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何を測るかで迷わない——術後経過と評価目的でスケールを選ぶ実践フロー

【このマガジンの位置づけ】本記事はStep 2:評価スケール選択の実践編に位置づけられます。各スケール(BBS・TUG・10m歩行・FIM・FAC・MMSE)を「いつ・何のために使うか」という場面別の選択基準を整理します。
マガジン:根拠ある機能評価と臨床判断


結論から言います。
スケールは「測れるものを測る」のではなく、「この場面で何を知りたいか」から選ぶ。

術後3日目の患者にTUGを測ろうとして転倒リスクを冒すより、まずFACで歩行介助量を把握する——この「場面と目的に応じた選択」がスケール評価の本質です。

当マガジンではこれまでBBS・TUG・10m歩行テスト・FIM・FAC・MMSE/HDS-Rの各スケールを個別に解説してきた。本記事では「複数のスケールを実際の臨床でどう組み合わせるか」を場面別に整理します。なお、スコアを使った「転倒リスク判定」や「退院可否判断」のフローについては既刊記事(臨床判断フローチャート——転倒リスク・退院可否の判断を見える化する)を参照されたい。本記事はその前段階——「どのスケールを使うか」を決める段階を扱う。


なぜスケール選択に悩むのか

スケールが増えたことで生まれた選択の迷い

急性期整形外科のリハビリ評価で使われるスケールは、過去10年で急速に整備されてきた。BBS・TUG・10m歩行テスト・FIM・Barthel Index・FAC・MMSEなど、一つの患者を担当するだけで複数のスケールが候補に上がる。

「全部やる」選択肢はない。患者の体力・疼痛・入院日数には限界があります。1回のリハビリ時間(40〜60分)で複数スケールを測りながら運動療法も行うためには、優先順位の判断が必須です。

「なぜこのスケールを測ったか」が言えない評価は弱い

上司や主治医から「TUGが15秒でしたが、このデータで何を判断しますか」と問われたとき、答えられるか。スケール選択の根拠を言語化できなければ、数値は「測りました」という記録にとどまり、臨床判断に活かされない。

場面と目的からスケールを選ぶ習慣が、「根拠ある評価」の基盤になります。

術後経過と評価目的のマトリクス

術後急性期の評価は、大きく3つの時期と4つの目的に分けて考えると整理しやすい。

以下に切り分けて見やすくしています


術後1〜3日目(立位・初期歩行段階):この時期の主な目的は「歩行介助量の把握」と「歩行開始の安全確認」です。推奨スケール:FAC。TUGやBBSはまだ使用できないことが多い(安全に立位・歩行が取れない、疼痛が強い、荷重制限がある)。FACで0〜5の段階を確認し、翌日の看護師・医師への引き継ぎに使う。

術後4〜14日目(歩行安定化段階):この時期の主な目的は「回復経過の追跡」と「退院前評価の準備」です。推奨スケール:FAC + TUG + BBS。FAC 3(監視歩行可能)に達したらTUGの測定を開始できます。BBS 14項目の全評価はFAC 2〜3の段階から順次取り入れる。10m歩行テストはFAC 4(平地独歩可能)以降で使用します。

退院前(最終機能評価段階):この時期の主な目的は「退院可否の根拠を数値化すること」と「退院後リハビリの目標設定」です。推奨スケール:TUG + 10m歩行テスト + FIM(+ BBS)。TUGと10m歩行テストの組み合わせで「歩行の速さと安定性」を定量化します。FIMは病棟ADL全体の介護量を数値化し、退院調整に使う。BBSは転倒リスクを評価し、退院後の転倒対策の根拠とします。

評価目的別のスケール選択

転倒リスクを評価したい

第一選択:BBS(Berg Balance Scale)。バランス能力を14項目・56点満点で定量化します。カットオフ値(45点以下が高リスク)を疾患別に解釈しながら使う(詳細は「疾患別カットオフ値」記事参照)。TUGも補助的に使う。TUGとBBSを組み合わせることで、「歩行速度の問題」なのか「バランスの問題」なのかを区別できます。


歩行の速さ・動的能力を評価したい

第一選択:TUG(Timed Up & Go test)。「立ち上がり→歩行→方向転換→着座」の一連の動作を秒単位で評価します。疾患別・時期別の参考値に照らして解釈することが重要だ(詳細は「疾患別カットオフ値」記事参照)。地域在住高齢者のカットオフ(13.5秒)は術後急性期患者には直接適用しません。THA術後1〜2週では20秒以下、TKA術後1〜2週では20〜25秒が現実的な目安となります。


退院先の生活能力(ADL)を評価したい

第一選択:FIM(機能的自立度評価表)。運動13項目・認知5項目の計18項目を7段階で評価します。各項目の介護量を数値化し、退院後に必要な支援の具体的な内容を伝えることができます。歩行だけでなく更衣・入浴・トイレ動作など生活全般を網羅する点がTUGやBBSとの大きな違いです。退院調整カンファレンスや介護サービス申請時に有用な根拠となります。

