【煉獄のパールライト】05.絶望の証明方法
少年の言葉に、一同絶句した。そして、次にやってきたのは、大きな失望だった。
頭のおかしい奴だ。こんな奴の言うことなど、聞いてはいられない。誰もがそう感じているようだった。
しかし――。
「皆さんの中には、自分が死んだ瞬間の記憶がある人はいませんか?」
人々の反応を無視して、少年は語り続けた。
「もしくは、起き上がることもできなかったのに、今は歩けている。または、病で痛みに耐えていたのに、今は完治したかのように元気になった」
その言葉に、一部の人々がざわめき始めた。思い当たる者が、何人もいるらしい。しかし、他人がいくら正しいと言っても、自身に見覚えがなければ、到底信じられる話ではなかった。
浩輔は結衣香に視線を送るが、彼女はあわてて首を振った。彼女もここに来る直前の記憶がないと言っていたので、信じられない様子だった。
ふたりがみことを見ると、少女は先ほど言いかけた言葉を続けた。
「すごいスピードでね。トラックが、バスに向かってきて……」
険しい表情で、結衣香が尋ねる。
「それで、どうなったの?」
みことは少し口ごもりながら、小さな声で言った。
「たぶん、ぶつかったんだと思う……」
その瞬間を、きちんと覚えてはいないのだろう。そして、口にするのも不吉だと、言うのをためらっていたのかもしれない。
バスとトラックの衝突事故。それが、浩輔たちの死因なのだろうか?
浩輔は最初に感じた、腹部への違和感を思いだした。もしかするとそれは、体だけが覚えている、致命傷の記憶なのかもしれない。
人垣の中から、ひときわ大きな怒号が飛んだ。
「ふざけんなや!」
声を上げたのは、いかにもガラの悪そうな短髪に剃りが入った男だった。年齢は30歳ほどで、黒地に派手な金模様が入ったジャージを着ていた。彼は大げさに肩をゆすりながら、少年に向かって歩いていく。
少年を取り囲んでいた人々は、その男にさっと道を開けた。彼のようなタイプに、関わりたいと思う人間はいないだろう。
そして、グレーのスーツを着崩した、いかにもその筋の男が背後から現れた。50代半ばといった印象の男は、目立った振る舞いこそしないが、その威圧感はジャージの男を上回っていた。
少年に向かって、ジャージの男が吠えた。
「冷やかしやったら、他所でやれや。ほんまに何か知っとるんやったら、さっさと出口教えんかい!」
その声は少し上ずっていて、ドスが効いているというより、どこかコミカルな印象だった。それでも、一般人を震え上がらせるには、十分な迫力だ。
「冷やかすつもりは、ないですよ」
しかし、少年に動揺した様子は見られなかった。
「真実ですし、ここに出口はありません。あなたが、求めている意味ではね」
謎解きのような言い回しに、ジャージ男はバカにされたのかと激昂した。
「なめとんのか。こっちは急いどんねん。しばくぞ、コラ!」
子どもっぽい威嚇で、ジャージ男が右拳を高く振りあげる。
「気がすむまで、どうぞ。反撃なんてしませんよ」
言葉は丁寧ながらも、少年は明らかに相手を挑発していた。ジャージ男は顔を真っ赤にし、今にもキレそうな雰囲気だ。それを制したのは、年配のヤクザ風の男だった。
「清、俺が話すわ」
「アニキ……」
清と呼ばれたジャージの男を押し除け、その男は少年の前に立つと、顔を鼻先まで近づけて言った。
「さっさと出口、教えんかい」
ドスの効いたその声は、さすが本業といった威圧感だった。普通の人なら、腰砕けになってもおかしくはないほどだ。しかし、少年はそれを涼しげに受け止めて、臆することもなく返答する。
「誰に聞かれようと、答えは変わりません。とりあえず、最後まで話を聞いてもらえませんか?」
少し離れた場所で見ていた浩輔には、外見も年齢も違うこのふたりが、互角に渡り合っているように見えた。少年の瞳には、全てを俯瞰して見ている様な、不気味なほどの冷静さが見て取れる。相手のヤクザもそれがわかったのか、単なる脅しは通用しないと思ったようだった。
