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『医人の夢』(久坂部羊)を読んで考えた医学部志望理由の注意点【感想と考察】

更新日:2026/06/30

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医学部受験生に一度は読んでほしい『医人の夢』

 先日、久坂部羊氏の『医人の夢』を読みましたので、その感想文を……と最初は思いましたが、読んでいるうちに読書感想文を真正面から書くよりもこちらの本を読んで私が考えた「医学部志望理由の注意点」のようなものについてここではまとめようと思いました。というのは、こちらの本が中高生に問題提起したいことは、私が「医学部を志望する理由(=医者になりたい理由)」について以前から考えていたこととほぼ同じだったからです。

(私は、志望理由書をはじめ作文・小論文などを添削指導をしている者です。)

 その前に、あまりご存じない方のために前知識として少しお話しをしておくと、医学部受験の場合、ほぼ全ての選抜試験で「志望理由書」の提出とそれに基づいた「面接試験」、加えて「小論文試験」が課されます。つまり、医学部をどういう選抜方式で受けるにしても志望理由を書くことが求められます。当然医学部への進学を希望するとは、将来医師になることを希望することに等しいです。日本の医療教育制度においては、医師になるためには医学部に進学する必要があり、それ以外の「医師になれるルート」は他にありませんから。「医学部は難関だ」というのは大学受験にあまり縁がない方でもご存じかとは思いますが、こうしたこともそう言われる一つの理由ではありますね。社会人経験のない高校生にとって、志望理由書の作成はなかなか骨の折れる難しい作業ですからね。

 医学部の志望理由書で問われていることはいくつかありますが、簡単に言えば以下の三つです。一つは「志望理由の妥当性」です。これには「希望職業(医師)に対する志望理由」と「志望先大学に対する志望理由」に分かれますが、どちらにしても他者から見て「そういう理由ならば医師(あるいは志望先大学)を志すのも納得できる」という内容になっているかどうかということです。ここから、「医師になりたい」という意志(ダジャレではありません)や決意の強さ、学習意欲の旺盛さ(「医学部に入った後も国家試験に向けて勉強が必要」ということだけでなく、医師は医師になったあとも日々進歩する医療技術を吸収するために一生勉強し続けることが求められる職業です)などを見たいと大学側は考えています。

 二つ目は「職業適性や資質」です。簡単に言えば医師に向いているかどうかということですが、これは考え方や性格などによって総合的に判断されます。前述の学習意欲の旺盛さもそうした職業適性の一つとも言えますね。また、医師は人の命を預かる仕事ですから、当然「生命の尊厳」といった倫理性も問われます(もちろんそれだけではないです)。

 三つ目は「人間性」が問われます。これは先ほどの倫理性ともかぶっていますが、わざとぼかして言うと「『やばい人』は医者にできない」ということです。この「やばい」にはいろいろな意味があります。こんな例を挙げるとわかりやすいと思います。普通、人が人に刃物を刺したら、それは犯罪です。けがをするだけで済むか死んでしまうのかによって問われる罪が変わりますが、いずれにしても刺した人は警察官に逮捕され法によって裁かれます。でも、それが状況によって認められてかつ罪にも問われない職業(資格)が、日本にはあります。それが「医師」です。医師という国家資格は外科的治療(手術)の必要性の下で人の肉体に刃物を突き立てる(メスを入れる)ことが(医療的侵襲=医療行為だから)認められ、その行為自体で法的に罪に問われることはないのです。つまり、かりに外科医にメスを入れられた患者の関係者が「あの人に刃物で刺された!傷害だ!殺人だ!」と騒いだとしても、それは医者が患者を治療するために行ったことなので、結果がどうあろうと原則それ自体で傷害や殺人の罪に問われないのです。しかし、もし医師免許を持たない私が医療について自己流で勉強をして難病の患者を救うために外科手術をした(メスを入れた)とします。ですが、そういう人を治療するためという理由であったとしても、私はきっと傷害や殺人の罪で捕まるでしょう。なぜなら、私は医師の国家資格を持っていないからです。医師の仕事とは、このような特殊な仕事です。ですから、もし危険思想を持った「やばい人」がそうした医師になってしまったら……、それは想像を絶する大変なことにもなりかねないというわけです。こうした「『やばい人』を医学部に合格させないため」というのもまた、志望理由を書いてもらったりそれを踏まえて面接試験を行ったりする一つの理由ではあります。なお、これら三つのことは当然重なるところも多くあります。ですから、「志望理由のここの部分でここを見て……」と決まっているというわけではないですが、志望理由書全体を通じておおよそこういうものが見られていると言えます。

