「高校の次は大学進学が当たり前」の時代に、あなたは何のために大学に行くのか?~『大学でどう学ぶか』(濱中淳子)の感想と共に~【大学受験】
更新日:2026/04/02
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(〆野の自己紹介はこちらから見られます。)
この時代に、あなたは何のために大学に行くのか?
以前、このような記事を書きました。
(志望理由は二段構えで考える)
高校生に志望理由書を書かせると、半分くらいの生徒は「大学に進学する理由」を述べずに「その大学を志望先として選んだ理由」をダイレクトに述べてきます。たとえば、制限字数が400字を下回る場合にはそれでもやむを得ないのですが(細かく書く字数が十分にないため)、原則はその前に「大学を進学する道を選んだ理由」を書くのが基本です。ですから、本来は「大学に進学する理由」と「その大学を志望先に選んだ理由」との「二段構え」になるのです。
高校を卒業したらどうするか。それは「大学進学」だけが選択肢ではありません。専門学校や各種学校、海外の大学を進学先に選ぶ場合もあります。また、就職する人もいるでしょう。高校卒業後の進路は、大学進学が既定ではなく、また一様でもありません。ですから、大学に進学するのでしたら、まずは大学に進学する理由と必要性がないと志望理由は成立しません。つまり「自分は何のために大学に行くのか」を自身に問い、その答えを明確にする必要があるのです。
しかし、これは何も、志望理由書の内容の説得性を高めるための「レトリック上の都合」だけではありません。志望理由書を書くためのテクニックとして大学進学の理由にも言及するべきだ、ということももちろんですが、今のこの時代に大学への進学を決意する上ではその「理由」を明確にしておいた方がよいでしょう。この「大学全入時代」を迎えた中で、「自分の人生においての大学に行く意味」を問う必要があると言えます。
「大学全入時代」だからこそ「大学に行く意味と価値」を問わなければならない
2024年度の入試までに大学への入学希望者総数が全国の入学定員総数を下回るとされる状況や時代を、一般的に「大学全入時代」と呼びます。しかし、実際には年々減少する18歳人口(大学受験の中心となる年代)に比べて、大学の数は増え続けており、「大学全入時代」はその前からすでに到来しているとも言われています。当然、このような時代においては、「大学に行くこと」自体の社会的価値は以前ほど高くないと言えるでしょう。理論上は、選ばなければ誰もが大学に行ける時代だからです。
かつて、「学士様」という言葉がありました。大学には「学位を授与する権利」があり、大学を卒業すれば「学士(バチェラー)」の学位が授与されます。明治・大正・昭和期の日本では、大学を卒業する人は非常に少なく、そのため「学士様」と呼ばれ、特別な存在として扱われていました。そして学士の肩書きは、就職や社会参画において大きな武器となっていたのです。そのため、「とりあえず大学に入ってから、その大学進学の意味は考えよう」でも通用しました。「大学に入ること」自体が「人生の勝ち組」になり得るからです。
しかし、現在は状況が大きく変わっています。たとえば、渋谷のスクランブル交差点で石を投げれば一度で「学士様」に当たると言えるほど、多くの人が大学を卒業している時代です。実際、高校を卒業したら大学(及びその他の高等教育機関)に進学することが当たり前の状況になっていると言えます。もはや、「大学に行っただけで得られるステータス」など皆無です。
だとすると、極論ですが「大学に行かなくてもいいじゃないか」という言い方もできます。たしかに高卒の初任給と大卒の初任給には差があります。大学の初任給の方が高いです。50年前の高度経済成長期の終身雇用制の会社に勤めるならこれは「勝ち組」です。その「差」を保持したまま、その会社で現役を終えて定年退職を迎えるからです。しかし、今の時代はそうならないことの方が多いでしょう。終身雇用制が崩壊しているため、転職や独立を余儀なくされ、下手すると大卒にもかかわらず高卒の人よりも生涯賃金が低かったということもあるのです。こんな時代に、「とりま大学行くしょ!後のことは後で考えるっしょ!」というのは全く現実的な考えとは言えません。
