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【アドラー心理学 Vol.02】劣等感って、ほんとに悪いもの?「不健全な劣等感」との向き合い方と「エネルギー」の向き

前回の記事

「劣等感を持っていますか?」

そう聞かれて、

「いや、劣等感なんてないよ」

と即答できる人って、
どのくらいいるんでしょうね。


たいていの人は、
なんらかの形で「劣等感」を抱えていると思うんです。

その劣等感ときちんと向き合っている人もいれば、
自分の中にあるそれに気づいていなかったり、
あえて見ないようにしていたり……

そんな状態のまま、日々を過ごしていることも、
あるんじゃないでしょうか。


劣等感=悪いもの、なのか?

「劣等感」という言葉には、
どこかネガティブな響きがあります。

「足りない」
「劣っている」
「負けている」
etc…

そんなふうに、
「感じたくない感情の代表」のようにも思えます。


でも、アドラー心理学では、
この劣等感について、違う見方がされています。

アドラーは、
劣等感そのものを「悪いもの」とは考えませんでした。

むしろ、
「劣等感は成長の出発点である」と。

つまり、アドラーからすると、
「劣等感を持ってるの?いいね!素晴らしいことじゃん!」
という感覚なわけです。


「まだできていない」と思うからこそ、やってみようと思える。
「届いていない」と感じるからこそ、努力しようと思える。

そのように劣等感は、
「前に進もうとするエネルギー」になってくれるんです。


でもその一方で、
劣等感に押しつぶされてしまうこともありますよね。

「自分なんかがやっても意味ない」
「またできなかった。もう無理かもしれない」

そうして、自分を責めたり、
他人と比べて落ち込んでしまうこともあります。

それによって、
エネルギーが奪われ、
思考や行動に制限がかかったりします。

この違いは、どこからくるんでしょうか。


アドラーはこう言います。

「大切なのは、劣等感そのものではなく、それがどこへ向かっているかだ」
と。

つまり、目的が大事なんです。

  • 自分をより良くするための目的なのか

  • 他人に勝ちたい、認められたいという目的なのか

  • 自分や他人を責めることが目的なのか

どこを目指しているのかによって、
劣等感のエネルギーの質そのものが変わってしまいます。

それが、アドラーの見ていた視点です。


劣等感のエネルギーは、「向き」で変わる

たとえば、

「まだできていないけど、少しずつやっていこう」
「負けたくない。だからもっと努力しよう」

そんなふうに、
気持ちを前向きにしたり、
行動の原動力として働いてくれる劣等感は、
「健全な劣等感」と言えます。

前に進むエネルギーを生んでくれるんです。


ですが、

「どうせ自分なんて、やっても無駄」
「またできなかった……やっぱりダメなんだ」
「あの人はできているのに、自分だけ……」

そうした思考は、
自分を縛りつけて、エネルギーを奪ってしまいます。

そして、自分との関係性を悪くし、
他者との関係性にまで影響を与えてしまうことだってあります。

そのため、
「劣等感のせいで人生がうまくいかない」
という感覚に陥ります。

これが、「不健全な劣等感」。


ちなみにアドラー的は、
「劣等感」の他に
「劣等コンプレックス」という言葉を使っています。

今回の話で言えば、
「劣等感=健全な劣等感」であり、
「劣等コンプレックス=不健全な劣等感」ですね。

なので、アドラーからすれば、
「劣等感=前向きなエネルギーを与えてくれるもの」なのです。

この考え方を持っていると、
前に進みやすくなると思いませんか?


劣等感は
「自分がどう生きたいか」を映し出す鏡

劣等感というのは、
「自分がどう生きたいか」を
映し出す鏡でもあると思うんです。

どういうかというと、
さきほど「劣等感は、向かう目的が大事」という話をしましたよね。

つまり、
「劣等感と、どう付き合っていきたいのか」。

それ自体が、
僕らの「生き方」につながってくるんです。


たとえば、もし
「自分や他人を責めるために」劣等感を使っているとしたら、
それは「責めることを目的にした生き方」と言えるかもしれません。

でも、
「よりよくなっていくために」使っているのなら、
それは「成長を目指す生き方」につながっていきます。


「劣等感にどんな目的を与えているのか」

それによって、
エネルギーの向きも、生き方の質も、変わってしまうんです。

そう考えると、
「劣等感の影響力って、思った以上にすごいな」と、思いません?


前向きなエネルギーとして活かしていくためには、
まずは「自分がどんな劣等感を抱えているか」を洗い出してみること。

そして、
「その劣等感に、どんな目的を持たせるか?」を考えてみること。

この2つの問いが、
劣等感との関係性を変えていくはずです。


「劣等感=健全な劣等感」
「劣等コンプレックス=不健全な劣等感」

この違いも、
要するに「劣等感をどこに向かわせているか」という
「関係性の違い」にすぎないんですよね。

劣等感そのものが違うわけじゃない。
でも、その関係性が違えば、
見える世界も、感じるエネルギーも、まるで別のものになる。

そんなふうに、
劣等感との関係を見直していくこと。

それこそが、
「エネルギー」と「関係性」に目を向けるということなんじゃないかと、
僕は思っています。

 ↓ ↓ ↓ エネルギーと関係性の話


劣等感は、なくすものじゃない

「劣等感があるかないか」、ではなく、
それとどう関わっているか。

  • 劣等感を「敵」として排除しようとするのか

  • それとも、「味方」として向き合おうとするのか

この違いが、エネルギーの流れを大きく変えていきます。


「まだまだだな」と感じるとき。
「うまくできない」と悩むとき。

その瞬間に、
「じゃあ、どんなふうに育っていきたい?」と問い直してみる。

そんなふうにして、
少しずつ、劣等感との関係を育てていくこと。

それが、きっと
「前に進む力」を促進してくれるはずです。


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