【煉獄のパールライト】02.何もかもが白い部屋
1日目
都筑浩輔は目を覚ました。
まだ脳が完全に覚醒しておらず、思考がぼやけている。ゆっくりと起き上がろうとすると、床に直接寝ていたせいか、体の節々が痛んだ。
……どうして、床に寝ていたのだろうか? 受験勉強の途中で、寝落ちでもしたのか。
しかし、昨日は早々に寝てしまい、いつもより早起きして学校に向かったはずだった。その途中で急に記憶が途切れていた。
徐々に目が光に慣れてきた。ずっと眩しいと感じていたのは、自分が異常な部屋にいるためだと気づいた。
「どこだ、ここは?」
そこは不思議な空間だった。何もかもが真っ白なのだ。壁も、床も、天井も。しかも扉や窓も含めて、内装と呼べるものは何ひとつない。白く真新しい壁が四方に広がっていた。
浩輔は美術室で見た、デッサン用の立方体を思い出していた。陰影で立体感がつかめるように、全体が真っ白な正六面体。まるでその中に入ってしまったかのようだった。
ただし、サイズはとてつもなく大きい。広さは校庭にある陸上トラックよりも大きいだろうか。部屋というより巨大なホールで、真新しい建物というよりは、単なる空間といったほうがしっくりきた。
そして、多くの人々がそこに横たわっていた。
100人以上はいるだろうか? 小さな子どもから高齢者まで、様々な人々が地面に倒れていた。
異常な光景に緊急事態を想像するが、近くに倒れていた人の様子をうかがうと、安らかな寝息を立てていた。全員が同じように眠っているだけで、特に心配はなさそうだ。
自分はどうやって、この部屋に来たのだろうか?
浩輔は改めて、今朝の行動を思い出した。いつものように朝食を食べ、参考書片手にバスに乗り……。
やはりそこで、記憶が途絶えていた。
さらに思い出そうとすると、腹部にかすかな疼きを覚えた。その感覚はすぐに消えてしまったが、妙に気になる違和感だった。
浩輔はズボンのポケットに手を入れ、そこにピルケースがあることに安堵した。スマホもポケットに入れたままだったが、持っていた通学カバンが見当たらなかった。大した金額は入っていないとはいえ、財布ごとなくしてしまったのは痛い。
時間を知るためにスマホを見ると、時計が0時を示し、点滅したまま止まっていた。
「まいったな。壊れたか?」
いくつかの操作を試すが、時間表示以外に不具合はなさそうだった。同時に、アンテナの表示が消えていることにも気がついた。通信さえできれば、この場所がどこかはすぐにわかるだろう。電波が届く場所がないか、後で確認しなければならない。
念のため、すべてのポケットの中を確認した。ズボンのポケットに奥まで手を差し入れると、指先に小さな感触があった。
何かと思い取り出すと、それは小さな『珠』だった。
不思議な質感と色合いの球体だった。大きさはパチンコ玉よりもやや小さい。色や質感は真珠に近いが、よく見ると珠の中心で光が滞留し輝いて見えた。それは夜空の星が瞬くような、見ていて吸い込まれるような美しさだった。
明らかに貴重なものだと感じ、浩輔はそれを慎重にポケットの中に戻した。
いつの間に紛れ込んだのだろう。これが高価なものだとしたら、それを持った自分がここにいることに関連性があるのだろうか。
そうこうしているうちに、寝ていた人々が起き始めた。しかし、誰もが戸惑っている様子で、事情を知る人間はいないらしい。出口を求めて壁を叩いたり、責任者を出せと声を張り上げる人もいた。
先ほどの静寂が嘘のように、周囲がざわめき始めた。
なぜ自分たちは、こんな何もない場所にいるのだろうか。これほどの人間を本人に悟られることなく、いったい誰がどうやって集めたのか。
このままじっとしていても仕方がないと、浩輔が部屋を散策しようとしたとき、見覚えのある人影が目の前を横切った。
それは、ナチュラルボブがよく似合う、制服姿の女子高生だった。
光を受けてほんのり茶色がかった髪が、動くたびにひらりと揺れている。学生らしく飾り気はないのに、その瑞々しい透明感が周囲の視線を引き寄せていた。だからこそ、彼女が同じバスに乗っていたことを、浩輔ははっきりと覚えていたのだ。
彼女は小学低学年くらいの、幼い少女に声をかけていた。
「ねえ、あなたも同じバスに乗ってたでしょ? ママは一緒じゃないの?」
その女の子も、浩輔たちと同じバスに乗っていたらしかった。
ナンパと警戒されないかと心配しつつ、浩輔は彼女に声をかけてみた。幸い、浩輔が同じバスの乗客だったことを、彼女も認識していてくれたようだ。
「よかった、知ってる人がいて」
正確には知り合いではないのだが、彼女は少し安堵した表情を見せた。同年代の浩輔と話すことで、少し安心したらしかった。
「私、相ケ瀬結衣香。高1です!」
彼女は襟に黒いラインが入ったブレザーに、チェックのスカートを着ていた。それは近所の私立高校の制服で、赤いリボンは1年生の証だった。浩輔よりも、2歳年下ということになる。
「起きたら全然知らないところだし、ひとりじゃ心細くて」
彼女から鮮やかな微笑みを向けられて、浩輔は少しドキリとした。乗客として印象に残っていたのも、彼女から溢れる愛嬌が自然と目に入ったからだった。
隣にいた少女も、小さな声で自己紹介をした。
「みこと。ゆあさ……みこと、です」
苗字は柚浅で、名前は平仮名で書くそうだ。小学1年生ということは、7歳になるのだろうか。きれいな黒髪のロングヘアで、シンプルな紺色のワンピース姿のみことは、まるで人形のように見えた。年齢の割には、とてもおとなしい印象の少女だった。
みことも母親と一緒にバスに乗っていたのだが、いつの間にかはぐれてしまったらしい。
「みことちゃんのママを探したいんですけど、手伝ってくれますか?」
「そうだね。一緒に探そう」
そんな結衣香のお願いを、浩輔は受け入れることにした。
「みことちゃんのママって、どんな服装だった?」
結衣香が母親の特徴を聞くと、みことはたどたどしく答え始めた。
幼い印象のみことだが、思ったよりも落ち着いていた。この歳で母親とはぐれたとなれば、泣き叫んでもおかしくないはずだ。きっと、普段から手のかからない、いい子なのだろう。
