【煉獄のパールライト】09.生き残るべき人
ずっと緊張していた人々から、安堵のため息が漏れた。
「暴力の価値とは、面白い言い方だな……」
浩輔はただ見守っていた自分を不甲斐ないと思いながら、その場をうまく収めた青年に感心した。誰もが暴力行為を許せないと感じていて、その流れをつかんでまとめ上げたのだ。ただし、彼の人を見下すような態度は、少し気になっていた。
「さて、皆さん。聞いてください!」
先ほどの青年が手を大きく広げつつ、人々に向けて語り始めた。
「生き残るひとりを、どのように選ぶべきだと思いますか?」
皆の視線が自分に集まるのを確認し、彼は右口角を上げていやらしく笑った。
誰もが生きたいと思うのは当然だが、多くの人がそれを諦めないと、1/127の可能性は閉ざされてしまう。人々がまだこの空間のルールを理解しきれていない中、青年は自分の考えを訴え始めた。
「年齢は若い方がいい。老い先短い高齢者を選ぶ理由などない! 長く生きる可能性が高く、生物としての全盛期がこれから訪れる。そういった人間が優先されるべきだ!」
そう言いながら、青年がひとりの男性に視線を送った。白髪が目立ち始めた60半ばといった男性は、視線を感じて何か答えようとするが、何も言えず押し黙ってしまった。
それを見た青年は、薄く微笑んで主張を続けた。
「次に当然、優れた人間の方がいい。自分の大切な命を託すのだから、社会に貢献できるような、優秀な人間でなければならない。バカで役に立たない人間を選ぶなど、可能性の無駄遣いだ!」
彼の言い分の半分は、暴言で構成されていた。しかし、究極の選択と言えるこの状況で、正しいと感じさせる力強さも合わせ持っているように感じさせた。
「分かりやすい指標は、やはり学歴です。反発する人もいるでしょうが、社会の評価は常にそこを基準としている。頑張って結果を出してきた人と比べ、結果が出せない、あるいは努力さえしてこなかった人間を、信頼することができますか?」
学歴という言葉に反応した何人かが、渋い顔をしていた。それでも、表立って反発する人は出てこなかった。賛同しないまでも、誰もが彼の言葉に耳を傾けていた。
しかし――。
「ちなみに、私は現役で東大に入りました。幼い頃から、学力は常にトップです」
さらりと自慢が入り、青年は実にいやらしい笑みを浮かべた。彼の言わんとする結論が見えてきた。
「私は、生き残るべき条件を満たしています。若さ、頭脳、そして行動力。残りの人生で、社会に貢献する自信があります。どうか、この蘇我田真司に命を託してください!」
一段と大きな声でそう言い切った蘇我田は、自分の演説に満足そうにしていた。しかし、ここまで彼の話を真面目に聞いていた人々は、その結論に裏切られたのかもしれない。
「偉そうなこと言って。結局、自分が生き残りたいだけじゃないか」
蘇我田に聞こえるように、ひとりの男性がそう言った。30代半ばのその男性は、着物を模したシャツを着て、いかにも居酒屋の店員といったいでたちだった。先ほどの演説に反感を持った者が少なからずいて、彼の意見に賛同する声が上がった。
しかし、蘇我田はさも当然のように答えた。
「それの、何が悪いんですか? 誰もが、生きたいと思うのは当然だ。それを正直に口に出しただけで、批判されるんですか?」
「いや、そうは言ってないが……」
予想していなかった反論に、居酒屋店員の男は口ごもってしまった。
「まさか、空気を読めとでも言いたいんですか? 空気を読んだら、何かが決まるんですか?」
相手の男性も何か言おうとしたが、その隙を与えず蘇我田がたたみかけた。
「結局、自分が生き残りたいから、私の意見を否定したいだけなんじゃないですか。学歴では勝負にならないから、理由なく否定したのでは?」
「そ、そんなんじゃ」
反論しようとする彼の声には、力がなかった。全てではないにしろ、図星だと思う部分があるのかもしれない。
「もし、あなたが生きるにふさわしい価値があると言うのなら、それを証明してもらいましょうか!」
相手が考えをまとめる前に、蘇我田は早口でまくし立てた。
「私はこの訴えを取り下げませんよ。それが私の行動力を証明し、人より優れている証になる。自分では何も提案せず、不満を言うことしかできない人間は、黙ってもらいましょうか!」
反論を封じるような言葉を、蘇我田は上手く選んでいた。浩輔は彼らのやりとりを、そんな感想を抱きながら見ていた。
正直、蘇我田の人間性を好きになれそうにはなかった。しかし、彼の主張については、少なからず好感を持って聞いていた。乱暴ながらも筋が通っていて、実に素直な意見だと思う。当たり障りのない意見を聞くよりも、よっぽど有意義だと感じていた。
しかし、浩輔はその結論を、支持できないと思った。彼の理論は多様性に欠け、心情にも訴えかけず、なにより面白みがなかった。
浩輔が意を決して議論に参加しようとしたとき、ヒールを打ち鳴らしながら、スーツ姿の女性が歩いてきた。
年齢は30歳くらいだろうか。ゆるやかにウェーブするロングヘアがよく似合う、会社の広報などに登場しそうな、端正な顔立ちの女性だった。
上着は歩く途中で脱ぎ捨てたのか、彼女の背後に無造作に置かれていた。白いシャツと、身体にフィットしたスーツスカートが、女性らしい曲線美を際立たせていた。
しかも、胸元のボタンを大きく開けて、不自然に胸の谷間をさらけ出している。その女性は、蘇我田たちのいる所まで進み出ると、長い髪をかき上げながら言った。
「私、立候補します!」
突然現れた女性の宣言に、一同が面食らった。
「誰だ、あんた?」
「私は、坂祢 梓よ」
蘇我田の問いに、女性はそう名乗った。彼女に値踏みするような無粋な視線を送りながら、蘇我田は尋ねた。
「ではまず、あなたの最終学歴を教えてもらいましょうか?」
その問いかけに、梓は笑いながら答えた。
「学歴勝負なんてしないわよ。ほんと、あなたってつまらないことばかり言う人ね」
梓は蘇我田の価値観の狭さを一蹴した。蘇我田は怒りをこらえた表情で、梓に尋ねた。
「では、何をもって、あなたを選べと?」
「私の提案は、いたってシンプル」
梓は集まっている男性の顔をぐるりと見回しながら、妖艶に言い放った。
「珠をくれたら、ヤラせてあげる!」
