過去の演劇公演情報を求めて ――歌舞伎公演データベースがすごい
歌舞伎が盛り上がっている。
まず映画「国宝」が話題だ。監督は李相日。原作は吉田修一の同名小説。歌舞伎役者の家に引き取られた主人公が人間国宝となるまでの半生を描いた壮大な物語だ。主人公を吉沢亮が演じ、彼を引き取る歌舞伎役者に渡辺謙、その御曹司に横浜流星が出演している。
渡辺謙と横浜流星は、現在放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」に出演中だが、こちらでも歌舞伎が度々登場する。蔦屋重三郎が富本節の直伝本を出したり、歌舞伎の演目の中に蔦屋モデルの本屋を登場させたりしている。いずれ役者絵も手掛けるようになるのだから、今後も歌舞伎が登場することは間違いないだろう。
現実の歌舞伎界も、八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助の襲名興行真っただ中。この盛り上がりは年末まで続く。
私個人としても、歌舞伎について何かと調べていたところだ。江戸時代から何百年と続く歌舞伎だけあって、近代演劇とは情報量が違う。そもそも情報の種類が違うとでも言ったらいいか。掘っても掘っても次から次へと芋づる式に気になることが出てくるので、探索し甲斐があって大いに盛り上がっている。
そんな中で出会った「歌舞伎公演データベース」がなかなかに面白かった。歌舞伎ファンはもちろん知っているのだろうが、新作歌舞伎に出演経験のある一般の役者のファンや、映画やドラマをきっかけに歌舞伎が気になるという人にとっても、面白いツールだと思う。
歌舞伎公演データベースとは
歌舞伎公演データベースは、歌舞伎公式ホームページと謳われる「歌舞伎 on the web」内のコンテンツの一つだ。「歌舞伎 on the web」は、歌舞伎に関する情報満載で、最新情報や役者の動静表のほか「歌舞伎俳優名鑑」「歌舞伎演目案内」「歌舞伎用語案内」といったデータベース系のコンテンツも豊富だ。そのうちの一つが「歌舞伎公演データベース」。その名の通り、歌舞伎公演の上演データを数多くを収録し、そのデータを検索・閲覧できるデータベースだ。
このデータベースには、昭和20年(1945)から現代までに、国内の主要劇場で行われた本公演、研究公演および地方公演などで、日本俳優協会所属の歌舞伎俳優が出演した公演の上演データが収録されています。
何がすごいって、まずはその網羅性。多少の漏れはあるにせよ、戦後から現代までに上演された歌舞伎公演のほとんどを収録しているので、ある役者の初お目見え・初舞台から現在までの出演公演を網羅できてしまう。さらに、歌舞伎公演でない「歌舞伎俳優が出演した公演」まで収録されているところも面白い。また、収録されたデータ内容も詳しく、上演した年月、劇場名、上演演目はいわずもがな、出演した役者すべての配役まで載っている。特に、「すべての配役」というところが大事。チラシ等で公開される公演情報には載っていない役者の配役まで調べられるところが大変重宝する。
検索方法は以下の4通りある。このうち「演目名や場名から探す」や「出演俳優から探す」はある程度典拠コントロールがなされているのでありがたい。
演目名や場名から探す
文字列から探す
劇場名と公演年月から探す
出演俳優から探す
演目名から:「碁太平記白石噺」の直近の上演を調べる
NHK大河ドラマ「べらぼう」の第17回冒頭に歌舞伎が描かれる。「本重」という蔦重っぽい本屋が「細見を急ぎます」などと言っているのは「碁太平記白石噺」。現在でも上演されているというこの演目。では、一番最近はいつ上演されたのだろうか。
《演目名や場名から検索する》から検索窓に〈碁太平記白石噺〉を入力して検索してみる(図1)。

検索結果は1件。「一度しか上演されていない」という意味ではなく、演目名を特定するための検索結果(例えば「太平記」と検索すると他にもたくさんの演目がヒットする)。ここではヒットした1件「碁太平記白石噺」が間違いないことを確認してクリック。
すると17件のヒット。「碁太平記白石噺」が上演された公演がずらっと並ぶ。直近は2019年だ。演目名をクリックすると配役を見ることができる。あれ、本屋の本重がいない……(どうも現代の上演では「細見を急ぎます」は聞けないようだ)。
誠文堂 編『近代日本文学大系』第8巻,誠文堂,昭和9.
— 調部(しらべ) (@shirabeshi400) June 9, 2025
p.891-1030が『碁太平記白石噺』。「細見を急ぎます」はp.958に。細見もいいが、そのあと貸本屋として女郎たちに本を薦める本重(蔦重)の姿もいい。蔦屋の名もある。#大河べらぼう #国立国会図書館デジタルコレクションhttps://t.co/91znQ3iOw2
でも私が愛読する『名作歌舞伎全集』の『碁太平記白石噺』には、本重も「細見を急ぎます」も出てこない。台詞の中に「本屋の十さん」とか「蔦屋」とかは出てくるんだけど……。時代を経てカットされちゃったのかしら。#大河べらぼう #国立国会図書館デジタルコレクション https://t.co/nFEciRrdGI
— 調部(しらべ) (@shirabeshi400) June 9, 2025
出演俳優から:中村贋次郎の出演公演を探す
映画「国宝」の原作小説の取材協力や、映画の歌舞伎指導を担った中村鴈治郎。人間国宝・坂田藤十郎を父に持つ上方歌舞伎の名役者の出演作を調べてみる。
《出演俳優から探す》から、まず役者を特定するための検索をする。漢字が変換できなかったので【名】に〈がんじろう〉と平仮名で入力。

