MMSE・HDS-Rを使って認知機能をリハビリ計画に組み込む
【このマガジンの位置づけ】本記事はStep 4:認知機能・ADL評価との統合に位置づけられます。認知機能低下はバランス・ADL回復の独立した予測因子です。MMSE・HDS-Rのスコアをリハビリ計画と多職種報告に組み込む方法を解説します。
マガジン:根拠ある機能評価と臨床判断
結論から言います。
認知機能の低下は、整形外科術後患者のADL回復とバランスに直接影響します。「認知症があるから難しい」で終わらせず、MMSE・HDS-Rのスコアをリハビリ計画に組み込むことが、退院目標を現実的に設定する第一步です。
評価室でMMSEを測定しました。26点でした。その数値をカルテに記録して、次の患者へ。——こんな使い方をしていないでしょうか。認知機能検査は「認知症の有無を判別するもの」ではなく、「術後のリハビリがどのように進むかを予測し、介入方針を変えるための情報」です。スコアの意味を理解して初めて、臨床で機能します。
MMSEとHDS-Rの基本
MMSE(Mini-Mental State Examination)
MMSEはFolstein MFらによって1975年に発表された認知機能スクリーニング検査だ(Folstein et al., 1975, J Psychiatr Res)。0〜30点満点で、検査項目は次の領域をカバーしています。
見当識(時間・場所):10点
記憶(即時・遅延再生):6点
注意・計算:5点
言語(命名・復唱・三段命令):8点
視空間構成(図形模写):1点
カットオフは23点以下を「認知機能低下の疑い」とするのが標準的で、感度87%・特異度82%と報告されている(23/24カットオフ)。ただし、年齢・教育歴の影響を受けるため、高齢者・低学歴者ではスコアが低く出やすい点に注意が必要です。
HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)
HDS-Rは加藤伸司らによって1991年に発表された日本語の認知機能スクリーニング検査だ(加藤伸司ら, 1991, 老年精神医学雑誌)。0〜30点満点で、カットオフは20点以下を「認知症の疑いあり」とします。
検査項目は年齢・見当識・記憶(3語即時・遅延再生)・計算・数字逆唱・物品記憶(5物品)の9問で構成される。英語が必要なMMSEと異なり、日本語のみで施行可能なため、急性期の高齢者に用いやすい。検査時間は5〜10分程度。
MMSEとHDS-Rの使い分け

急性期病棟でのルーチン評価にはHDS-Rが使いやすい。術後疼痛や疲労がある患者に対して、短時間で施行できる点が実用的です。
術後リハビリに与える影響
ADL回復への影響
認知機能の低下は、大腿骨近位部骨折術後の機能的転帰に有意な影響を与えることが複数の研究で示されています。
入院時のMMSEスコアは、FIM運動項目の退院時スコアと有意に相関します。認知機能がより低い患者ほどFIM運動効率(FIM利得÷在院日数)が低下する傾向があり、MMSE高スコア群では術後の回復が良好であるのに対し、低スコア群では機能回復が低水準にとどまることが報告されている(Gruber-Baldini et al., 2003, J Am Geriatr Soc; PMID 12919233)。
この事実が意味するのは2つです。第一に、認知機能低下がある患者の退院目標を「認知機能がない場合と同じ水準」に設定すると、過大な目標になりうる。第二に、認知機能の低下があっても適切なリハビリを提供すれば改善が得られる——「無理です」と評価を諦めるのは根拠がない、ということです。
術後せん妄との関連
急性期の整形外科術後患者において、術後せん妄は見過ごせない問題です。術前の認知機能低下は術後せん妄の最も強い予測因子の一つであり、術後せん妄が認知機能低下に重なった場合、ADL・IADLの機能低下の独立したリスク因子となることが前向きコホート研究で示されている(Bickel et al., 2014, PLoS ONE; PMID 25402484)。
PTとして注意すべき点は、せん妄の有無を毎日確認し、状態が改善してから段階的に離床を進める判断が必要になります。
バランスと転倒リスク
認知機能低下は転倒リスクの独立した予測因子です。地域在住高齢者を対象とした系統的レビューとメタ解析では、認知症(dementia)はそうでない場合と比較してオッズ比約2.0(95%CI: 1.41〜2.86)で転倒リスクを高めることが報告されています。
なぜ認知機能低下でバランスが崩れるのか。メカニズムは複数あります。第一に、デュアルタスクの低下です。「歩きながら話す」「歩きながら周囲を確認する」という二重課題が困難になると、歩行中の注意分配が崩れ、足元の確認が遅れる。整形外科術後では疼痛への注意がさらに加わるため、転倒リスクがより高まる。第二に、危険認知の低下です。「この段差は危ない」「ここで立ち止まって休もう」という判断が適切にできなくなります。術後に「痛くない」「もう歩ける」と過信して不安全行動を取るケースも、この延長上にあります。第三に、運動学習の低下です。「補装具の使い方を覚える」「荷重制限を守りながら歩く」という新しい動作パターンの習得が遅くなります。MMSEが低いほど、新しい動作学習に多くの反復と時間が必要になります。
臨床ミニケース
