【煉獄のパールライト】08.暴力の価値
浩輔の行動により、早くも珠の譲渡が行われた。
人々がざわめいている中、先ほどの派手なジャージを着た清が、すぐ隣で珠を見つめていたスーツの男を怒鳴りつけた。
「おい、ワレ。その珠、よこさんかい!」
怒鳴られた30代半ばの腹の出た男は、いかにも気が弱そうで、脅せば簡単に珠を渡しそうに思えた。彼はビクッと体を震わせて、恐怖で顔を引きつらせた。
「い、いやです!」
しかし、その男は果敢にも要求を拒絶し、ジャージの男から珠を守るように背を向けた。清は舌打ちをすると、彼に顔を近づけ、さらに声を荒げて怒鳴った。
「痛い目ぇ見る前に、渡さんかいゴラァ!」
太った男は清と視線を合わせまいと、動きに合わせてくるくると、その場で回りだした。ふたり揃って回転する姿は、ひどく滑稽な戯れのように見えた。
らちが明かないと思ったのか、清は力ずくで相手の腕を取り、珠の握られた手をこじ開けようとした。男は必死に抵抗し、ジャージの男の手に噛みついた。
「痛いやんけ!」
激高した清が相手の顔面を殴打すると、太った男は奇妙な声を上げて倒れ込んだ。それでも決して珠を離そうとはせず、亀のようにうずくまり、腹に両手を抱え込んでしまう。
「この、ブタ野郎が!」
清は気が収まらない様子で、うずくまる男の横っ腹を何度も蹴り上げた。太った男はうめき声を上げながらも、その攻撃を我慢強く耐え続けていた。
結衣香が、周囲に叫んだ。
「誰か止めてよ!」
浩輔も止めようとするが、清の攻撃は思ったより効いていないように見えた。この部屋では打ち身程度の傷はすぐに完治してしまうため、痛みにさえ耐えれば決定打にならないようだ。さらに、太った男の豊かな脂肪は、優れた緩衝材として機能しているようだった。
10数回蹴り上げたところで、清の息が上がり始めていた。
「ワレ……ええ加減に、せえよ」
清が息を整えようとした一瞬の隙を突き、男は体型から想像できない素早さで立ち上がった。そして、珠を口の中へ放り込み、あろうことか、そのまま飲み込んでしまった。
「あぁ!?」
清が驚きの声を上げる中、太った男はさっと人混みの後ろへ紛れ込んでしまう。そして、人壁の向こうからひょこひょこと顔を出して、清の様子をうかがっていた。
「おんどれ……」
清は恨めしそうに彼を見ていたが、飲み込まれた珠を奪うのは難しく、完全に気勢を削がれてしまったようだった。
ホッとしたのも束の間、清が怒りの表情で周囲を見回すと、再びその場に緊張が走る。別のターゲットを探しているようだったが、ひとりの男が前に出て清に語りかけた。
「もう、やめましょうよ」
清がそちらへ視線を向けると、背の高い若い男が立っていた。黒いTシャツにジャケットという清潔感のある服装で、髪型もワックスできれいに整えられている、大学生風の青年だった。だが、キツネ目で右の口角を上げて笑うその人相は、全体の印象から受ける好感度を下げていた。
「なんやワレ!」
清が割り込んできた青年を、苛立たしげに睨みつける。
「暴力のみで珠を集めるのは不可能だ。無意味なことはやめましょう」
青年は何かのプレゼンをするかのように語ったが、清はその態度が気に食わなかったようだった。
「不可能かどうか、試したろか?」
清が脅すように青年に向かって歩き出すが、彼はまったく怯む様子はない。毅然とした態度で、清に告げた。
「これ以上暴力を振るうのであれば、全員で協力してあなたを縛り上げます。ひとりで、この人数を相手にできると思いますか?」
青年の言葉に呼応するように、清の行動を快く思っていなかった周囲の人々が、一斉に抗議の視線を向けた。その中には、腕組みをして鋭く睨みつける大柄な男性の姿もあった。さすがの清も、これだけの人数を相手にするのは分が悪いと悟り、表情を強張らせた。
「この空間で、暴力に価値はない!」
清の態度を見て、青年は勝ち誇ったように語り始めた。
「殺して奪うことはできないですからね。仮に拷問して奪うとしても、そんな悠長なことができますか。100人が順番に、待ってはくれないですよ?」
そう言いながら、清に一歩ずつ近付いていく。
「生き残れるのがひとりとなれば、必然的に数の力では負ける。対立ではなく、対話が必要だ。暴力にしか頼れないあなたたちに、出る幕はない!」
青年の動きに合わせて、背後にいた人々も清に詰め寄った。その圧力に気圧されて、清は後ずさる。
「お、覚えとけよ!」
清は定番の捨て台詞を吐いて、のしのしとその場を去っていった。結局ひとつの珠も手に入れることなく、年配のヤクザの元へと帰り、へこへこと頭を下げていた。
ひとまず今回は、暴力騒ぎにはならずに済んだようだった。
