ゼロックスとジョブズとイノベーションのジレンマ(3/3) 〜ゼロックスが失敗してジョブズが成功した理由!
ゼロックスの衰退と、Appleの創業者スティーブ・ジョブズと、「イノベーションのジレンマ」の関連について考える記事第3弾。前回の記事はこちら。
前回の記事では、ゼロックスによる世紀の発明が最終的に自分たちの首を締めてしまった話をした。
ゼロックスは「GUIを備えたコンピュータ」というその後の世界を変えてしまうような大発明を成し遂げた一方で、それによるビジネス上の成功は得られなかった。さらにスティーブ・ジョブズにその成果を横取りされた挙句に、それが遠因で自分達の拠り所であるコピー機ビジネスの衰退を招いてしまったのだ。
今回の記事では、「GUIによるビジネス的な成功」に関して、なぜゼロックスが失敗してスティーブ・ジョブズが成功したのかを分析してみたい。そのためにまずはゼロックスの当時の状況を探ってみよう。
当時のゼロックスは超優良&巨大企業だった
前の記事でも紹介したが、ゼロックスは「Alto」と言う実験マシンを作っただけでなく、「Star」と言うGUIを備えた完成品を、Appleに先駆けて商品化した。ところが、AltoもStarも、世界初の栄誉はどこへやら、今ではそのことを知っている人はごく少数だ。
下記、Xerox Starに関するWikipediaの記事からの引用。
1台だけでも16,000ドルという販売価格であったが、普通の事務所では2-3台の機器とファイルサーバ・プリントサーバを用意しなければいけないため、システム全体では50,000ドルから100,000ドルという価格になる。これは販売の大きな障害になった。
後にStarは改良され、単体の装置とレーザープリンターを購入するだけで使えるようになった。しかしXerox Starは25,000台が売れたに留まったため、商業的には失敗だったといわれている。
確かに5万ドルは高い。当時の為替レートから言って、1千万円以上の価格になるはず。売れないのも仕方がない?
いや、少し待ってほしい。
25,000台ですよ!!
これ、本当に少ないと言えるのか?
比較対象として、商業的に成功したと一般には考えられている2つの歴史的なコンピュータがどれだけ売れたのかを書いてみたい。
Apple II:2年間で43,000台
(これによってスティーブ・ジョブズは大金持ちになった)初代Macintosh:発売後半年弱で72,000台
(現在まで続くGUIを備えたPCの先駆け)
Xerox Starの価格が、初代のMacintoshの20倍以上(初代Macintoshは2,495ドル)だったことを考えると、Xerox Star の 25,000台と言う数字は「失敗の烙印が押されるほど少ない」とは言い切れないように思える。
実はこれこそまさに「イノベーションのジレンマ」なのだ。当時の超優良&巨大企業ゼロックスであるからこそ、「25,000台」と言う販売では物足りなかった。もしも当時のApple程度の規模の会社が、Xerox Starのような高価なコンピュータを25,000台売っていれば、それは「想像を絶する大成功」と言われていたはずだ。
また、1セット5万ドルと言う今から思うと無理な価格設定も、当時の超優良企業ゼロックスならではの判断だった。1980年代に広くオフィスで使われていたコピー機の値段のことが正確には分からないが、1万ドルでは済まない金額だったはず。そのような金額の製品を大量に販売している企業が、PCなどと言う未知の市場で1台2,000ドル前後のものを売るようなことは普通はできない。
これは例えば、1台200万円以上の自動車を大量に売っている自動車会社のことを考えてみればよく分かる。自動車会社は、例えば1機1万円程度の「ドローン」の製造・販売には手を出さない。たとえ、今後数十年で爆発的にドローンの需要が拡大する予測があったとしてもだ。なぜなら、少なくとも現時点では、ドローンよりも高価な自動車に力を入れたほうが効率的に儲けることが出来るから。
ところが自動車メーカーは、価格の安いドローンには進出しなくとも、1千万円近い高級車や、さらには億の単位のビジネスジェットには、それが大量に売れなかったとしても手を出す価値を見出す。~実際、ホンダはビジネスジェットに参入した~ これらの高価格製品は付加価値が高く、うまくやれば大量生産の自動車よりも効率的に儲けることができるのだ。
