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【御礼note】"ことばの日"にちなんだ自由参加型企画「あなたの言葉を聴かせて」に参加してくれた人へ向けて。

5月11日の黄昏時、1本のnoteからはじまった自由参加型企画「あなたの言葉を聴かせて」。5月18日という1週間後にもかかわらず、この企画に多くの人がそれぞれの形で参加してくれました。

参加してくれた人それぞれがアウトプットして終わり。という形でも良かったかもしれませんが、note上でしか関わりのない友人がいたり、Xでは完璧に表現しきれない感想などを残したり、あるいはシェアを通じて記事に出会った人に何か影響を与えることができたらと思い、一読者としての感想を残す意味で今回のnoteを書いています。

最後まで無料で読むことができますが、有料設定は、最後まで読んで、もし何かの学びがあったり、「お疲れさま!」などあればお気持ちとして、ありがたくいただきたいなと思います。

(自身の国家試験もあり、公開が2ヶ月遅れになってます。どうかお許しください…。)

「あなたの言葉を聴かせて」に集まった作品たち

*前田 彰さん

「言葉はポテチ」というタイトルを見て、"ん??"と思った瞬間にその裏側の言葉に触れたくなった。

仕事でメールを使ったやり取りをしていたり、LINEやMessengerといったSNSツールで友人たちと会話することが増えると、言葉を"伝える"より"返す"という動詞を使っている自分がいる。言葉を伝える、残すという視点が消えてしまうと、まるでポテチを無意識に食べているのと同じようだ。

野球のキャッチボールのように"考えながら言葉にする"行為や時間を作ること、自分ってどんな言葉や表現が心地いいんだっけ?と問いを投げかけてみること。話すときの"間合い"のように、言葉を書くときは"行間"で自分らしさを表現したっていい。漢字で書かなければいけないところを、ひらがなで書いてみたっていい。ポテチの袋を開けたのに、薄いポテチもあれば、フライドポテトのようなポテチが入っている、バラエティに富んだ自分だけのポテチ(=言葉)に僕は出会ってみたい。


*たかしおさん

この企画の内容を読んだときに、
自分には特別印象深い特定の言葉ってないなと思った。

多分自分は「どんな言葉」よりも「だれの言葉」が大事で、さらに「名言」ではなく「いつもの言葉」が好き、というか大事なんだと思う。

そして「だれの」でいくと、いつも一緒にいる妻の「おはよう」や「ありがとう」といういつもの言葉。猫の「にゃ」や「んにゃー」といった自分を必要としてくれる言葉(ではないが)が好きだし、大切。

この企画をきっかけに、もし自分から何かを誰かに伝えられるとしたら、特別な言葉はいつも当たり前に聞いている言葉じゃないかなと、遠くばかりではなく近くを見るきっかけになればうれしいな。

https://x.com/takashi_okb313/status/1923996029965435256



*サトウリョウタさん

小説を読むのが好きな自分にとって、リョウタさんが書く言葉は読みやすくて、感情移入しやすい。まるでワンドロ小説を読んでいるような気持ちになる。

言葉にするのが苦手だったり、言葉に怖さを持っている人が書いたり、伝えたりする言葉は、どこか優しさがあるように思う。

誰かに向けた言葉が、自分が思う適切な形で届く打率は、野球で好打者と評価されるのと同じ3割くらいかもしれない。自分が発した言葉を都合よく解釈されたり、冗談で言った言葉が相手を傷つけてしまったり。それでも、自分が伝えた言葉に感謝を伝えてくれる友人や、言葉にしようか迷っている時に「あなたの言葉を聴かせて」と背中を押してくれたりと、言葉の持つ美しさや力強さを感じる場面があるから、言葉にすることをやめられない。

言葉にするかしないか、今抱いている気持ちを表す言葉があるかないか、自分の言葉が届くか届かないか、いろんな葛藤の中で僕たちは言葉と向き合っているのかもしれない。


*ともかさん

自分の経験や考えって、言葉にしよう…!という気持ちにならないと行動に移せないし、言語化する上で経験や考えにフィットした言葉がある保証もない。それでも、月に1回言語化してみようという表明をしてくれたことが嬉しいし、ひとりで言語化しなくても、ひとりの言語化をみんなで応援する形があってもいいんじゃないかと思う。


