完璧な「業務フロー図」が、いつも現場で使われない理由 ── 計画を捨てて「摩擦」に触れる技術
「ここはこの矢印で繋いで、承認フローは3段階にしておきましょう。これで抜け漏れはないはずです」
空調の効いた静かな会議室。ホワイトボードには、色とりどりのマーカーで描かれた美しい「新しい業務フロー」が完成しようとしています。
参加しているメンバーは皆、優秀で真面目です。「現場が混乱しないように」「失敗が起きないように」と、起こりうるあらゆるリスクを想定し、何時間もかけて完璧な計画を練り上げています。
しかし、私たちはどこかで気づいているはずです。
この完璧に見えるフロー図が現場に降りた瞬間、「こんなの面倒でやっていられない」「今のシステムと合わない」というため息とともに、静かに誰かの引き出しの奥底へしまわれていくことを。
なぜ、私たちが時間をかけて作った計画は、いつも現場の現実とすれ違ってしまうのでしょうか。
今日は、会議室にこもってしまう私たちの「真面目さ」の奥にある構造と、見えない現実をあぶり出すための「動く」という技術について覗き込んでみたいと思います。
ホワイトボードには「理想」しか描けない
私たちは、複雑な問題や新しいプロジェクトを前にすると、つい「完璧な計画」を立てようとします。失敗して誰かに迷惑をかけるのが怖いからです。
しかし、あるマネジメントのデータによれば、どれだけ優秀な人が集まって会議室で悩んでも、「3時間以上はアイデアの質は上がらない」と言われています。
なぜなら、ホワイトボードのつるりとした表面に描けるのは、どこまでいっても「あるべき理想の姿」だけだからです。
本当の「現実」は、無菌室のような会議室にはありません。古くて重いシステム画面、担当者たちの言葉にできない違和感、過去から続く他部署とのしがらみ。そういった泥臭くてシビアな現実は、頭の中でどれだけシミュレーションしても、決して可視化されることはないのです。
問題とは、「理想」と「現実」のギャップのことです。
現実の解像度が低いまま、理想の図面だけをどれほど精緻に描き込んでも、それは「空想の街の地図」を作っているのと同じです。現実の道しるべにはなりません。
「解決するため」ではなく「現実を知るため」に動く
では、見えない現実の輪郭を掴むにはどうすればいいのでしょうか。
答えは一つしかありません。完璧な計画ができる前に、「未完成のまま動く」ことです。
ここで言う「動く」とは、気合いを入れて一気に現場を変えようとすることではありません。静かな水面に小石を投げてみるように、あえて小さな波風(アクション)を起こしてみることです。
たとえば、6割の出来のルールを、あえて現場の数人に「お試しで使ってみて」と渡してみる。
すると必ず、「この項目の入力は今のやり方だと無理です」「ここを通すと、あの部署から文句が出ます」といった、生々しい抵抗やエラーが返ってきます。
この、理想に向かって動かそうとした時に発生する「摩擦」。
それこそが、私たちが探し求めていた「シビアな現実」の正体です。
動かなければ、どこに摩擦があるのかすら分かりません。
動いて、ぶつかって、現場の痛みを情報として集める。そうして初めて、「誰の能力が足りない」といった感情論を抜け出し、組織のどこに「構造の歪み(しくみのスキマ)」があるのかを見極めることができるのです。
正解は、計画の中ではなく「差異」の中にある
優秀なリーダーは、最初から正しい答えを知っているわけではありません。
彼らは、まず小さな観測気球を上げます。そして、自分が描いた「仮説」と、現場で起きた「現実の摩擦」との間にある「差異」を記録し、静かに観察するのです。
計画通りにいかなかったとき、それは「失敗」ではありません。
隠れていた「現実の構造」が、一つ可視化されたという貴重な「情報」です。
あなたのチームは今、失敗を恐れるあまり、会議室で長すぎる時間を過ごしていませんか?
完璧な地図を描こうとするそのペンを、一度置いてみてください。
そして、未完成の羅針盤を持って、ほんの少しだけ現場に摩擦を起こしに行きましょう。
見えない構造は、私たちが動いたその「隙間」にだけ、静かに姿を現すのですから。
🍵 もっと深く「スキマ」を覗きたい方へ
計画を立てるのをやめ、現場の「摩擦」から構造を見極める。このアプローチをさらに深めたい方へ、3つの視点をご用意しました。
▼ 現場の痛みを引き出し、一緒に構造を組み替える方法(哲学・思想)
完璧なものを提示するのではなく、あえて「20%の未完成品(プロトタイプ)」を見せることで、現場の隠れた痛みを引き出す。今回お話しした「動く技術」の具体的なスタンスについて。
📎 「何に困っていますか?」と聞いてはいけない。現場の隠れた痛みを引き出す、20%プロトタイプと「横並び」の構造
▼ 構造を見極め、しくみを編む人の立ち位置とは(哲学・思想)
会議室の理想論と、現場の現実。その板挟みになりながらも、差異を読み取り、しくみへと翻訳していく「業務設計者」という職能の存在意義について。
📎 業務設計者論|改善の裏にしくみを描く力
▼ 摩擦を起こし、システムを定着させる作法(解決策)
現実の摩擦を確かめた後、どうやって現場を傷つけずに新しいしくみを浸透させていくのか。波風を立てない善意を越えて、組織を動かすためのシステム実装論。
📎 システムは「善意」で壊れる。現場を傷つけずに組織を動かす作法