「チッ」
ヤクザは苛立ちながら舌打ちをすると、懐から拳銃を取り出し少年に向けた。
「え、本物?」
周囲から疑いの目が向けられるが、銃に触れる機会のない日本では、当然の反応かもしれない。少年も多少驚いていたが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。
「いいもの、持っていますね」
「オモチャやとでも、思とんのか?」
そう言うなり、ヤクザは躊躇なく引き金を引いた。乾いた破裂音が、何もない部屋中に反響する。放たれた弾丸は、少年の背後の壁で弾け飛んだ。
「キャー!」
「やべえ。本物だ!」
悲鳴があがり、周囲の人々が弾かれたように、ヤクザたちから距離を取った。先ほどの発報は警告だったらしく、ヤクザは改めて銃口を少年に向けた。
日本で銃の所持は、もちろん犯罪だ。だからこそ、最初から切り札を出したヤクザたちに、浩輔は余裕のなさを感じていた。もしこの部屋に警察が来たら、逃げるのはかなり困難だろう。
ヤクザは、さらにドスの効いた声で言い放った。
「さっさと、ここから出さんかい!」
その極限の状況下で、少年は本当に嬉しそうに笑った。浩輔には、それがひどく邪な微笑みに見えた。
「本当に、素晴らしい物を持ってますね」
少年はゆっくりとヤクザに近づき、あろうことか、突き出された銃口に自らの額を押し付けた。
「撃ちたければ、どうぞ」
「なめとんのか!」
ヤクザは逆上しているが、当然発砲するわけにはいかないだろう。死を全く恐れない少年の笑みを前にして、まともな脅しや交渉が通用しないと悟り、次の一手を決めあぐねているようだ。
ヤクザが怯んだ隙に、少年の手がするりと銃を握るヤクザの手元へと伸びた。少年はにこりと笑いながら、優しく彼の手を包み込むと、突然に彼の人差し指を引き金ごと握り込んだ。
「あ、あほんだら!」
堪えようにも関節の構造上、握り込む力には逆らえない。狼狽した男の叫びと重なるように、再び銃口が火を噴いた――。
一呼吸置いて、バチャリという生々しい音が響いた。続く、女たちの悲鳴。少年は額を撃ち抜かれ、あたりに鮮血をまき散らしながら仰向けに倒れていた。
「人殺し!」
近くにいた女性が、甲高い声を上げた。
「ちゃう! こいつが勝手に……」
ヤクザは弁明しようとするが、周囲の非難の目が集中していた。彼から自ら命を落とした少年への、憤懣が伝わってくる。浩輔の目から見ても、少年が自殺したとしか見えなかった。
銃を持つ手を震わしながら、スーツのヤクザが呻いた。
「なんで、こんなアホなことを!」
確かに、人を集めておきながら、何も話さず自殺するなど意味がわからない。単なる愉快犯だとしたら、あまりにもタチが悪すぎた。
人々が混乱する中、倒れた少年の体がビクンと小さく痙攣した。少年の死は誰の目にも明らかなので、筋肉の反射か何かと思われていた。
しかし――。
少年の亡骸が、カクカクと不自然に震えながら、起き上がろうとしていた。周囲の人間がそれに気付き、新たな悲鳴をあげる。遺体はゆっくりと揺れながら上半身を起こすと、探るように手をついて立ち上がった。
さらに飛び散った血が、ゆらゆらと重力に逆らって宙を漂い少年へ集まっていく。姿勢よく直立した少年の額に、すべての血が吸い込まれていくと、致命傷だったはずの傷はもう跡形もなく消えてしまった。
そして、少年は静かに目を開き、何事もなかったように話し出した。
「分かっていただけたでしょうか?」
誰ひとり声が出せず、ただ呆然と少年を見つめていた。少年はこともなげに、解説を続ける。
「死んでいる人間を、さらに殺すことは出来ません。私が特別ということではなく、ここにいる全員、肉体が無いのです。傷ついたとしてもすぐ完治するし、食事や排泄の必要もありません」