*にしまりさん

感情の詳細化は、チャッピー(chatGPT)が教えてはくれないし、自分にしか分からないもの。

自分が抱いた、心て捉えた感情に気づく→言葉に変換する→伝える、書く→(相手や不特定多数に)伝わる→心に残った言葉が広がっていく。このサイクルひとつひとつにフォーカス当ててみると、言葉ってすごく奥深いし、考え始めたら"終わりなき人生ゲーム"みたいだ。

感情を無理に共有してほしいとは思わないけれど、マイナスな感情を伝えてもなぁ…という気持ちを抱いたとしても、それをどこかに消化しないとプラスな感情は生まれないと思う。感情がいちばん言葉にしやすいからこそ、言語化うまくなりたいという人は、まず自分の感情を言葉にしてみる、具体化してみるのが良いかもしれない。


*あやぴょんさん

「あなたはあなたのままでいい」って、自分が誰かに伝えるよりも、誰かに言われたときの方が心が動く。というのも、自分で自分を認めたり、受け入れたりすることって難しいし、認めることが怖かったりもする。だからこそ、わたしもあなたもOKだよって言葉が、それぞれに優しくなれる。そんな言葉を子どもに対して伝えていきたいと思うあやぴょんさんの想いに、うるっと来ました。あやぴょんさんの言葉は、ポジティブな中に太陽のような照らす光があるなぁ。

*真心さん

SNSに言葉を書き込むことが増えたことで、自筆で自分の言葉を綴るという行為は意識しないと減っていくもの。自分の字で、自分の言葉で、今日あったこと、考えたこと、感じた匂いや味などを残していく。同じ自分のはずなのに、経験や出会いを通じて、書き方やチョイスする言葉が変わっていくのも面白い。

後押しというのは、誰かに引っ張ってもらうだけでなく、今を積み重ねてきた過去からの自分が支え、背中を押してくれることもある。ノート、心地よいペースを大事にしている真心さんの言葉は、いつも丁寧で優しいです。


*石川 峻さん

卒業論文を書いたとき、参考文献を使いながら自分の論文を厚みあるものにさせようと思っていたが、noteもその瞬間の論文に近しいのかもしれない。太宰治の小説、トランジションのフレーズを引用しながら、言葉は種から育てられることを伝えてくれたり、トランジション期に吐き出された言葉を愛おしいと思ってくれたり。

人からの言葉、本・広告などのモノに書かれた言葉(言の葉)が腐葉土のように溜まって、カルチベートされ、そこから自分の言葉が生まれ、育っていく。以前、峻くんから「作られた言葉でなく生まれた言葉で話したい」という趣旨の会話をしてから、誰かから聞いた言葉でも、自分にフィットした表現や温度感に変換をしたり、喩えたりしてから言葉にするように意識している。

もらった言葉そのまま話すのは、正直自分がその言葉を発しなくても良い。せっかく話したり、書いたりするのなら、コピペではなく、消しゴムで消した痕が見えるくらいノートに書いた言葉を選びたい。たとえ、元気なときでも、言葉にしたくない心の辛いときだったとしても。


*ハルナさん

しんどいとき、ポジティブ変換するのが辛い時がある。過去、しんどいと感じているだろうな…という人に向けて、ポジティブに捉えてみようよと言ってしまい、すごく後悔した。だからこそ、辛い経験、逃げたくなる経験をしたら、 今すぐに経験して良かったと思えなくていい。時間をかけてもいいから、辛くて逃げたいと思った経験が、自分の土台や核になっていると思える人生を作っていきたい。そのために、言葉を通じて支え合いたいな。