 さて、ここから本題となりますが、医学部受験生のこうした志望理由書作成の準備としてこの『医人の夢』はおすすめしたいです。一度は読んでおくといいかもしれません。

 こちらの本はちくまプリマ―新書から今月(2026年6月)に刊行されました。ちくまプリマ―新書は、筑摩書房の「中高生向け入門書」としての新書シリーズです。ですから、どの本も読みやすく中高生にはおすすめできます。もちろん、こちらの本もその例にもれません。しかも、おもしろいのは新書として出ていますが、これ「小説」なんですよね。新書本で小説って私は見たことないんですが、非常に珍しいですね。

 主人公は高校二年生の高見医人(たかみいひと)です。彼が自分の将来の「夢」をしっかり決めるまでの話です。ですから、タイトルは「医人の夢」ということなのでしょう。第一章のタイトルは「将来、医者になりたいんです」。

 小学生の妹が体調を崩し、その状況から、もしかしたら妹は白血病なのではないかという話が父と母との間で持ち上がります。当然兄である医人も、その年の離れた妹の病状が心配します。幸い数日後の病院での検査の結果妹は白血病ではないとわかり、また妹も快復し元気になります。まずは、家庭内には一安心の空気に包まれました。ですが、医人はこの経験から「もし自身が医療者だったら自分が妹や身内の命を守ることができるはず」と思い、医師になることを決意します。そして猛勉強を始め医学部合格を目指し始めるのですが……というお話しです。

 著者の久坂部羊氏は小説家・作家です。大阪大学医学部卒業の経歴を持つ外科医・麻酔科医です。その一方で執筆活動を行い、2003年に「廃用身」で作家デビューして以降は作家としてのキャリアも着実に積んでいる方です。私は知りませんでしたが映画化されたあの「廃用身」の原作者なんですね。私は映画は見ていないのですが、そう言えば、noteの中などで仲良く交流させていただいている田中弥三郎さんが映画「廃用身」のルポをしていたなと思い出し、改めて田中弥三郎さんの下の記事を読み直しました。この記事によると、こちらもなかなか問題提起的な作品のようですね……。こちらも気になる作品です。

(映画『廃用身』については田中弥三郎さんが視聴レポートを記事にまとめています)

 ……しかし、話が少し横道にそれますが、どうしてお医者さんには「兼業作家」が多いのでしょうかね。文才も医師の適性や資質の一つなのかな(笑) あるいは、大学受験対策で小論文の勉強をしているうちに文章力が身につくのでしょうか(笑) それはともかく、この「医人の夢」も現役の医師の方が書いたものなので、小説には違いないですが医療問題の解説や医療現場の描写の内容はリアルです。こういう点からも、こちらの本は大学受験生(高校生)におすすめできます。また主人公が大学受験を控えた高校生であるということから感情移入しやすい話ではあると思います。

 ただし、小説なんですが文芸作品としての面白味は正直少し欠けます(すみません)。話としてはわりとありきたりな大学受験を題材にした成長譚で、物語の展開に意外性はありません。面白い小説を読みたいという人にはちょっと物足りなく感じる物語構成かもしれませんね。

 ですが、これは著者の方も小説として書いていないのかなと私は思っています。正確に言うと小説の体裁を借りて書いた「中高生に贈る『医者の心得』」といったところでしょうか? わかりやすい話にするために小説のかたちでまとめただけで、これを書いた本意は「現役医師が『医学部を志望する(=医者を志す)』上での注意点を中高生に教えること」なのだと思います。こちらがこういうコンセプトによって書かれた本だとすれば、「小説なのに新書シリーズから出ている理由」も何となくうなずけます。

