするようになり、若くて、美しくて、セクシーさに溢れた「理想の自分」に縛られていく。

その結果、若さを失った今の人生を、自分の「本当の人生」と思えなくなってしまっていました。

「今ここ」を生きられなくなるのは、何もエリザベスに限らず、ほとんどの人が陥ってしまう状況ですが、エリザベスの場合は、「スター」「女優」という特殊な過去があるだけに業の深さが尋常じゃない。

ついには、「今ここ」を生きることをやめて、「理想の自分」を別に作り出すという極限状態を選択してしまうんですね。

ふたつでひとつ。

その選択の結果、どうなったか

そうして、自分を分裂させて「理想の自分」を生み出した結果、どうなったか。

「理想の自分」であるはずの若くて美しいスーは、年老いたエリザベスのことを嫌悪し邪魔者扱いしていくようになっていきます。

エリザベスが存在しなければ、自分も生きられなくなることを知りながら、7日の交代ルールを破りエリザベスを犠牲にして、自分の人生を謳歌しようとします。

また、エリザベス自身も、「理想の自分」であるスーと年老いた自分を比較して、自分の存在価値を見失い、人の目を気にして外にも出られない状態になっていくんですね。

そして、スーはどんどん暴走するようになり、7日のルールを破って若く美しい時間を享受するようになります。
しかし、スーが7日を過ぎて時間を過ごす度に、エリザベスはその分だけ年を取って時間を奪われていく。

気づいたら、若くはなくても美しい女性だったエリザベスの容姿は、見る影もなく変わってしまい老婆の姿になってしまいます。

エリザベスの時間はスーに奪われていき、このままではエリザベスはスーに何もかもを奪われてしまう。もとは1人なはずなのに、共存できないところまで追い込まれていきます。

ふたつでひとつなのに…!

今ここを生きられない人間の成れの果て

エリザベス程追い込まれることはなかなかないけど、多くの人が理想の自分を求めて、今の自分を否定してしまいます。

人の目を気にするばかりで自分の人生が生きられない。

何か条件が満たされないと本当の人生が始まらず、今は仮の人生だと思い込んでしまう。

そんな風に、今ここにいるありのままの自分と向き合わずにいることが究極的にはどんな存在を作り出すのか、その先に待ち受けているものは何なのかということが描かれているようで、映画から目が離せなくなってしまいました。

ハリウッドスターだったエリザベスの返り血を浴びた大衆にとっても、彼女の成れの果ては他人事ではないんですよね。

この物語が人を惹きつけるのは、演出、画面構成や編集、音楽、メイクや衣装の素晴らしさも大きいですが、多くの人間にとって自分事とも言える怪異を描いているからではないでしょうか。

あるがままの自分から始めよう!

おわりに

最後のモンスターの姿が、物質感がすごくあって昔の映画のモンスターっぽくて懐かしくもあり、恐ろしさの中に哀愁も漂っていて、素晴らしかったです。

あとは、マーガレット・クアリーの魅力が炸裂して、凶器みたいになっていて衝撃的でした。「可愛い」ってこんなに暴力的な面があるんだなと新発見。

そして、これを観たことでアドラーの言葉の重要性を痛感。

理想の自分に縛られ、今は仮の人生だと思っている自分に喝を入れて、今ここにいる情けない自分と勇気を持って向き合おうと思ったのでした。

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