*榎本 妃世里さん

言葉を通じて出会い、仲良くさせてもらっている妃世里さん。今回の自由参加型企画「あなたの言葉を聴かせて」をやってみようと背中を押してくれた一人でした。

ぼくたちが小さい頃よりも言葉に触れる機会や手段は多様になり、綺麗な言葉、共感できる言葉と同じくらい、少し汚いなと感じたり、傷ついてしまう(傷つけてしまう)言葉も目にするようになった。でもそれをこれから言葉を覚えていく子どもたちに触れさせていいのか、せめて子どもたちには言葉の可能性、力のポジティブな側面を感じてほしいという問いや願いにつながっていく。息子さんが産まれ、その中での生活のワンシーンをきっかけに"言葉"への願いを込めたnote。

息子の耳に届く言葉は、できるだけ豊かなものであってほしい。という途中の一文に、心がドキッとした。いつか文字を読めるようになったら、ママが書いたこの記事を読んでもらえたら嬉しいな。


*うめのみ鍼灸室(毬絵さん)

2ヶ月前に読んだとき(5/18当日)と今では、グッとくるポイントが違っていました。

ゆっくりと身体の中から色々なものが抜けていって、軽く軽くなっていく過程で、記憶や人間関係すらも手放して、最後に残った言葉が「大好き」と「ありがとう」だったなんて。

この文章を目にしたとき、心の中で音読していたとき、目の中が涙で溢れてきた。それと同時に、鳥肌が立ってドキドキした。

鹿児島の祖父母と電話すると、特に祖母は「ありがとうね〜」と毎回電話の終わりに話してくれる。それを受けて同じように「ありがと〜」と鹿児島弁で返すのだが、そのやりとりと重なってしまった。まだお互いに生きているけれど、あとどれだけ「ありがとう」と「大好き」という言葉を届けられるのか、ラリーできるのかは分からない。この前の電話が最後かもしれないし、次があるかもしれない。

後悔しない選択を多くの人が選びたいと願うけれど、全く後悔していないことって少ない気がする。自分自身も、父方の祖父が亡くなった際、最後の方は何も会話ができなかった、手を握ることしかできなかった。ちゃんと回復を願えていただろうか、もっと出来たこと、一緒に過ごせたことがあるのではないか。こう文章を書きながら、自問自答している。

ただ一つ言えるのは、自分が心から思った言葉には"真心"が込められているけど、心から思えていない言葉には"心"がこもっていないということだ。真心も心も目に見えないけれど、言葉を発した瞬間に変な感覚を抱くかどうかで、心から思えているかどうかの違いにつながる。毱絵さんの言葉、文章は、本人がその場で自分に話しかけてくれるような優しさが詰まってます。


*Karenさん

今、仕事で少しピンチというか、やらかしてしまったことがあって、休みなのにそのことが心から離れなくなっている。自分で自分の機嫌を取るとか、自分で自分のことを愛すことの大切さは分かっているけれど、限界が訪れているのを実感。

そんなときに、誰かに愛され守られている実感がほしいと思った。あなたは頑張ってるよとか、何かあったら気軽に連絡してねとか、一人じゃないと言ってくれる友人の存在が。

何かあったときは遠慮なく相談してきてね、いつでも味方だよと友人に言葉掛けする場面があるからこそだろうか、たまには甘えたくなるというか、体を寄りかかりたくなる瞬間がある。肝っ玉母ちゃんのように、何があっても強い人、物事に動じない人になりたいけど、四六時中はちょっと難しそう。なので、持ちつ持たれつでやっていきたいなと。

ちなみに、佳恋のように人生満足できているというのは素晴らしいことだと思うから、さらに贅沢しちゃってくださいな。


*ひめさん

自分が言葉に興味を持ち始めたのは、社会人1,2年目の頃。当時の自分は、やりたいことがなく、仕事をとりあえず迷惑かけないようにしようという気持ちだけで過ごしていたが、その最中に"生き方見本市"というトークイベントがあって、そこでの同世代のプレイヤーの姿、話す言葉に心動かされた。「この人たちのように自信を持って自分の人生を語り、自分の言葉で人前にて話したい」と、強い憧れを抱いたのを覚えている。ひめちゃんが書いてくれている文章のように、言葉を通じて感情が豊かになったなぁ。