高校卒業後に大学へ進学することが義務教育の延長のように当然視されているため、そもそもその意味を考えたことがない人も多いかもしれません。同級生がみんな大学へ進学するから「なんとなく」進学する、という人も少なくないでしょう。しかし、これは逆です。誰しもが大学に行く時代だからこそ、なぜ自分が大学に行かなければならないのか、考えるべきなのです。
大学に「なんとなく」進学する実情
濱中淳子氏の『大学でどう学ぶか』では、大学生へのアンケートやインタビューをもとに、高校生がどのように大学進学を決め、何を学び、将来へどうつなげていったかが分析されています。E大学(エリート校)に通う6名の学生にインタビューを行い、その学生たちのリアルな語りから多種多様な現代の大学生の学びを浮き彫りにしています。
こちらの本を読んで私の印象に残ったことは、このインタビュー調査対象モデルとなった6名の学生がいずれも「『今までの流れ』で大学進学を決めている」ということでした。たとえば、親と同じ大学を選んだ学生や、高校でやっている部活動の強豪校だからという理由で大学を決めた学生など、大学進学の動機が「今までに学んできたことや経験したことの延長線上」にあるケースがほとんどで、そこに「自分の未来を志向した考え」がなかったのです。こちらの本を読んでこれを知ったとき、日頃から私が指導の中で感じていることは実際にそうなのだなと確信しました。やはり、「将来目標の実現の学びのために大学に行く必要がある」と考えていた学生はほとんどいなかったのです。
そのため、結局ほぼ全ての学生が、大学に入った後に自分の将来について改めて考え、ゼロから「自分の将来と未来の居場所」を考えていくこととなりました。そして、案の定、その中で学習意欲を高めつつ積極的に学び自分の将来像を確立できた人もいれば、そうでない人もいたのです。
なお、こちらの本においては、このような彼らが今後大学に入ってそこで「どう学んでいったのか」が話の焦点なのであり、「大学進学の動機が何かを明らかにすること」がその主旨ではありません。したがって、この調査結果に基づいて、「筆者が『進学後、学生が将来目標を見つけ自己成長を果たすには、大学生活の中で何がポイントになる』と考えたのか」はこちらの本を読んで確認してもらいたいですが、私は仕事柄、彼らのほぼ全てが「未来を見据えた大学進学の動機がない」まま進学を果たしているという、こちらの本にある事実に改めて驚きました。こちらの本が提示するように「大学でどう過ごすか」も重要であると思いますが、私の立場としては、大学に進学する前にその動機や理由を明らかにしておいて欲しいと思わざるを得ません。この6名の「大学生活の中で自分の将来を見つけ出すストーリー」は余りにも「遠回り」です(そうした紆余曲折や寄り道があるのが人生とも言えますが……)。やはり、大学進学後は、自身の将来の目標を明確にした上で、その目標を実現するための学びに邁進して欲しいと私は思いました。
まとめ ~こういう時代だからこそ、自分が大学に行く意味を考えてもらいたい。
改めて、大学に行く意味を考えてみてください。「友だちも行くから」、「就職に有利だから」、「部活動を続けたいから」、「親に勧められたから」、「なんとなく」——これらはきっかけにはなるかもしれませんが、進学動機としてはやはり不十分です。下の記事でも言いましたが、受験で志望理由が問われるか問われないかにかかわらず、「大学進学を選んだ理由」や「その大学を志望先に選んだ理由」を考えた方がよいと私は考えます。
(将来進路を考えることは学習意欲や学力の向上につながる、これだけの理由)
大学は、単なる教育機関ではなく研究機関でもあります。濱中淳子氏も、この『大学でどう学ぶか』の中でこう述べています。
「この世界は余りにも複雑であり、わかっていないこと、見えていないことがたくさんある。小・中・高校でも『探究学習』で、日常生活や社会の謎にせまる経験を積むようになっているが、大学はそれを本格的に行うところ。『勉強』から『学問』へ。大学での学びはそのように表現することができる」
こうした大学での学びに主体的かつ意欲的に取り組むためには、その学びの「目標」となるものが必要でしょう。そして、そうした「目標」を見据えた上で、大学受験生には自分の受験と進学の意味を考えてもらいたいと思います。『勉強』から『学問』へ。この成長の間(はざま)に大学受験は存在しているのです。
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