「何に困っていますか?」と聞いてはいけない。現場の隠れた痛みを引き出す、20%プロトタイプと「横並び」の構造
新しい知識に触れ、「これなら今の業務をもっと良くできるかもしれない」という小さな種を見つけたとき。
私たちはその熱量を持ったまま、現場の人のところへ足を運びたくなります。
「今の仕事で、何か困っていることはありませんか?」
「こんな仕組みを作れば、少しは楽になると思うのですが」
良かれと思って、相手の痛みを想像して投げかけた言葉。
しかし、返ってくるのは「今のままで特に困っていません」「今のやり方が一番慣れているので」という、予想外に静かな反応だったりします。あるいは、良かれと思って提案したのに、なぜか粗探しばかりされてしまったり。
せっかくの知識と熱量があるのに、なぜか現場との間に見えない溝ができてしまう。
今日は、そのもどかしい壁の正体と、現場と本当の意味で「共創」するための、立ち位置と問いの設計についてお話しします。
「痛みに慣れた人」に、痛みを聞くという矛盾
現場を良くしたいという純粋な思いから、私たちはつい「何が不便ですか?」と直接的なヒアリング(御用聞き)をしてしまいます。
しかし、現場から「困っていない」という答えが返ってきたとき、それは彼らが嘘をついているわけでも、変化を嫌う意地悪をしているわけでもありません。
人は、どれほど非効率で面倒な作業であっても、毎日繰り返すうちにその痛みに「過剰適応」してしまう生き物です。無意識のうちに思考を止め、作業をルーチン化することで、自分たちの心と体を守っているのです。
すでに痛みを感じなくなっている人に「どこが痛いですか?」と直接言葉で問うても、本当の課題は決して引き出せません。
提案は、人を「評価者」に変える
さらに、ヒアリングや「こんなシステムを作ってみました」という完成品の提案には、もう一つの構造的な罠があります。
それは、あなたと現場の人の立ち位置が「対面」になってしまうことです。
提案する側と、される側。
この構造に陥ると、人間の心理として、提案された側は無意識に「評価者」のスイッチを入れてしまいます。
「ここは今のやり方と違う」
「例外的なケースに対応できないから使えない」
どれほど相手のためを思った提案でも、対面で向き合った瞬間に、無意識の防衛本能と粗探しが始まってしまいます。それは相手の性格の問題ではなく、対面という物理的な立ち位置が引き起こす構造的な摩擦なのです。
言葉で問わず、20%のモノで問う
では、この摩擦をどう解きほぐせばいいのでしょうか。
ここで、言葉で問うのをやめて、自分のアイデアを「20%の粗いプロトタイプ」という形にして持ち込んでみます。
未完成の不格好な仕組みを、机の真ん中にそっと置いてみてください。そして、こう声をかけます。
「ちょっとこれを作ってみたんですが、現場の動きと合わなくて。どこが違うのか、一緒に見てくれませんか?」
この瞬間、立ち位置が反転します。
あなたと現場の人は、向かい合う「対面」から、机の上の未完成なモノを一緒に覗き込む「横並び」の関係へと変わるのです。
評価の対象が「あなたの提案」から「机の上のモノ」にすり替わります。共通の対象を一緒に見つめるこの状態を、心理学では「共同注意」と呼びます。
摩擦から、本当の言葉がこぼれ落ちる
横並びになった現場の人は、不完全なモノを目の前にすると、自然と手や口を動かしたくなります。人は、間違いを見ると、つい手を伸ばしてしまう生き物だからです。
「ここはそういう順番じゃないよ」
「普段は、ここで一回あの部署に確認の電話を入れているんだよ」
言葉でヒアリングしたときには絶対に出てこなかった「本当の業務の姿」や「隠れた痛み」が、未完成なモノとの摩擦を通じて、次々とこぼれ落ちてきます。
あなたはそれを聞き出すのではなく、ただ隣で観察し、彼らの言葉を翻訳しながら、一緒にモノを直していけばいいのです。
おわりに:共創は「立ち位置」から始まる
業務設計とは、完璧なシステムを作って現場に与えることではありません。
システムという触媒を使って現場の人たちと「横並び」になり、共に隠れた構造を解いていくプロセスです。
もし明日、あなたが新しい知識を現場で活かそうと思ったなら。
立派な提案書を作るのをやめて、未完成のモノをそっと机に置いてみてください。
「何に困っていますか?」という言葉を飲み込み、相手の横に並んだその瞬間から、あなたと組織の本当の共創が始まります。
読後の処方箋:現場との「横並び」を深めるために
現場との関係性をどう構築し、どう言葉を翻訳していくか。共創のヒントになる記事を置いておきます。
■ 現場へ向かう前に、自分自身の「強み」に迷ったら
「自分にはITの専門性も、現場の圧倒的な業務知識もない」と焦る気持ちがあるなら。そのバラバラな知識の「スキマ」こそが、現場とシステムを繋ぐ最強の武器になるという構造について書いています。
記事名:「専門性がない」と焦る人へ。器用貧乏こそが、最強のキャリアになる構造
■ 現場の言葉を、どうシステムに落とし込むか(翻訳・思考)のヒント
あなたが引き出した現場の言葉を、どうすれば理想のしくみに変換できるのか。「翻訳」という視点から、その思考プロセスを紐解いています。
記事名:#業務設計者論|翻訳者はしくみの言葉を編む
■ 対面から横並びへ、具体的なアクション(構造)を知りたい方へ
大きな仕組みを導入するときに生じる摩擦を、どうすれば滑らかにできるのか。「導入のしやすさ」と「使いやすさ」の葛藤について書いています。
記事名:「標準機能でお願いします」という言葉が、現場に静かな影を落とすとき ── 「導入のしやすさ」と「使いやすさ」のあいだで
■ しくみのスキマに立つあなたの、これからの軸(哲学)へ
システムと現場、その間に立つことの面白さと価値について。改めて立ち位置を確認したい方へ。
記事名:#業務設計者論|業務でもITでもない、しくみの“スキマ”に立つ