すてきなことばのつかい方をする方にであったときのあこがれ。
すてきなことばがつづられた本や作品にであったときのときめきや感動。
自分の内側にあったけれど、ことばにならなかったなにかをだれかのことばに触れることで代わりに表現してもらった時のスッキリ感と救われた感。。。
いろんなことばとともに生きる日々のゆたかさとむずかしさを今日も味わいながら。

姫ちゃんの「#あなたの言葉を聴かせて」内の文章から引用


ひめちゃんが「(言葉は)世界と出会う扉のような存在」と表現しているのが、感性を働かせながらピッタリ合う言葉を探している"ひめちゃんらしさ"だと思った。と同時に、同じ日本人でも、その人が使う言葉(単語)と自分が使う言葉(単語)の意味合いやニュアンスが微妙に違う可能性がある。その微妙に異なる意味合いやニュアンスの理解を深めていくのも、言葉なのだ。

*せいちゃん

承認欲求が実は強くて…とは言いにくいし、年齢を重ねていくと、誰かに承認されたいという素直な気持ちを表現することも憚られていくように思う。

でも、承認欲求が自分は強いと気づいている人同士がお互いを認め合ったり、褒めあったりすれば、お互いの欲求を満たすことはできるだろう。せいちゃんが最後に伝えてくれているように、承認欲求があることを認知した上で、どう自分と付き合っていくかを考えていけばいいのではないでしょうか。ちなみに、自分は承認欲求強めながら、なかなか言えない一人です。

*みづきさん

1度口から出しちまった言葉は、もう元には戻せないんだぞ。言葉は “刃物” なんだ。使い方を 間違えると、やっかいな 凶器になる。言葉のすれ違いで 一生の友達を失うこともあるんだ。1度すれ違ったら、2度と会えないかもしれない」

本文より引用

この言葉を目にしたとき、すぐに思い出す出来事があった。自分の言葉がギフトになった経験よりも、自分の言葉が刃物になってしまった経験の方が覚えている。そして、2度と会えない関係性になったこともあるし、信頼を完全に失ったこともある。言葉の"諸刃の剣"の側面を体感したからこそ、このコナンの言葉がグッと深く入り込む。

そんな気持ちを持ちながら文章に関わっているみづきさんの言葉は、どこか丸くて優しさに溢れている。

*ぴなたさん

まずは、抱えている病気(発作)のことや2年のブランクがあったことを伝えられずにいた悩みをここに残してくれたこと、とても嬉しかったです。同じとは言えないけれど、自分は過去にいじめを受けていた経験があって、それを人前で言うことは今でもしんどいし、その過去を受け止めて今を過ごしている中でも思い出すことがある。だからこそ、その事実をこの人にはわかってほしいという願いを持って話したとき、「伝えてくれてありがとう」って言ってくれたり、「それがどうした?」と今の自分をそのまま受け止めてくれたりする友人がいると、本当に支えられている感覚になります。

いろんな言葉に触れると、言葉と言葉の連動性を覚えたり、五感を通して降りてくる言葉のレパートリーが増えるなぁと。勇気づけられる言葉を受け取った人は、その言葉を忘れないし、今度は自分が誰かの支えになりたいという人も多いと思う。ぴなたさんのように、これからもそれぞれに合った言葉の魔法をかけていきたい。

最後に(07.27)


個人的に思った感想を書き連ねてきましたが、
#あなたの言葉を聴かせて 」というタグひとつとっても、それぞれ書く内容も違えば、使う言葉や行間なども違って、言葉は絵の具のようだと感じました。

そもそも手持ちで持っている絵の具の種類、絵の具の混ぜ合わせ方、絵の具のレパートリー、パレットの形や大きさなど、十人十色。同じ言葉(絵の具)を使っても、作り上がるものは全く同じということはなくて。その瞬間、ライフステージだからこそ作り上げられるものたちに出会うことができました。

今回参加してくださった皆さん、本当にありがとうございました。
そして、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2025.07.28 大庭 周

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