ほとんどの医学部受験生は「医療の現実」を知らない

 この本でまず驚いたのは、この主人公の高見医人の人物設定の絶妙さです。まるで、「世の中によくいる医学部志望生」を一つの人物にぎゅっと圧縮したような人物像なのです。以前も別の記事でお話ししていますが、私も医師や歯科医師の家系の出身者で、かつ長年医学部受験専門予備校に勤めていました。主人公はまるで、今まで私が面接や小論文の指導で見てきた「よくいる医学部受験者」を合体させて一人の人間にしたような人物だなとまずは思いました。どのようなタイプの医学部受験生が読んでも「ささる」のではないでしょうか。

 まずこの医人君の家族構成なんですが、父と母、そして高校生の医人君と小学生の妹がいます。お父さんは製薬会社に勤めています。そして、母方の祖父(故人)は医師でした。この「医療従事者の家系」というのが「医学部受験生の典型的なタイプその1」ですね。私個人はいろいろあってそんなことはなかったのですが、「子は親の背を見て育つ」と言いましょうか、そうした医療従事者の身内に影響されて医師を目指すという受験生はわりと多いです。この医人君もそれが医師を志す環境要因になっているであろうことは、想像に難くありません。そもそもこの「医人」という名前も母が立派な医師だった祖父のようになってほしいという願いから付けたと言いますから、そうした親からの精神的影響を医人君もずっと受けていたでしょう。ちなみに、こういう家庭環境から医師になることを志した生徒に志望理由を書かせると「親が開業医だったから」という環境要因の話しか出てこないことが多いです。たとえば父が開業医で実家が地元の大病院で自身が一人息子だったりすると、小さいころから「自分がこの病院を継ぐのだ」という意識を無自覚に持ったまま大学受験生になるので、その職業を選択した内発的動機もへったくれもなくて「きれいごと抜きに、現実的に自分が医師になる他ないだろう」という考えになりがちです。結果、志望理由は「親が医師だから」という話しか出てこないのです。医人君がこうした「開業医の一人息子」と違うのは「祖父は医師であるものの親が医師ではないこと(だから継ぐべき病院がない)」ですが、それでもこの家庭環境は彼の進路決定に強い影響を与えています。

 次に、医人君が医師を志すようになった直接的要因です。それは「妹が体調を崩し白血病の疑いがある」ということでした。このとき、医人君は妹に小学校のときに白血病で亡くなってしまった同級生の姿を重ねます。そして、妹を心配しやきもきする自分に対して「もし自分が医師だったら妹がかりに白血病になっても適切に治療できるはず」と悔みます。これが直接的な動機となって、「まずは医学部を目指して頑張って勉強しよう」と決意しました。この「身内の病気や死で医師になろうと決意する」というのも「医学部受験生の典型的なパターンその2」です。こういう背景から医師を志した生徒に志望理由を書かせると「祖母がガンで亡くなったときに、私が医師になって命を救いたいと思った」というような話になることが多いです。もちろん、「きっかけ」としてこうした「身内の病気や死」を挙げるのは不自然なことではありません。でも、私が塾・予備校の講師だったとき、こういうタイプの生徒には面接練習時に少し意地悪な質問をしていました。それは「では、あなたが大好きだった祖母を亡くしたときと同じように、見ず知らずの他人である患者にも悲しみを感じその人の命を大事に考えることができますか?」というような質問です。「大事な身内の命だから医師になって救いたいと思った」と言いますが、医師として救う命はほぼ全て他人でしょう。では、赤の他人である多くの患者に対してもあなたは同じように思うことができるのかと。今しがた救急搬送された誰とも知れない患者の命を長年生活を共にした血のつながった身内の命と同じくらい大事に想うことなんてできるわけがありません。医師は聖人や神ではないので全ての人を等しく愛することなんてできません。こういうタイプの人は、改めて「自身が医師の仕事を生業(なりわい)として選ぶこと」について考える必要があると言えます。