検索前にチェック項目として、〈指定した芸名の時の公演のみ検索する〉か〈別の芸名を名乗っていた時点の公演を含める〉かを選べるようになっている。歌舞伎役者の襲名というシステムゆえだ。別の芸名を名乗っていた時点の公演も検索できるように典拠コントロールがされているのが嬉しい。おかげで名前が変わっても初舞台から現在まで一挙に調べることができる。検索すると、2代目・3代目・4代目と3人の中村鴈治郎が検索結果に上がるので、中村鴈治郎(4代目)を選ぶ。
すると出演公演がずらっと表示される。429件という数字がそのすごさを物語っている。これは公演数であり、演目数で数えるともっとあるだろう。一度の公演で昼夜あわせて4~6本ほどの演目が並び、そのうちの複数演目に出演するからだ。出演演目に色が付いている。クリックすると配役も表示される。配役表内の役者名は、同じ「歌舞伎 on the web」内の「歌舞伎俳優名鑑」のページにリンクされているので、役者の情報も同時に知ることができる。
合わせ技:中村贋次郎の出演の「曽根崎心中」を探す
中村鴈治郎(4代目)の検索結果から検索オプションを使うとさらに細かな検索ができる。映画「国宝」でも描かれた「曽根崎心中」。これに贋次郎が出演した公演を探してみる。
検索オプションのうち、《演目名/場名》の〈条件を追加する〉をクリック。「碁太平記白石噺」を調べた時と同じ要領で〈曽根崎心中〉と入力し検索していく。

すると、中村鴈治郎が出演した曽根崎心中が28件ヒットする。直近は2024年。配役を見ると、お初は鴈治郎の息子・中村壱太郎(映画「国宝」にも所作指導で参加)が演じている。このとき鴈治郎は徳兵衛ではなく、平野屋久右衛門を演じている。その前の2021年は徳兵衛を演じ、お初は弟である中村扇雀。さらに前は2015年、父・坂田藤十郎のお初を相手に徳兵衛を演じている。
歌舞伎役者以外の役者の情報も
近年、新作歌舞伎を始め、歌舞伎役者でない役者が出演する公演は多い。《出演俳優から探す》で検索できるのは歌舞伎役者のみだが、公演データとしては、その公演に出演したほかの役者の配役も載っているので、歌舞伎役者以外の役者のファンも見る価値ありの情報がたくさんある。
昨年12月と今年の2月に上演された歌舞伎NEXT第2弾「朧の森に棲む鬼」は、松本幸四郎と劇団☆新感線のタッグという特徴から、アクションを担うアンサンブルの役者が多数出演している。そんな彼らの配役を調べることもできる。
《文字列から探す》で〈歌舞伎NEXT〉と検索してみる(※「文字列から探す」はフリーワード検索のように見えるが、役者の名前は検索できないので、公演名で検索する)。すると第1弾となる前作「阿弖流為」と並んで「朧の森に棲む鬼」がヒット。配役表の後半には、アクション監督・川原正嗣が演じたヤスマサほか、アクションメンバーのエイアン兵やオーエ兵や落武者といった様々な役がちゃんと記載されている。
また、歌舞伎俳優が出演した歌舞伎公演でない公演も収録されていることがある。例えば、松本幸四郎(当時は市川染五郎)が出演した劇団☆新感線と松竹の提携公演「阿修羅城の瞳」の公演データもある。劇団公式サイトでも、配役すべてが載った公演データはないことが多い(出演者名は出ていても配役が分からない)のに、劇団員ほか全員の配役が歌舞伎公演データベースで見られるという不思議な現象が起きている。たまたま収録されたのだとしても実にありがたい。
調べている公演に歌舞伎役者が出ているなら、物は試しに歌舞伎公演データベースで調べてみると、思いがけず情報が得られるかもしれない。
おわりに
演劇の上演記録を探すのは意外と苦労する。主催者や劇団の公式情報も簡素化したデータしか公開していないことが多いのだ。特に出演者の配役などそもそも公開されることが少ないので、すべての出演者の配役を収録する「歌舞伎公演データベース」には驚かされた(欲を言えば、太夫や三味線、鳴物、スタッフ陣の情報も収録されればなおよいのだが)。
また、こうしたデータを整備してデータベース化しているものもあまりない。「歌舞伎」という一つのジャンルに特化しているとは言え、新劇公演データベースやアングラ演劇データベースなどがあるかと言えば、私はまだ知らない。松竹という一つの興行主によってほぼすべての歌舞伎公演が催されていることも大きな要因なのだろか。
現代演劇においては、早稲田大学演劇博物館の演劇情報総合データベースやJDTA、EPAD(このあたりはデータが重なり合っているが)などがコロナ禍を機に一気に整備された。CoRich舞台芸術!も細かな情報があってよい。なかなか網羅的とはいかないが、こうしたデータベース類が少しでも充実していってくれることを願っている。
