【煉獄のパールライト】24.武勇伝の裏側で
2日目 13.武勇伝の裏側で
――カチン。
引き金の音で、桔兵は長い回想から現実に引き戻された。
何度も、夢で思い起こすことになったあの出来事。
あれ以来、自分はとても切れやすい人間になってしまった気がした。堪忍袋の緒というものが、切れて無くなってしまったかのようだった。
怒りを爆発させると、その瞬間は全てを忘れ去ることができた。だから、自分のストレスを発散させたいがために、キレる理由を探していたのではないか。自分に、そんな疑いすらかけていた。
自分の人生は、キレる度に何かを失っていたような気がする。桔兵は、再び銃の引き金を引き始めた。
――カチン。
それは、父を殴ったあの時。
――カチン。
パンチパーマや柴谷を殴った時。
――カチン。
ヤクザの同僚に、いわれのない罵倒を投げつけられた瞬間。
――カチン。
馬鹿な半グレ集団を、叩き潰した時にも感じていたことだった。
全てが、自分を悪い状況に押し流していたような気がした。
ふと、目の前の少年が、じっとこちらを見ているのに気がついた。髪を短く刈り揃えた小学生らしき男の子は、桔兵の手元を銃を見ながら、じりじりとこちらに近寄ってきていた。
「この銃が見たいんか?」
桔兵がそう声をかけると、少年は無言でうなずいた。くるりと銃口を手前に回し、桔兵は少年に銃を差し出した。
「弾は抜いとるけど、人に向けたらあかんぞ」
少年はパッと顔を輝かせて、大事そうに拳銃を受け取った。と同時に、近くに座っていたスーツ姿の男も、急に詰め寄ってきた。
「わ、私にも見せてもらっていいですか!?」
「な、なんやワレは!?」
隣で様子を見守っていた清も、びっくりして声を荒げた。30代半ばでひ弱そうなその男は、清の反応にたじろぎつつも、少年の隣に座り拳銃をまじまじとのぞき込んだ。
「やっぱ、S&Wなんですね。昔ながらのリボルバー。裏での流通量も、一番多いらしいですよ。やっぱりな……」
桔兵たちが呆気に取られていると、その男はおずおずと自己紹介を始めた。
「あ、私……小林貴一と言います。ちょっと、銃に興味がありまして……」
そう名乗った彼から、こちらを窺う視線をずっと感じていたのは、恐れではなく好奇心だったようだ。どうやら、かなりの銃マニアらしい。
「僕は工藤俊介。これ、思ってたより軽いね」
銃を渡した少年も、流れで小学3年生だと自己紹介しつつ、目をキラキラさせて銃を観察していた。
「しゅん坊も、ヤクザになりたいんか?」
清がそう声をかけると、俊介は無邪気に答えた。
「なりたくないよ。だって、儲からないんでしょ?」
隣で聞いていた小林が、思わず吹き出してしまう。事実を言われて返答に窮した清を見て、桔兵も思わず大声で笑った。
「昔は、かなり羽振りが良かったらしいけどな。俺は知らんけど……」
少し悔しそうに、清はそうつぶやいた。
「暴力団排除条例で、活動がかなり苦しくなったって聞きますもんね……。シノギも、苦労しているんじゃないですか?」
銃以外にも何かと詳しい小林が、そんなことを言った。
「神山組も、そのせいで分裂したって聞きますし……」
桔兵と清は、口をつぐんだ。まさに、その出来事の真っ只中にいたからだ。ふたりの態度を見て、何か地雷を踏んでしまったのかと、小林は身を縮めた。
しげしげと銃を見つめていた俊介が、ちらりと桔兵を見て聞いた。
「ねえ、人を撃ったことある?」
「ある」
桔兵は、あっさりとうなずいた。
「殺したの?」
そのド直球な質問に、小林が息を呑んだ。
「どうやろな……正直わからん」
遠慮のない質問に警戒することなく、桔兵は素直にそう答えた。ヤクザである自分に対し、純粋な好奇心で話す彼らの反応は、桔兵にとっても新鮮だった。
「銃は確かに魅力的やけど、人に向けて撃つようになったらおしまいや」
俊介は桔兵の言葉に、何かを感じ取ったようだった。何も言わずに、銃をじっと見つめている。
「よし! 仁義の世界っちゅうもんを、俺が教えたるわ!」
雰囲気を変えようと思ったのか、清がそう言うと、ふたりは興味津々で乗り出してきた。注目されたことに気を良くした清は、得意げに自分の体験談を語り出した。
金井清がアニキと出会ったのは、もう10年以上前の話だった。
清は勉強が苦手で、高校は早々に中退してしまった。バイトで食いつなぐが、何をしても上手くいかず長続きしなかった。
やさぐれていた清が行き着いたのが、割りの良いバイトがあると紹介された、神山組の下部組織の仕事だった。清はそこで、借金の取立てや、詐欺の片棒のようなことをやらされていた。
だが、何度か失敗をするうちに、使えないヤツというレッテルを貼られてしまう。
逆ギレする人間や、弱者として開き直った人間は、どうなろうと心は痛まなかった。しかし、本当に素朴な良い人だったり、明らかにひ弱な老人を、清は追いこむことが出来なかったのだ。
ある時、立て続けに失態を犯した清に上司が激昂し、制裁という名の暴行が加えられていた。腹を数発殴られてひざまずいた清を、同僚たちが交代で何度も蹴りつけてくる。
こんなことになったのも、債務者だった若い女に泣き付かれて、見逃してしまったのが原因だった。色気に惑わされたわけでもなく、少し足を踏み外しただけで打ちのめされている女を、不憫に思ってしまったのだ。