 三番目に挙げるのは「医療の問題に興味を持つこと」です。いや、これ自体は健全で全く問題はないのです。また、医学部の小論文などでは多く医療問題がテーマとして出てきます。受験対策のためにも、それに興味を持つこと自体は大変よいことです。問題は興味を持ったあとにそれをどのように理解するのかという「考え方」や「姿勢」の問題です。それは「医療に『万能感』を持つこと」、これが「パターンその3」です。医人君は医師を志すことを決意したあと、校外学習で職場見学をすることになります。そこではいくつかのコースがありましたが、もちろん彼は大学病院を見学するコースを選びます。彼は、病院で最新鋭の医療機器や術式のことを現役の医師から説明され、医療により深い関心を持っていきました。そこで、見学後、彼はこう思いました。

 学校への帰り道、生徒たちは医療の進歩と発展を目の当たりにして、それぞれが興奮していた。もちろん、医人も同じだ。
 これから医療はどんなふうになっていくのか。AIもあるし、医療の器具や技術はどんどん新しいものになるだろう。自分が医者になるころには、治せない病気はなくなっているのではないか。そうなれば、だれもが健康に長生きできるようになる。病気で自分や家族が死ぬ悲しみに暮れることもなくなる。
 自らがその担い手の一人になることを夢想すると、医人の足取りは宙を踏むかのように軽くなるのだった。

『医人の夢』p.39

 どこで職場見学をするのであれ、その説明をする人はその仕事の都合の悪いことを言わないし、むしろその仕事に好印象を持ってもらうために説明しているわけですから医人をはじめ高校生が「医療ってすごい!」という肯定感を増幅してしまうのは無理もありません。しかし、本当に医療はそんな『いいことづくめ』なのでしょうか? 楽観的で明るい未来だけが約束されているのでしょうか? そして、その考えのまま医師になってよいものでしょうか? こういう医療観を抱くのは、私の経験では医療従事者ではないご家庭の出身の方が多いように感じます。テレビドラマや映画を見て「医師の仕事はすごいな!私もこうやって人の命を救って感謝されたい!」、それをきっかけとして「医師になりたい」と思ったというような生徒です。それも「きっかけ」としてはよいです。しかし、そのドラマで得た認識は現実のそれに見合ったものと言えるでしょうか? どんな仕事にも大変なことがあります。もちろん医師の仕事だってそうです。ましてや、自分の判断や行動に誤りがあればそれは患者の健康や命に悪い影響を与えかねません。そうした仕事において「いいことばかり」ではないはずです。人を治すのもまた人です。その限りで、医療は決して「万能」ではありません。また、命あるものは必ず死にます。人も例外ではありません。だから、医師がどんなに患者のことを深く考えて高性能の医療機器を巧みに使いまた優れた知能と技術を用いて適切に治療を施したとしても、残念ながら患者が亡くなることもあるのです。医療従事者は悲観的であれ、というのではありません。しかし、医療を楽観的に万能なものとしてとらえることは医療の現実を正しく見ることの妨げになります。

 この三者に共通して言えることは、医療の現実が見れていないということです。「父が開業医で家が病院だから」だけでは医師を志すのに何かが足りません。「愛する身内の命を救いたい」も足りません。「ドラマで見た外科医に憧れたから」も足りません。その足りないものは何か、それは医療の仕事の現実を見ることです。もちろん、いきなり病院に行って医師の仕事を見たり医師から仕事の話を聞いたりするのは無理でしょう。しかし、可能な限りあらゆるものにふれて、それをもとにして現実の医師の仕事を想像してみるべきです。何にふれるべきか、それには、たとえばこちらの『医人の夢』のように、医師が書いた医療についての本を読んでみることが一つの手がかりとなるでしょう。そしてそうした経験や体験を通じて、「自分が医師になる理由」を徹底的に考えるべきです。

