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【アドラー心理学 Vol.06】なぜ、あの人は「育ち」、自分は「消耗」するのか?「優位性の追求」と2つの道

前回の記事

アドラー心理学に関するこれまでの記事で、
「劣等感」という、
少し厄介な感情について探究してきました。

劣等感が、
時に僕たちを前に進める「エネルギーの源泉」になること。

でも、
そのエネルギーを使った努力が、
いつしか自分をすり減らすだけの
苦しいものになってしまうこともあること。

そんな、
光と影のような側面のような話を
これまでしてきました。


ここで一つ、考えたいことがあるんです。

僕たちの努力が
自分をすり減らすのではなく、
自分を育てていく「育っていく努力」になる時、
そのエネルギーは一体どこへ向かっているのか?

その問いの答えこそが、
アドラー心理学における「優位性の追求」という、
もう一つの重要な概念の中に隠されています。

今回は、この「優位性の追求」という言葉を手がかりに、
努力の「向き」について、考えてみたいと思います。


「優位性の追求」とは、より良くなろうとする「エネルギーの向き」のこと


「優位性の追求」と聞くと、
「他人より優位に立ちたい」という、
競争的な響きのように思ってしまいませんか?

僕は、そんな感覚を持っていました。

ですが、
アドラー心理学で言うところの「優位性の追求」とは、
誰かに勝とうとすることではないんです。

「優位性の追求」というのは、
「今の自分よりも、ほんの少しでも前に進みたい」
「より良くなりたい」と願う、
人間が普遍的に持っている、
エネルギーの「向き」そのもののことなんです。


「劣等感(「何かが足りない」と感じる心)」と
「優位性の追求(「もっと良くなりたい」と願う力)」は、
いわばコインの裏表。

この2つがセットで、
前に進む原動力となる、とアドラーは考えました。


優位性の追求に潜む「二つの道」

ですが、この「優位性の追求」には、
エネルギーを全く違う方向へ導いてしまう、
大きな「分かれ道」が存在します。

それは、
「他者との競争」に向かう道と、
「理想の自分」に向かう道の二つです。

どちらの道を歩むかによって、
努力の質も、そして人生の風景も、
全く違うものになってしまいます。


道①:他者との競争へ向かう「縦の関係」

一つ目の道は、
自分の価値を「他者との比較」によって測ろうとする生き方です。

この道では、
周りの人すべてが「競争相手」に見えてしまいます。

なぜ、このようなことが起こるのか?


それは、幼い頃から学校や社会の中で、
「誰かと比べて評価される」という環境に
長く触れていたからではないでしょうか。

そうしていつの間にか、
「他者からの承認」を求める「借り物の価値観」が
心の深いところに根付いてしまい、
「あの人より優れているか、劣っているか」という物差しだけで、
世界を見てしまうようになってしまった、と。

知らず知らずのうちに、この「縦の関係」の物差しでしか、
自分の価値を測れなくなっているからなのではないでしょうか。

だから、
「あの人より優れているか、劣っているか」
という物差しだけで、世界を見てしまうのではないかと。

この道を進む努力こそが、
これまで見てきた
「すり減る努力(心が消耗していく努力)」の正体です。

それは、
他者からの「承認」を求め、
常に誰かの評価に怯える、

エネルギーが
「流出する関係性(エネルギーが一方的に流れ出る関係性)」
を生み出してしまいます。

この、絶えず誰かと自分を比べてしまう関係性を、
アドラーは「縦の関係」と呼びました。

この道は、たとえ競争に勝ち続けたとしても、
「もっと上がいる」「いつか追い越されるかもしれない」という不安から、
決して解放されることのない、終わりのない消耗戦なんです。


道②:理想の自分へ向かう「横の関係」

二つ目の道は、
自分の価値を「過去の自分」との比較によって測る生き方です。

この道では、
他人のものさしではなく、自分自身の成長が基準になります。

「昨日の自分より、一歩でも前に進めたか?」

その小さな問いが、
日々の努力の指針になるんです。

この道を進むとき、
周りの人は競争相手ではなく、
「共に前に進む人」になります。

この努力こそが、
これまで話してきた
「育っていく努力(納得感のある手応えが、自分の中に残っていく努力)」
です。

そこには、
互いを尊重し合う「横の関係」と、

エネルギーが
「循環する関係性(エネルギーが満ち合い、増幅する関係性)」
が生まれます。


そして、
この「昨日の自分を、少しでも超えていこうとする姿」こそが、
「理想の自分」へと向かう、ということなのだと僕は思います。

ここで言う「理想の自分」とは、
完璧な人間になることではありません。

それは、
「価値観の探究記録」シリーズで見つめてきた、
自分だけの「本質的な価値観」に沿って、
日々を生きている自分のことなんです。

他者の評価に振り回されることなく、
自分自身の成長を実感できるだけでなく、充実感に満ちた道。

アドラーが目指したのは、こちらの道でした。


僕たちは、誰と競争しているんだろう?

ここまで、
「優位性の追求」に潜む二つの道について、
見てきました。

一つは、他者を「競争相手」とみなし、
常に比較と勝ち負けの中に身を置く「縦の関係」の道。

もう一つは、
過去の自分を乗り越えることに集中し、
他者を「共に歩む人」とみなす「横の関係」の道。


僕たちを消耗させるのは、
努力そのものではなく、その努力の「向き」が、
知らず知らずのうちに、
一つ目の道へと向かってしまっているからだと思うんです。

だから、もし
今の自分の努力が、どこか苦しいと感じるなら、
一度立ち止まって、自分にこう問いかけてみてはどうでしょう。

「今、自分がしている努力は、誰かに勝つためのものだろうか?」
「それとも、昨日の自分を超えるためのものだろうか?」

この小さな問いかけを、自分の中に持つこと。

それ自体が、
「すり減る努力」の道から、「育っていく努力」の道へと、
そっと舵を切り直すきっかけになるはずです。


どちらの道を選ぶか。

それは、一度きりの大きな決断ではなく、
日々の、本当に些細な瞬間の、
「向き」の選び方の積み重ねなんだと思います。

その小さな一歩が、
僕たちのエネルギーの流れを、
そして人生そのものを変えていく。

僕は、そう思うのです。


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