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素材は時間をどう受け取るのか。— 時間建築論 第2章

建築は素材でできている。
そして素材は、それぞれ異なるかたちで時間を受け取る。

コンクリートは風雨にさらされながら、少しずつ表面に時間を刻んでいく。
鉄は錆び、塗装が変わり、時間の痕跡を表情として残していく。

素材は単なる材料ではない。
それぞれが固有の時間を持っている。

しかし私にとって、特別な素材がある。
それは木だ。

木は、私にとって生活のすぐそばにある素材だった。

実家は祖父の代から続く大工の家で、
祖父は地域の多くの大工を束ねる棟梁だった。

その後を父が継ぎ、工務店を営んでいた。

家のすぐ隣には作業場があり、
そこは私にとって秘密基地のような場所だった。

鉄骨造の建物だったが、
子供だった私にはとても大きな空間に感じられた。

誰もいないとき、
こっそり中に入り込んで木の匂いに触れるのが好きだった。

製材機で削られた木の薄い削り屑は、
透き通った紙のように美しく、触れるとふわりと軽かった。

作業場にはカンナやのこぎりなど、
さまざまな大工道具が並び、
二階には木材が所狭しと積み上げられていた。

当時の私には、木の種類など分かるはずもなかった。

ただ作業場の空気の中には、
いつも削られたばかりの木の匂いが漂っていた。

今思えば、杉や桧、松といった材料が多かったのではないかと思う。
構造にも仕上げにもよく使われる木材だからだ。

しかし子供だった私の記憶に残っているのは、樹種ではなく、
木の匂いが満ちた空間そのものだった。


作業場の一角には、グラスウール断熱材の束が置かれていた。

小さかった私たちはそこにこっそり入り込み、
トランポリンのように跳ねて遊んだ。

あとから体中がチクチクして大変なことになるのだが、
それでもその場所は私たちにとって楽しい秘密基地だった。

やがて作業場も少しずつ姿を変えていった。

建物は縮小され、二階部分は事務所と、
簡単に住める部屋として改築された。

二階へ上がる階段は外部に取り付けられた鉄骨階段だった。

家と作業場の間にはテラスがつくられ、
その階段とテラスによって二つの建物がつながれていた。

そこからは家の瓦屋根にも上ることができた。

家の反対側には、以前の記事でも書いた半分だけ残された古い家があった。
そのそばには柿の木があり、秋になると柿を取っては屋根の上に寝そべって食べていた。

家の瓦屋根にも上がったことがある。
ただ瓦の屋根は固くて少し痛い。

それに比べて、半分の家のトタン屋根は子供には気楽な場所だった。

家と作業場をつなぐテラスには手すりがあり、
私はよくそこで景色を眺めていた。

周囲は畑と田んぼばかりの田舎で、見晴らしがよかった。
テラスに寝転ぶと、いつも風が通り抜けていく。

遠くには山並みが見え、
夕方になるとその山の向こうに夕日が沈んでいった。

私はその光景を、ただ黙って眺めているのが好きだった。

今思えば、あの場所にはさまざまな素材があった。


木の匂いのする作業場。
鉄骨の階段。
トタン屋根。
瓦屋根。
そして風の通るテラス。

振り返ってみると、私の建築の記憶は、
こうした場所から始まっている。

建築は図面の上だけで生まれるものではない。
身体の記憶の中で、少しずつ形づくられていくものなのかもしれない。

素材は、それぞれ異なるかたちで時間を受け取る。
そしてその時間は、いつの間にか人の記憶の中に刻まれていく。

建築とは、
素材の時間を編み合わせる行為なのかもしれない。


(シリーズ目次)

時間建築論

第0章
建築はいつから記憶になるのか

第1章
経年変化は設計できるのか

第2章
素材は時間をどう受け取るのか

第3章
五感の空間

第4章
建築はなぜ壊されるのか

第5章
建築の時間

第6章
記憶を生む空間

第7章
建築と風景

第8章
未来を設計する

第9章
建築は時間の芸術

最終章
建築は記憶の装置である



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