医学部受験生は医療の現実を見て一回は失望しておいた方がいい

 語弊をおそれずに言えば、この本でもテーマにしていることですが、医師を志す人は医療の現実にふれて一回は失望しておいた方がいいと私も思います。がっかりしたりショックを受けたりした方がいいとさえ私は思っています。それで、医学部への進学をあきらめるならそれもそれで一つの人生です。何も医師の仕事だけが社会に貢献する立派な仕事ではありません。いや、社会にある、犯罪行為にかかわらない全ての仕事はどれもが貢献性のある立派な仕事です。私事で大変恐縮ですが、祖父が医師で父が歯科医師で親戚もそうですから、「君も医療従事者にならないのか」と小さい頃から周りの大人から言われていました。また、そういう私の未来も考えて、両親も私に中学受験をさせて難関大の進学率の高い私立中学に入れたのかもしれません(ですが両親は医療従事者になれと私に言ったことはありません)。しかし、私にはそういう「覚悟」はありませんでした。人の健康や命を預かるなんてそんな大きな責任を私には背負うことができないと。そして、その「覚悟」が決まらない以上、いたずらに「私も医療従事者に……」なんて言えないと高校生の頃の私は思いました(もっとも父が病気で倒れたので経済面から文系に進んだというのもありますが)。私はその道を選ばなくてよかったと、今では思っています。私がいかに優秀だったとしても、その「医療従事者になる席」は他の人に譲った方がよかったのです。

 ですから、医師になる気がないなら医学部に行くのはやめておいた方がいいです。最近は「偏差値が高いから」と医学部進学を考える進学校の生徒も多いです。しかし、医師になる「覚悟」がないなら、その優秀な頭を使って東大や京大、早慶などの他学部を目指してください。その方がよっぽど社会のためになります。医学部は医師養成機関です。一人の医師を育てるのに一億近くのお金がかかると言います。その分学費も他学部に比べてとても高いです。しかも医学部は他学部と違って6年制です。医師にならないならお金と時間の無駄ですし「医師にならない医学部卒業生」なんてキャリアとしての価値はありません。「偏差値が高いから?」、そんなものは大人の社会では何の役にも立ちません。

 高校生にも理解できるよう、ていねいに話してくれているのがわかった。伊一郎の言い分は、黒崎が医療のマイナスの現実を見せようとしたのと同じなのではないか。医人はふとそう思い当たり、戸惑った。
「医療の悪い面を知ることで、心の準備ができるということですか」
「そう、心の準備だ。いいことを言う」
 伊一郎は感心したように眼鏡の奥の目を細めた。

『医人の夢』p.181-p.182

 それでもなお医師になりたい人は、医学部合格を目指してこれからもどうか頑張ってください。その人はきっと、こちらの本で言うところの「心の準備」ができているのだと思います。この先仕事でどんなに大変なことがあっても医師として社会に貢献し続けたい、そう「覚悟」ができている人はきっとこの先も頑張れるはずです。「医師は一生勉強」と言います。受験を乗り越えたら国家試験です。そしてそれを越えて医師になってもまた勉強です。日々勉強し続けて、進み続ける医療の進歩についていきながら、可能な限り多くの患者さんの健康を守り命を救っていってください。私には到底できないですが、そんなあなたにはきっとできると思います。

 最後に、麻酔科医の黒崎(医人の従伯父さん―おそらく著者自身がモデル)が医人に言った言葉をこの『医人の夢』から引用します。やや長い引用になりますが、全国の医学部受験生に読んでほしいです。

「医者になろうとする者のなかには、子どものころに病気を治してもらったとか、医者が家族を救ってくれたとか、君のように病気の心配を減らすために医学部を目指す者もいる。あるいは、病気に苦しむ人を救いたいとか、がんで死ぬ人を減らしたいとかいうような理想を抱いて医者になろうとする者もいるだろう。逆に単に親が医者だとか、勉強ができるからとか、社会的エリートになれるからという理由で、医者の肩書を求める者もいる。そんな陽の当たる場面ばかり思い描いて医者になったら、すぐに挫折して、やる気のない医者になったり、金儲けに走る医者や、楽をすることばかり考える医者になったりする。医者になるなら、医療の陰の部分をあらかじめ知っておくことが大事なんだ。治らない病気や、治療の不確実性、患者を練習台や実験台にせざるを得ない状況、身勝手な患者とか、哀れすぎる患者、死にゆく患者に向き合うつらさや、無念の思いで看取る死。医療にはそんな世間から隠された暗くて重い現実があることを知っておくことが、ほんとうの意味でいい医者になるための心の準備になるんだ」

『医人の夢』p.159

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