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ゼロックスとジョブズとイノベーションのジレンマ(2/3) 〜ゼロックスは何を「間違えた」のか?

ゼロックスの衰退と、Appleの創業者スティーブ・ジョブズと、「イノベーションのジレンマ」の関連について考える記事第2弾。前回の記事はこちら。

前回の記事では、「文書を閲覧するための道具」としてのコピー機が、iPadのような電子端末に置き換えられるプロセスを、「イノベーションのジレンマ」の観点から振り返った。

今回の記事では、文書閲覧ツールとしての電子端末の発展に、コピー機最大手であるゼロックス自身が大きく関与していたという皮肉な事実を紹介したい。

Xerox Alto

まず、この写真のコンピュータを見てほしい。もしあなたがこの写真だけでこれが何か分かるならば、あなたはコンピュータの歴史に相当に詳しい人のはずだ。

Xerox Alto


これは、かのゼロックスのパロアルト研究所(通称PARC:Palo Alto Research Center)が開発した「Alto」だ。1973年に作られたコンピュータであり、現在我々がWindowsやMacで当たり前のように使っているGUI(Graphical User Interface)を史上初めて実装したコンピュータとして、歴史にその名を刻んでいる。マウスでコンピュータの操作ができるようになったのも、このAltoが初めてである。

Altoが1973年当時(半世紀以上前)に実際にどのように動いていたのか、以前は私自身もよく理解していなかった。現在ではAltoを実際に動作させるデモ動画がYouTubeで公開され、誰もがその歴史的偉業を目にすることができる。YouTubeには複数のAlto関連動画があるが、マルチウィンドウのGUIのデモとしては、以下の動画が最も分かりやすい。(動画開始1分頃からデモが始まる)

このデモの本来の目的はGUIの紹介ではなく、Smalltalkというプログラミング言語と、その言語を使った開発環境を見せることにある。それでも半世紀近く前にどのようなGUIが実現されていたのかを知る上で、非常に興味深い内容となっている。
動画を見れば、(画面は粗く、動きはぎこちないものの)現在に通じるマルチウィンドウやマウス操作といったGUIが、半世紀近く前に既に実装されていたことがよく分かる。そしてこれを発明・開発したのがまさにゼロックスの研究所であり、
現代に繋がるGUIやマウスを発明したのはゼロックスだ!
と言えるのだ。

当時のゼロックスは、オフィスの必需品であったコピー機で絶対的な強さを誇っており、有り余る資金を背景に当時としては売れるかどうかも不透明な未知の技術の基礎研究に投資する余裕があった。また、その研究資金を背景にゼロックスには当時の最高峰の頭脳も集まっていた。パロアルト研究所のアラン・ケイがその代表格だ。

さらにゼロックスは、GUIの商品化においても世界初の栄誉を手にした。それが「Xerox Star」であり、これは1981年に発売された。

発売当時のXerox Starの広告



実際の栄誉と実利を手にしたのは

しかしながら、最高の頭脳を集め、時代を何十年も先取りした発明を行い、さらに商品化まで漕ぎ着けながら、ゼロックスはそれを十分に活かすことができなかった。「GUIを備えた最初のコンピュータ」として世界に認知されたのは、(必ずしも正しくはないが)スティーブ・ジョブズ率いるAppleであり、彼らが手掛けた初代Macintoshであった。
初代Macintoshの方が、上述したXerox AltoやXerox Starよりも遥かに多くの人に知られているはずだ。

初代Macintosh

真の意味での「世界初のGUI」がXerox AltoやXerox Starであったとしても、多くの人は、スティーブ・ジョブズと初代Macintoshにその栄誉があると信じている。(だからといってスティーブ・ジョブズの功績を否定する意図はない。彼の偉大さについては別途触れたい)

さらに興味深いことに、パロアルト研究所のゼロックス技術者たちは、スティーブ・ジョブズ率いるAppleの技術者たちにGUIについて懇切丁寧に教えていたのだ。そのことが遠因となり、半世紀後に自社のビジネスが脅かされてしまったわけだが、当時はそのことを誰も予想していなかった。

ちなみにゼロックスの技術者たちがAppleの技術者に対して親切に接したのは、単に彼らが親切だったわけではない。その見返りとして、Appleの未公開株を安く買わせる権利(Stock Option)をジョブズが提示していたらしい。彼らがそこから十分な利益を得ていたとしたら、画期的なイノベーションを産み出したことの十分な報酬は得られたのかもしれない。


なぜゼロックスはGUIでビジネス的な成功を得られなかったのか?

Xerox Altoや初代Macintoshの時代から半世紀近くが経過した現在(この記事の執筆は2025年)、後出しジャンケンのように過去を振り返れば、当時のゼロックスは随分間抜けな行動を取っていたように見える。当時唯一無二の独自技術を保有していた以上、その後のAppleや、さらに続くMicrosoft(Windows)のようなビジネス的成功を得ることは十分に可能だったはずだ。もしそうなっていれば、2025年現在、スマートフォンやタブレット端末で覇権を握っていたのは、Appleではなくゼロックスだったかもしれない。

とは言ってもこれは単なる後出しジャンケンだ。当時の状況では、ゼロックスの判断は極めて「まとも」なものであった。GUIを搭載したコンピュータがどれほど売れるのか当時は完全に未知数だった。仮に売れたとしても巨大企業であるゼロックスにとっては大した収益にはならなかったし、実際にXerox Starはビジネス的に成功しなかった。さらに、こうした端末が普及すれば、既存のコピー機ビジネスを脅かしかねなかったのである。

極端な例かもしれないが、ゼロックスのやり方が「まとも」で「合理的」であったことが納得できるエピソードがある。私の好きなマンガ『風雲児たち』に次のような場面があった。


江戸時代の蘭学者・平賀源内が、自身が発明した「エレキテル」への投資を老中・田沼意次に持ちかけたエピソードなのだが、江戸時代に電気が何の役に立つのか分かるはずがない。その状況下で、巨額の投資をするのは狂気の沙汰以外の何物でもないことは誰でも納得できるだろう。

程度の差こそあれ、1973年当時にGUIを持つコンピュータに巨額の投資をするのも、同様に狂気の沙汰だった。当時のゼロックスの判断は極めて合理的なものだった。

時代を先取りしすぎた技術は、当時の常識的なビジネスマンからすれば『何の役に立つのか分からないおもちゃ(狂気の沙汰)』にしか見えない。本当に素晴らしい技術も、登場当時は「狂気の沙汰」に見えることは世の常だが、だからと言って「狂気の沙汰」の全てがその後の素晴らしい技術になるとは限らない。この違いを見極めることは、それほど簡単なことではない。

いずれにせよ結果としてゼロックスは自ら発明した「GUIを持つ電子端末」によってコピー機ビジネスを圧迫されることとなった。同様に写真フィルムメーカーのコダックもデジタルカメラによって自社ビジネスを圧迫されたが、実はデジタルカメラを発明したのもコダックである。この現象は偶然ではなく、まさに「イノベーションのジレンマ」で説明可能な必然なのだ。


ゼロックスは何を「間違えた」のか?

記事のまとめとして、タイトルの質問への答えを。

ゼロックスは特に間違ったことはしていない。後で振り返って「こうすれば良かった」と思えることはあっても、それは当時としては狂気の沙汰と言える判断で、まともに考えて実行できることではなかった。

それではなぜ、ゼロックスが成し遂げられなかった「GUIによるビジネス的成功」をスティーブ・ジョブズが実現できたのか。次回の記事では、その点に踏み込みたい。


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