余裕を守るという選択
こんにちは、しずかな種です🌱
先日、職場で上司に呼ばれました。
内容は、「納期を少し早めてほしい」という話でした。
話を聞いていたのですが、どう考えても、なかなか厳しい作業内容でした。
その中で、上司がふと、こう言ったんです。
「コストが下がるから」
その言葉を聞いた時、以前書いたnoteの記事を思い出しました。
大量生産。大量消費。大量廃棄。
効率やスピードを求め続ける流れの中で、最後は「コスト」の話になっていく。
そしてそのコストは、結局、人の時間や余裕に向かっていくのかもしれない。
そんなことを、以前の私は少し遠くから考えていました。
でも先日、その空気を職場で実際に感じた気がしたんです。
もちろん、会社には会社の事情があります。
利益も必要だし、競争もある。
だから、上司が悪いとか、会社が悪いとか、そういう話ではありません。
ただ、「あぁ、やっぱり会社は会社の論理で動いているんだな」と、改めて感じました。
そして、その時。
少し前の自分との違いにも気づきました。
以前の私だったら、周りと同じように、必要以上に焦っていた気がします。
周りが忙しそうにしていると、自分も同じ熱量で動かなければいけない。
そんな空気に、無意識のうちに飲み込まれていました。
でも昨日は、少し違いました。
もちろん仕事はします。
ただ、自分を削り切るほど、無理に加速しようとはしませんでした。
忙しくする。
忙しくしない。
少しだけ忙しくする。
その強度を、少しだけ自分で選んでいた気がします。
そして、その後のことです。
作業を進めていく中で、「このままでは納期に間に合わないかもしれない」と思う場面もありました。
以前の私なら、その焦りから無理を重ねていたと思います。
でも今回は、必要以上に自分を追い込むことはしませんでした。
すると結果は、少し違いました。
特に何も言われることもなく、上司や他部署の方が応援に来てくれたのです。
その時、改めて思いました。
以前の私は、「自分がもっと頑張らなければ」と、一人で抱え込んでいたのかもしれません。
でも実際には、状況に応じて周りが支えてくれることもある。
自分一人が必要以上に無理をすることだけが、正解ではないのかもしれません。
以前書いた、「流されないけど、戦わない。」という記事。
昨日、その感覚を少しだけ現実の中で使えた気がしています。
全部にあらがうわけじゃない。
でも、必要以上に空気へ飲み込まれない。
少しだけ距離を取りながら、自分のペースも残しておく。
最近、暮らしを整えることを続ける中で、以前よりも空気に飲み込まれにくくなった気がしています。
もしかしたら、「余裕を守る」というのは、こういう小さな選択の積み重ねなのかもしれない。
最近、食を整え、暮らしを整えることを続ける中で、以前よりも空気に飲み込まれにくくなった気がしています。

