【煉獄のパールライト】06.1/127
周囲が少年の言葉に愕然とする中、浩輔はその真偽をどう見極めるべきか考えていた。
自分もすでに、ゾンビのような存在だというのだろうか。首筋に手を当てて脈を確認するが、確かに鼓動を感じられた。
自分の両手を見つめるが、特に変わった様子はない。浩輔は手のひらの柔らかい部分を、爪で挟んで力任せに傷をつけてみた。小さく切れて血がわずかに滲んだが、それはすぐに消えてしまった。少年の言葉を裏付ける現象だったが、あまりにも実感が持てなかった。
浩輔は自分の手首の動脈に歯を当てた。一瞬躊躇したものの、思い切って肉を噛みちぎった。ぶちんと奇妙な音が小さく響き、彼の右手首から鮮血が飛び散った。多くの血が流れ、浩輔は激しい痛みに顔を歪めた。
「きゃああ! 何やってるんですか!」
隣にいた結衣香が事態に気付き、悲鳴をあげた。顔にも血が飛び散り、浩輔は酷い有様となっていた。
「まさか、自分で噛み切ったんですか!?」
浩輔の口元の血を見て、先ほどの音が何を意味していたのか理解したのだろう。悪寒が走ったのか、結衣香は身震いしながらそう尋ねた。
その瞬間、それが始まった。
浩輔の腕から滴った血が、ゆっくりと重力に逆らい、傷口に向かって這い上っていった。口に付着していた血や、噛み切った際に飛び散った血までもが、宙を漂いながら傷に吸い込まれていく。まるで、逆再生の動画を見ているかのようだった。
そして、少年の時と同じように、傷は跡形もなく消えていった。白昼夢のように、現実感の欠けた光景だった。
「痛みは確かに感じるけど、傷が癒えてしまうと夢のようだ……」
自傷を試みたにもかかわらず、浩輔は目の前で起きた現実を、すぐには受け入れることが出来なかった。
結衣香が恐る恐る近づき、傷があった場所を凝視してくる。しかし、どこから血が出ていたのか、既に分からなくなっていた。ふたりは困惑しながら目を合わせたが、結衣香は思い出したかのように、頬をふくらませて抗議した。
「試すにしても、他にやり方があるでしょう!」
確かに、浩輔の確認方法が一番派手で目立っていた。それを見ていた人たちが、同じように小さく自傷して、傷が治るのを確認したらしい。周囲からも、悲鳴のような驚きの声が聞こえてきた。
状況を認識した人々が固唾を飲んで待つ中、少年は満足そうに頷きながら言った。
「それでは、話を続けましょう。皆さん、まずは自分のポケットを確認してみてください。どこかに、小さな輝く珠があるはずです」
浩輔はポケットの中にあった、綺麗な珠を思い出した。
結衣香も制服の胸ポケットに珠が入っていたらしく、光に透かすように掲げて眺めていた。
「すごく綺麗!」
状況を忘れ、彼女はその美しさに見惚れていた。そうしている間にも、少年の説明は続く。
「全員が、必ずひとつ持っているはずです。そして……」
彼は一呼吸置いた後、ひときわ大きな声で宣言した。
「この珠を100個集めた人は、生き返ることができます」
全員がぽかんとして、その言葉の意味をはかりかねていた。少年は人々の理解を促すために、少し間を置いてからその意味を補足した。
「ここにいる127人の中で、ただ一人。唯一、ひとりだけが、元の世界に戻れるということです」
理解できない事態が続く中、もたらされたひとつの希望は、人々にさらなる混乱を招いていた。
全員を差し置いて、自分だけが生き返ることができる。浩輔は今後の事態を想像して、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「期間は7日間。目が覚めてから、168時間が経過したその瞬間までに、珠を100個集めてください」
少年の説明に、人々は戸惑うばかりだった。しかし……。
「集められなかった人間がどうなるかは、ご想像にお任せします。天国に行くのか、地獄に落とされるのか、あるいは無に還るのか……。後悔のないように、選択することをお勧めします」
少年のこのひと言で、周囲の空気が変わり始めた。信仰のない者でも、地獄には根源的な恐怖を感じるらしい。人々のつぶやきが、徐々に熱を帯びたものになっていった。
「地獄って本当にあるの?」
「この空間が死後の世界というなら、存在してもおかしくないんじゃないか」
「生き返るって、どうやって?」
「重症だった人が生き返ったら、またすぐに死ぬことにならないの?」
「病気が奇跡的に治った話って、珠を集めた人なのかな」
「事故死の場合は? ちゃんと五体満足で、生き返るんでしょうね?」
「そもそも、この人数からひとりだけって少なすぎない?」
「死にたい人間なんていないんだから、選べるはずないじゃないか!」
疑問と不満と不安が混じり合い、その意識の矛先が少年へと向けられていく。人々の不満の声が爆発する直前、少年は右手を突き出して冷ややかに言った。
「私に何をしても問題ありませんが、周囲への迷惑行為が目に余るようであれば、罰を与えます。言動には、注意してください」
その忠告は、まさに少年につかみかかろうとしていた者たちを思いとどまらせた。しかし、全体の勢いは止まらなかった。少年をきっちり2メートルほど離れて取り囲み、人々は口々に不満をわめき始めた。
「生き返らせる人数を、増やすことはできないの?」
「家族が待っているんだ。そういう人間を優先してくれよ!」
「私、警察に捕まったことなんてないし、地獄になんて落ちないわよね?」
それぞれが言いたいことをまくしたてる中、少年は目を閉じ、涼しい顔で受け流していた。
「一体どうすればいいの?」
困惑している結衣香の呟きが聞こえた。彼女は答えを求めるように、浩輔の顔を見てくる。
命の結晶というべき珠を、100個集めると生き返ることができる。珠を譲るということは、生きることを諦めるということに等しい。そんな条件で、珠を譲る人間など現れるのだろうか。
