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認知の設計図 #6|“視座”が変わると、同じ世界が違って見える

仕事の現場で、同じ状況、同じデータを見ているはずなのに、まったく違う判断にたどり着く人がいます。

「なぜ、その課題に気づかないのだろう」 「なぜ、そこの優先順位が高くなるのだろう」 「見えている景色がそもそも違うのではないか」

そう感じる瞬間は、誰にでもあるのではないでしょうか。 私たちは往々にして、それを相手の能力の差や、モチベーションの違いとして片付けてしまいがちです。しかし、本当はそうではないのかもしれません。

それは能力の差ではなく、物事を捉える“視座の違い”から生まれていることがほとんどです。

今回は、その視座の差をつくり出している“認知OS”について、少し丁寧に紐解いていこうと思います。


自分中心のOSと、世界中心のOS

多くの人が初期装備しているOSは、どうしても“自分”を中心に組み立てられています。

・自分の評価はどうなるか
・自分の業務量は増えるのか
・自分の役割の範囲内か
・自分が周囲からどう見られるか

こうした軸で物事を整理するのは、とても自然なことです。
組織の中で自分を守り、明日も無事に働き続けるための、健全な防衛機能でもあります。
これを否定する必要はありません。

一方で、業務設計者や、プロジェクト全体の構造を設計する人は、“自分”ではなく“世界(構造)”を中心に置くOSを、少しずつ自分の中にインストールしていく必要があります。

・全体の仕組みは、今どう動いているのか
・情報の目詰まりや、負荷はどこに集中しているか
・どのルールが、この望まない結果を生んでいるのか
・役割と役割の間の「関係性」はどうなっているか

視点の起点が「私」から「構造」へと変わる。
ただそれだけで、状況に対する判断の精度やスピードが変わっていきます。

視座が変わると、見える“単位”が変わる

自分中心のOSで仕事を見つめるとき、目に入る単位はどうしても“タスク”や“担当業務”になります。

今日終わらせるべき仕事。自分の今期の目標。評価につながる目に見える行動。それらが集まって、一日が終わっていきます。

一方、世界中心のOSでは、目に見える単位が大きく変わります。

ひとつのタスクを見るのではなく、
それが流れていく「フロー(流れ)」。
何度も繰り返される失敗の裏にある「パターン(構造)」。
部署と部署、人とシステムが交差する「インターフェース(関係性)」。
そして、そもそもその業務が存在する「制約(前提条件)」。

少し具体的な事例で考えてみましょう。
ある部署で「報告書の提出遅れ」が多発したとします。

自分中心のOS(タスク単位)で見ている人は、「担当者の意識が低いからだ」「もっと厳しく期限を守るよう通達しよう」と考えます。
これは、問題を「個人の行動」という単位で切り取っているためです。

しかし、世界中心のOS(構造単位)で見ている人は、同じ現象を前にしても問いの立て方が異なります。
「なぜ彼らは遅れるのか?」
「報告書を書くためのデータが、他部署から届くタイミングが遅いのではないか?」
「そもそも、この報告書は誰の何のために使われているのか? 誰も読んでいないなら、フロー自体をなくせないか?」
と考えます。

視座の違いとは、能力の差ではなく「焦点(フォーカス)」の違いにすぎません。
どちらが上でも下でもありませんが、見える単位が変わることで、扱える情報の解像度が格段に上がっていくのです。。

視座の違いとは、能力の差ではなく「焦点(フォーカス)」の違いにすぎない。

行動の選択肢は、視座がつくる

この視座の違いは、頭の中の理解にとどまらず、行動の選択肢にもそのまま影響を与えます。

自分中心のOSで動いているときは、どうしても「自分ができる範囲」で解決策を考えます。
「自分の役割」の中に収めようとし、無意識のうちに「自分が評価される方法」を探してしまいます。
その結果、個人の努力や根性に依存した、属人的で脆い解決策になりがちです。

世界中心のOSで動いているときは、「全体の流れが整う方法」を探します。
自分が頑張るのではなく「仕組みとして持続するか」を見つめ、「誰が(あるいはどのシステムが)動けば、一番摩擦が少なくなるか」を考えます。

先ほどの報告書の例で言えば、担当者を叱責する(自分中心の解決策)のではなく、入力フォーマットを簡略化したり、システムから自動抽出できる仕組みに変えたりする(世界中心の解決策)わけです。

誰かを責めるのではなく、仕組みのスキマを埋める。
気づけば、選べる行動の幅そのものが、ガラリと変わっていることに気づくはずです。

視座は能力ではなく“焦点の位置”

繰り返しますが、視座が高い人が優れているわけではなく、視座が低い人が劣っているわけでもありません。

ただ、どこに焦点を置いて世界を見ているか。
その違いが、OSの差として現れているだけなのだと思います。

焦点が“自分”に向いているとき、世界は複雑で、他人の感情に振り回され、正しさは掴みにくく見えます。
しかし、焦点が“構造”に向いているとき、世界は整理され、どこに手を入れるべきか、その動かし方が見えてきます。
視座とは、物事の捉え方の選び方に他なりません。

視座を上げるのではなく、視座を“増やす”

よく「もっと視座を高く持て」と指導されることがあります。
しかし、ただ視座を上げる(経営者目線になるなど)だけでは、現場の痛みや、人の感情から遠ざかってしまい、実態と乖離した空虚な理想論になりかねません。

業務設計において本当に必要なのは、視座を一つに固定することではなく、視座を“増やす”ことなのだと思います。

・目の前の作業で苦しむ「個人の視座」
・部門の利益やリソースを守る「管理者の視座」
・全体最適を目指す「組織の視座」
・人とシステムを繋ぐ「仕組みの視座」

複数の焦点を持つことで、平面だった世界に立体感が生まれ、情報の解像度が上がっていきます。
業務設計者が持っているのは、“ただひとつの正しい視座”ではなく、“複数の視座を行き来する柔軟さ”なのです。

世界をどう見るかは、自らの意志で決まる

視座は、誰かに研修で与えられるものではありません。
日々の環境や、現場での葛藤、うまくいかなかった経験の積み重ねの中で、少しずつ育っていくものです。

自分の視点を大切に守りながらも、ときどき別の視座から世界を眺めてみる。
その繰り返しの中で、私たちの認知OSは少しずつ、確かに書き換わっていくのだと思います。

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