越境とは何か#1 | 越境とは、移動ではなく“視座の切り替え”です
「越境できる人材が必要だ」
最近、ビジネスの現場でそんな言葉をよく耳にするようになりました。
部署の壁を越える。
職種の枠を越える。
自分の専門領域を越えて、新しい価値を生み出す。
確かに、変化の激しい時代においては、そうしたアグレッシブな姿勢はとても尊いものです。
けれど、業務設計という「しくみのスキマ」に立って日々組織を眺めていると、私たちが本当に必要としている越境は、そうした物理的な移動や、目に見える積極性とは少し違う形をしているのではないかと思うのです。
業務設計者が日常的に行っている越境は、どこか別の部署へ異動することでも、無理に他部署の会議に乗り込んでいくことでもありません。
むしろ、同じ場所に静かに立ったまま、物事を見る「視座」を切り替えること。 それが、私たちの職能における越境の正体です。
■ 越境は「行動」ではなく「OS」に近い
越境と聞くと、どうしても行動量やコミュニケーション能力の高さといった、属人的な頑張りの話になりがちです。
「あの人は顔が広いから越境できる」といったように。
ですが、業務設計者の働き方を見ていると、それは頑張って気合いで乗り越えるものというよりは、ごく自然に起きてしまう呼吸や動作のように見えます。
例えば、新しいシステムを導入する場面を想像してみてください。
現場の担当者は「今のやり方を変えたくない、入力の手間が増える」と反発します。
一方で経営層やシステム部門は「データの一元化による効率化が必須だ」と主張します。
このとき、業務設計者はどうするでしょうか。
まずは現場の「内側」に入り込みます。なぜ今のExcelが手放せないのか、その入力作業の裏にある不安や顧客への配慮といった泥臭い感情の論理に、深く寄り添います。
しかし、そのまま現場に同化するわけではありません。
次の瞬間には、スッと現場の「外側」へ抜け出します。
そして、経営が求める効率化の構造や、システム全体のデータの流れという冷徹な論理の視点から、その業務を俯瞰します。
そしてまた、現場の感覚へと戻っていく。
今は、現場の内側として血の通った感情を見る。
次は、構造の外側として冷たいロジックを見る。
もう一度、現場の納得感を探りに行く。
この視点の往復運動を、まるで息をするように無意識に繰り返しています。
それは特別な能力というよりも、業務設計者の頭の中に最初から組み込まれている「切り替え」という名のOS(オペレーティングシステム)の挙動なのです。
■ 境界に立つ人は、どこにも固定されない
以前から、業務設計者はITでもなく現場でもない「境界」に立つ存在だとお伝えしてきました。
ただし、境界に立つというのは、そこにずっと杭を打って居座り続ける、という意味ではありません。
境界線の上で身動きが取れなくなってしまっては、ただの板挟みになってしまいます。
境界という場所を起点にしながらも、内側にも外側にも、自由に、そして身軽に視点を飛ばすこと。
特定の部署の利害や、特定のシステムの制約に、自分の視座を固定させないこと。
内側に入って、その役割の人たちが抱える不安や論理を肌で理解する。
外側に出て、組織全体を俯瞰し、構造が抱えている歪みやボトルネックを冷徹に見つめる。
この「内」と「外」を自在に切り替えられる状態そのものが、業務設計者の行う越境なのだと思います。
■ 越境は、構造を扱うための前提条件
なぜ、私たちはこれほどまでに視座を切り替える必要があるのでしょうか。
それは、組織の「構造」というものは、内側だけを見ていても、外側だけを見ていても、決してうまく扱うことができないからです。
現場という内側に偏りすぎれば、個人の感情や細部へのこだわりに引きずられ、組織全体の流れを最適化する視点を見失ってしまいます。
逆に、システムや経営という外側に偏りすぎれば、現場のリアリティや体温が抜け落ち、誰も使ってくれない、ただ美しいだけの冷たい仕組みが出来上がってしまいます。
業務設計者が越境を繰り返すのは、現場の「納得感」と、組織の「合理的な構造」という、相反する二つを同時に成立させるためです。
越境することは目的ではありません。複雑な構造を解きほぐし、人が動けるしくみを編み直すための、欠かすことのできない前提条件なのです。
■ 越境できる、ではなく「切り替わってしまう」
だからこそ、業務設計者にとって越境とは、意識して選ぶ選択肢というよりは、もはや抜けきらない癖のようなものかもしれません。
部署と部署の間に引かれた境界線を見ると、ついその内側と外側の両方に目がいってしまう。
誰かの役割や不満を聞くと、その人を責めるのではなく、その背後にある構造の前提を探してしまう。
それは個人の気合いや能力の高さではなく、そういう風に世界を見てしまうという、OSの宿命です。
どこか遠くへ行くことではなく、今いる場所から、世界の見え方を切り替えること。
越境とは、そうした“切り替わってしまう視座”のことだと考えています。
あなたの組織で求められている越境は、誰かを遠くへ移動させることでしょうか。
それとも、視座を切り替えることでしょうか。
少しだけ、立ち止まって考えてみていただければと思います。
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