弁解できることなど、何もない。だから、清は頬に床の冷たさを感じながら、ひたすら制裁に耐えていた。
容赦のないリンチに助け舟を出したのが、偶然通りがかった輿田 桔兵だった。
「こいつは、そういう仕事に向いてへんやろ。いらんのやったら、俺が引き取ったるわ」
事情を聞いた輿田はそう言って、清を引き取ると申し出た。清の上司は意外な流れに戸惑いつつも、かえってせいせいすると、その提案を受け入れたのだった。
助けてもらったものの、清は輿田をずっと恐れていた。輿田は無口で何を考えているか分からないし、数々の恐ろしい逸話を知っていたからだ。
気に入らない同僚の歯を、全て折って引退させただとか。ヤンチャしていた半グレ集団を、ひとりで叩き潰しただとか。歯向かう中国マフィアを、山に埋めた……などなど。
しかし、輿田は理不尽に部下を怒鳴ることはなく、仕事の振り方も無理はなかった。荒事と言っても、脅しの駆け引きが絶妙で、暴力沙汰になることは多くなかった。今までのどの仕事よりも、やりやすいと清は感じていた。
ある時、清は輿田に質問した。
「なんで、俺なんかを引き取ったんすか?」
清はケンカも弱く、できることと言えば、数合わせと雑用くらいなものだった。そんな人間を、わざわざ引き取る理由が分からなかった。
「特に、理由なんてあらへん……」
輿田はそう言ったが、少し考えてひと言付け足した。
「しいて言うなら、何の弁明もなしでボコられる姿が気になったんや」
それは安い同情なのだろうと思い、清は少しガッカリした。
「……お情けっちゅうことっすか?」
清の問いに、輿田は少し笑いながら答えた。
「いや、お前に感じたんは潔さや。こいつやったら、一緒に仕事してもええかなと思えたんや」
輿田の意外な返答に、清は少し驚いて首を振った。
「そんなん、ヤクザ家業には必要ないヤツっすよ!」
「そうやとしても、付き合う奴を選ぶ理由としてなら十分やろ?」
「……」
その言葉に少し照れている清を見て、輿田はうっすらと微笑んだ。その表情を見て、清は人の噂などあてにできないものだと、改めて実感したのだった。
ただし、輿田の逸話が嘘ではないことを、いくつかの事件で思い知ることになる。信頼する上司は、キレると相手を容赦なく叩き潰した。一定のラインを踏み越えた相手には、問答無用で制裁を下すその姿は、親しい清にとっても恐怖で縮み上がるほどであった。
清は輿田の元で、長く働くことができた。それなりに大変な事件はあったが、人間関係のいざこざが少ないのが良かった。綱渡りではあったが、ある意味人生で一番安定した日々を送ることができていた。
しかし、暴力で脅しが効く時代は、とうに終わりを迎えていた。一般人への暴力はもちろんのこと、みかじめ料などの収入源も絶たれて、金回りは急速に悪くなっていった。数年が経過すると状況はさらに悪化し、生活苦から足を洗う組員や、解散する組織も出始めていた。
暴力で解決できる場面が減り、輿田の収入も発言力と共に落ちていった。輿田を気に入っていた組長が、代替わりしたのも大きかった。輿田は組織内での根回しや、ネットを使った詐欺行為などには疎かったので、借金をしてなんとか過ごしているという状態になっていた。
「俺はどうも、計算が苦手でな。お前も早いうち、別の道探した方がええかもしれんぞ」
清はよくそう言われたが、別のところに行く気などさらさらなかった。
そんな輿田の窮地を助けていたのは、若頭の近藤という男だった。
近藤は振り込め詐欺などで荒稼ぎしてのし上がったのだが、弱い者から金をむしり取るその手法が気に入らず、輿田は一定の距離を置いていた。しかし、苦しい懐事情から、金を貸すという誘いを断ることはできなかった。そして、当然その提案は、輿田を便利な手駒とするためのものだった。
近藤は神山組の分裂のどさくさに紛れて、自分の勢力をさらに拡大しようと考えていたようだ。輿田の借金が1000万を超えた時、近藤は彼に鉄砲玉を命じた。
「なんで兄貴が、鉄砲玉なんてやらなあかんのですか!? そんなもん、俺がやります!」
その話を聞いた清は、怒りを爆発させた。輿田はずっと組に貢献してきたのに、ひどい扱いだと思った。
そういきり立つ清を、輿田は冷静に諭した。
「借りたもんは返さなあかんし、これも俺が抱えとったツケなんや」
ターゲットは分裂した組織の組長で、名前は高柳圭伸といった。前の組長が死んで、その後を継いだらしい。今は髪が少ないが、昔はパンチパーマがトレードマークだったらしい。それは、随分前に輿田から聞かされた因縁話で知ったことだった。
清は自分も同行すると、輿田に言い張った。反対されるかと思ったが、あっさりと了承され、まずは標的の移動ルートを探るように指示された。
「絶対、相手に悟られるなよ。時間かかってもええから、慎重にやれ」
重要な仕事を任されたと感じて、清は意気込んだ。鉄砲玉として、輿田と一緒にターゲットを抹殺する。それは、任侠映画のワンシーンのようであり、清の血が騒いだ。輿田をかばって死ぬのもカッコいいと、馬鹿なことも考えていた。
しかし、清は何かが変だと思い始めた。同行を簡単に許可したのも輿田らしくないし、近藤と高柳の関係が、そこまで悪くないという噂も小耳に挟んでいた。
清は胸騒ぎがして、独自に動く決心をした。