79歳・男性のTHA術後患者を担当しました。術前の既往に「物忘れ」の訴えがあり、入院時にHDS-Rを施行したとこゃ18点(カットオフ:20点以下)でした。術後3日目、離床開始時に「手術したっけ?」「なぜここにいるの?」という発言がありました。せん妄の疑いを医師・看護師に報告し、その日の立位訓練は5分程度に切り上げた。以降は毎朝の訪問時に簡単な見当識確認(今日は何日か、ここはどこか)を実施しながら、状態を記録しました。術後1週間を過ぎてせん妄が落ち着いた後、本格的な歩行訓練を再開しました。「右足は荷重していいよ」「松葉杖は前に出してから足を出す」という指示は、毎回同じ言葉で繰り返すようにしました。退院時の歩行速度は0.55 m/sで、当初想定していた0.7 m/sには届かなかった。しかしHDS-R 18点という初期情報から「通常より時間がかかる可能性」を予測して家族・医師・看護師と共有していたため、「計画通りの経過」として退院調整できました。
MMSEとHDS-Rを報告に使う
多職種への報告例
看護師への報告:「Aさん、HDS-Rが18点で認知機能の低下があります。夜間の独歩が不安全な可能性があるので、夜間トイレは声がけ・付き添いをお願いします。せん妄のサインとして、突然の混乱・昼夜逆転・落ち着きのなさが出た場合は教えてください」
医師への報告(退院前カンファレンス):「Bさんの術前HDS-Rは16点でした。術後せん妄が術後2〜5日目に出現し、その間は訓練量を制限しました。現在はせん妄が落ち着き、荷重歩行が可能になっています。認知機能の影響で在宅での安全な歩行には、家族の見守りが引き続き必要と考えています」
目標設定への応用
HDS-R 21点以上(正常域):通常のリハビリプログラム。新しい動作学習も比較的スムーズに進む
HDS-R 16〜20点(軽度低下域):指示を簡潔にする、毎回同じ言葉を使う、家族への指導も並行する
HDS-R 10〜15点(中等度低下域):ADL目標を「見守りで可能」に設定します。安全な退院先の確保が優先される
HDS-R 9点以下(重度低下域):歩行自立は難しい場合が多い。重要な目標は「車椅子移乗の安全性確保」になることが多い
ただし、これはあくまで目安です。認知機能低下があっても手続き記憶(体で覚える動作)は比較的保たれることがあります。繰り返しの動作練習で、宣言的記憶が伴わなくても動作が定着することもあります。スコアで一律に決めるのではなく、実際の動作能力を観察しながら修正していく姿勢が必要です。
まとめ
MMSEとHDS-Rは、認知症を「判別する」ための検査ではなく、術後リハビリの方針を「個別化する」ための情報ツールです。スコアが低ければ目標を下げる——という単純な話ではなく、「どの程度の認知機能低下があるか」を把握した上で、指示方法・目標設定・多職種への情報共有・せん妄への備えを組み立てることが求められる。整形外科術後の患者が「なぜ転倒しやすいのか」「なぜ指示が入りにくいのか」という問いへの答えの一部は、認知機能スコアの中にあります。評価して、解釈して、計画に反映させること。それがMMSE・HDS-Rを「使う」ということです。

参考文献
Folstein MF, Folstein SE, McHugh PR. "Mini-mental state": A practical method for grading the cognitive state of patients for the clinician. J Psychiatr Res. 1975;12(3):189-198.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1202204/ (アブストラクトのみ)
加藤伸司, 下垣光, 小野寺敦志ほか. 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の作成. 老年精神医学雑誌. 1991;2(11):1339-1347. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcgp/4/0/4_47/_article/-char/ja/ (アブストラクトのみ)
Gruber-Baldini AL, Zimmerman S, Morrison RS, et al. Cognitive impairment in hip fracture patients: timing of detection and longitudinal follow-up. J Am Geriatr Soc. 2003;51(9):1227-1236. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12919233/ (アブストラクトのみ)
Bickel H, Gradinger R, Kochs E, et al. Interrelationship of postoperative delirium and cognitive impairment and their impact on the functional status in older patients undergoing orthopaedic surgery: a prospective cohort study. PLoS ONE. 2014;9(11):e110339.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25402484/ (全文閲覧可能)
Deandrea S, Lucenteforte E, Bravi F, et al. Risk factors for falls in community-dwelling older people: a systematic review and meta-analysis. Epidemiology. 2010;21(5):658-668.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20585256/ (アブストラクトのみ)