まさにこれが、ゼロックスがXerox Starに非常に高価な価格を付けた理由。どの巨大優良企業でも普通にやっている判断であり、一般論からすると決して間違った判断ではない。
当時のAppleは十分に小さかった
確かに初代Macintosh発売の頃のAppleは、Apple IIの成功で当時の家庭用PCの市場で独占的な地位を築いてはいた。それでも「まるで自動車メーカー」のように巨大なゼロックスに比べれば、当時のAppleは「電動アシストで圧倒的なシェアを持つ自転車(チャリンコ)メーカー」程度の存在だった。そのような比較的小規模な会社にとっては、「画期的に扱いやすいドローン」のような新分野の製品を20万円程度で売り出すのは、とてつもなく魅力的なビジネスと言って良い。
身も蓋も無い話だが、ゼロックスが躓いたのにスティーブ・ジョブズ率いるAppleが大きな成果を得た理由のひとつは、
当時のAppleが小さな会社だったから
だと言える。
一方で、この理由だけでは「なぜ他の同程度の小さな会社には出来なくて、スティーブ・ジョブズのAppleだけが出来たのか?」と言う疑問には答えられない。
その疑問への答えは「イノベーションのジレンマ」とは異なる話になるが・・・
やはりスティーブ・ジョブズは不世出の天才だった
としか、私には説明できないのだ。
世の中にはスティーブ・ジョブズのことを高く評価しない人達も一定数いる。曰く・・・
Apple IIは、ジョブズではなくスティーブ・ウォズニアックが一人で作った
MacintoshのGUIはXerox Alto からの盗用だ
iPod登場以前にもデジタル技術を使った携帯音楽プレーヤーはいくつか存在した
タッチ操作のスマートフォンのアイデアもiPhone以前からあった
iPadのようなタブレット端末も、決して目新しいものではない
これらは全て事実であり間違っていない。スティーブ・ジョブズは、これらのアイデアを自分で発明したわけではない。二番煎じのアイデアをビジネス的な成功に導いただけだ。
では、いずれも「決して目新しいわけでもない」はずの上記5つのアイデアで、ジョブズだけがビジネス面で卓越した成功を収めているのはなぜか?
また、上記の「凄い技術」を最初に生み出した「凄い発明家」、つまりウォズニアックやゼロックスがビジネス面で成功できなかったのはなぜか?
それは、
ジョブズだけが凄かったから!
以外に私には説明できない。他に良い説明があれば、是非教えて欲しい。
未来を見抜く力
今回ゼロックスとジョブズに関係した一連の記事を書くにあたり、こちらのサイト(Apple/Macテクノロジー研究所)の内容を大いに参考にさせていただいた。スティーブ・ジョブズがゼロックスのパロアルト研究所からGUIのアイデアを「盗んだ」いきさつが詳細に書かれている。
その中に印象に残ることが書いてあったので、一部を引用させていただく。
多くの人がAltoとそのデモを見たが、歴史が示すようにApple社のS.ジョブズたち以外、それらを現実のビジネスとして形作ろうと考えた人間はいなかったのだ。そこに大いなる宝が転がっていることに誰も気がつかなかったのだ。
かつてS.ジョブズは友人のスティーブ・ウォズニアックが手作りしたコンピュータを見て、直感的にビジネスになると考え、ウォズニアックを説得したからこそApple IIが誕生し、Apple Computer社が存在することになった。
「アラン・ケイ」の中で浜野保樹氏は「...ガレージでApple IIを完成させた。あのときと同じことが起こった。ジョブズは、埋もれてしまったであろう優れた技術を、二度もビジネスにつなげたのである。」と記している。まさしく、S.ジョブズなくしてはAltoで培われた多くのアイデアをパーソナルコンピュータに託すことはできなかった。そしてLisaやMacintoshを「Altoの猿まね」と称する人々もいるが前記したように文字通りそれらは単なる猿まねではなく時代が求めたAppleのオリジナリティを多く含むテクノロジーの継承であった。
ここでは、Apple IIとMacintoshのことだけが書かれているが、もちろんそれだけではない。iPodのときも、iPhoneのときも、iPadの時も、5度までも「埋もれてしまったであろう優れた技術を、ビジネスに繋げた」と言うことをスティーブ・ジョブズはやってのけているのだ。

これらが単なる猿まねであれば、ジョブズ以外の人間にも出来たはず。ジョブズだけが出来た理由、それは「未来を見抜く力」だったのかもしれない。
<この記事終わり>