屋外歩行・社会参加能力を評価したい

第一選択:10m歩行テスト(歩行速度)。「最重要バイタルサイン」とも呼ばれる歩行速度は、0.6 m/s以上で屋内移動自立、0.8 m/s以上で屋外歩行可能、1.0 m/s以上で地域活動参加可能の目安となる(Studenski et al., 2011, JAMA)。退院後の生活範囲を予測し、「外来リハビリで1.0 m/sを目指す」という長期目標の根拠として使う。

認知機能の影響を確認したい

第一選択:MMSE または HDS-R。転倒リスク評価・ADL評価・退院可否判断のいずれにも認知機能が影響します。MMSE 23点以下では、BBSやTUGの数値単独での判断に限界が生じる。「バランス評価が良好なのに転倒を繰り返す」「FIMスコアより実際のADLが低い」という乖離が見られたとき、その原因として認知機能低下が関与していないか確認します。

特殊場面でのスケール選択

疼痛が強い場合(特にTKA術後早期)

疼痛が強い状態でTUGを測っても、「疼痛による制限」なのか「筋力・バランスの問題」なのかが区別できません。この場合、まずVAS・NRS等で疼痛を記録してからスケールを測定し、「疼痛NRS 6/10の状態でTUG 28秒」と記録します。疼痛管理が改善した後に再測定することで、真の歩行能力を評価できます。

荷重制限がある場合

セメントレス固定のTHAや一部の骨折術後では、荷重制限(全免荷・1/3荷重など)が設けられることがあります。この場合、TUGや10m歩行テストの実施が制限される。荷重制限期間中はFACを主体として使い、「免荷下でFAC 2(歩行器使用・1人介助)」と条件つきで記録します。荷重制限解除後に改めてTUGやBBSを測定します。

高齢・体力が低下している場合

高齢(80歳以上)や術前より活動量が低い患者では、BBSの14項目全評価に時間と体力を要する場合があります。この場合、BBS短縮版(特に困難な項目に絞る)やFACを優先し、状態が安定してからBBS全評価を行う判断も有効です。

臨床ミニケース:3つのスケールで把握した患者

大腿骨転子部骨折・ORIF術後11日目、82歳女性。術前は独歩で活動的でしたが、認知症の診断はなし。担当開始時に「何を測るか」を迷った。疼痛は NRS 3〜4(歩行時)。HDS-R 26点(認知機能は正常域)。

第一に、FACで歩行介助量を確認しました。四点杖使用・監視下で廊下を歩行可能(FAC 3)。術後11日目としては標準的な回復経過だと判断できました。第二に、FACが3に達したため、TUGを測定しました。結果は36秒。術後11日目の大腿骨近位部骨折後として、参考値(30〜40秒での退院も可能)の範囲内です。第三に、退院前評価としてBBSを実施しました。BBS 32点。一般的なカットオフ(45点以下)では「高リスク」ですが、骨折後急性期の退院時としてはこの値域が実態に近い。入院中の変化(入院時BBS 18点 → 退院前BBS 32点)を確認し、MDC(5〜7点)を超える改善が得られていることを記録しました。

3つのスケールを段階的に使うことで、「術後11日目として回復は標準的、FAC 3で娘夫婦との同居での退院可能」という臨床判断の根拠が揃った。

まとめ:「どのスケールを使うか」が評価の質を決める

スケールは使えばいいわけではない。場面・目的・患者状態に合わせた選択が、評価を「数値の記録」から「臨床判断の根拠」に変える。術後1〜3日目はFACで介助量を把握し、FAC 3以降でTUG・BBSを追加し、FAC 4以降で10m歩行テストを加える——この段階的な使い方が急性期整形外科での基本戦略です。退院前にはFIMで生活全体の介護量を数値化します。認知機能低下が疑われる場合はMMSE/HDS-Rを先行させる。「なぜこのスケールを選んだか」を1文で説明できるようになることが、根拠ある評価の第一歩です。

以下に切り分けて見やすくしています

参考文献

Holden MK, et al. Clinical gait assessment in the neurologically impaired. Phys Ther. 1984;64(1):35-40. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6691052/

Podsiadlo D, Richardson S. The timed "Up & Go": a test of basic functional mobility for frail elderly persons. J Am Geriatr Soc. 1991;39(2):142-148. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1991946/

Studenski S, et al. Gait speed and survival in older adults. JAMA. 2011;305(1):50-58. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21205968/

Berg KO, et al. Measuring balance in the elderly: validation of an instrument. Can J Public Health. 1992;83(Suppl 2):S7-11. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1468055/

Linacre JM, et al. The structure and stability of the Functional Independence Measure. Arch Phys Med Rehabil. 1994;75(2):127-132. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8311667/


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→ 臨床判断フローチャート——転倒リスク・退院可否の判断を見える化する https://note.com/shiraishi_pt/n/n68fba335c7da

→ 【保存版】Berg Balance Scale(BBS)の信頼性をまとめて解説 https://note.com/shiraishi_pt/n/nccb0be00aa8e

→ バランス評価で予後を語る——術後リハ全フローの統合ガイド https://note.com/shiraishi_pt/n/nedbce7889891


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