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本番15分のために「30回」書き直される資料 ── 誰も悪くないのに、なぜ仕事はツギハギになってしまうのか

15分の役員報告のために、課内ミーティング、部長プレビュー、本部事前すり合わせを重ねる。 気がつけば、デスクトップにあるファイルのタイトルは「役員報告資料_v30_最終版_修正.pptx」になっている。

月次報告、評価会、経営会議。あらゆる重要な意思決定の場の前に、私たちはその何倍、何十倍もの時間を「予行練習」のために費やしています。

明日出す資料のてにをはを直し、グラフの数値を微調整し、想定質問への回答を何ページも作り込む。そんな日々に、どこか乾いた疲労感を覚えたことはありませんか。

なぜ、私たちはこれほどまでに、本番の前の時間にエネルギーを吸い尽くされてしまうのか。今回は、誰も悪くないのに生まれてしまう「予行練習のピラミッド」の奥にある構造を、一緒に覗き込むようなスタンスで考えてみましょう。

15分のために、何週間もすり合わせる日常

あるある、と頷いてしまう光景かもしれません。

役員報告の時間はたったの15分。しかし、そこに辿り着くまでには、何重もの関門が存在します。まずは課内で揉まれ、部長に見せて突き返され、本部の事前すり合わせで修正が入る。そのたびに資料のレイアウトは変わり、文字は増え、網羅性だけが研ぎ澄まされていきます。

作り手である現場は、睡眠時間を削ってスライドを直します。 間に入る中間管理職は、上からのプレッシャーと下からの悲鳴の板挟みになりながら、必死に言葉を調整します。

全員が、驚くほど真面目に、自分の責任を果たしようとしています。サボっている人は誰もいません。それなのに、組織全体で見ると、意思決定というゴールに辿り着く前に、凄まじい摩擦熱で全員のエネルギーが消費されているのです。

なぜ、資料はバージョン30になってしまうのか

業務設計者の視点でこのピラミッド構造を覗き込むと、これは個人の要領の悪さではなく、組織の結合密度が生み出す構造的なバグであることが分かります。

なぜ、すり合わせが何度も繰り返されるのか。それは、上層部が「何を基準に判断するのか」という仕様(インターフェース)が、あらかじめ言葉にされていないからです。

判断基準が曖昧なとき、人間は本能的に「最悪の事態」を想像します。「これを言ったら怒られるのではないか」「ここを突かれたら論破されるのではないか」という不安です。

すると、現場や中間管理職が作る資料は、意思決定を仰ぐための道具ではなく、自分を守るための防護服(盾)へと変わっていきます。あらゆる質問を先回りし、すべての数字に言い訳を用意し、隙のないように情報を足し算していく。

バージョン30という数字は、現場の優秀さの証ではありません。その組織が抱えている「不安の質量」そのものなのです。

対立しているのは人ではなく、見ている階層(レイヤー)

資料が30回も書き直されてしまう本当の理由は、資料作成のスキル不足ではありません。関わる人たちが立っている階層によって、解こうとしている「問い」と「評価者に訴えたい内容」が完全にズレていることにあります。

経営層が見ているのは、抽象度の高い数字と未来です。彼らは、その投資が会社にどのような成果をもたらすのかという、乾いた論理(OUTPUT)を評価しようとします。

一方で、現場の技術者が見ているのは、解像度の高い現実と現在です。日々、泥水にまみれて仕様変更をリカバーしているため、自分たちが費やした「工夫と時間というプロセス(PROCESS)」を認めてほしい、評価されたいと願うのは、生身の人間として当然のことです。

そしてその間に立つ管理職は、自分の評価や管理責任を問われないようにと、資料の中にあらゆるアリバイを詰め込み、整合性を取るためにエネルギーを使い果たします。

つまり、1枚の資料のスキマで、

  • 成果(OUTPUT)を求める上流

  • 苦労(PROCESS)を反映したい下流

  • 防御(アリバイ)を仕込みたい中流 の主張が、音もなく繋ぎ合わされ、整合性が取れずに破綻していくのです。

自分の立ち位置から、一歩だけ視座をずらす

このツギハギのピラミッドから抜け出すために、私たちはどうすればいいのでしょうか。

「現場の苦労を分かってください」と情緒的に訴えても、あるいは完璧なロジックで上流を論破しようとしても、正解のないこの暗闇では話は平行線をたどります。

強い実務家は、最終的にその会議で決めること、訴えることは何か。そして「評価する人は何を評価したいのか(アジェンダ)」を、相手の物差しから逆算して想定します。

評価者は、今朝の役員会でどんな数字を詰められてここに来たのか。彼が今期の査定で、最も守りたい、あるいはアピールしたい急所はどこか。

「私たちが何を頑張ったか」を語るスライドを30枚並べるのではなく、評価者の不安を先回りして塞ぎ、彼が次の役員会で「よし、これでいこう」と胸を張って即決できる、たった1枚の論点へと自分の立ち位置から一歩視座をずらして情報を配置し直すのです。

ペライチのメモとは、情報を削った結果ではなく、相手の判断に不要なものを、意思を持って捨て切った痕跡です。

効率化とは、人間が楽をすることではありません。人間が「決める」「責任を取る」という最も人間らしい仕事に集中するために、それ以外の雑務や確認行為を引き算すること。

あなたが自分の正しさの呪縛を解き、一歩ずれた場所から仕組みの言語を操り始めたとき、組織の冷たい重力は、現場を自律的に動かす未来への引力へと変わり始めます。

デスクの上に積み上がった、確認待ちの山。 その最初の1石を投じることから、組織の呼吸を取り戻していきませんか。

🍵 思考の深部へ:しくみの哲学と構造を学ぶための処方箋

資料作成の重さや、上司との会話の通じなさに、静かな絶望を感じているあなたへ。ツールの使い方ではなく、私たちの無意識の「視座」を変えるための、しくみのスキマの思想(理論・哲学・構造系)へ無理なく呼び込むための案内を用意しました。

▼ 上司や経営層の考えが冷たいと感じ、会話が通じなくて絶望した夜に 異なる論理(ロジックと感情)の国境に立つ中間管理職が、日々支払わされている翻訳コストの構造を紐解く、しくみのスキマの基礎理論。 【保存版】上司との会話が通じなくて絶望した夜に、こっそり読む処方箋 5選


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▼ 完璧な資料作りや、自分だけのこだわり(100点)の美学に縛られそうな時に 標準化とは画一化ではありません。自分の中にある美学を少し脇に置き、あえて誰でも再現できる80点のラインを意図的に引く、ユニバーサルデザインとしての標準化の罠と余白の設計論。 あなたの「こだわり」は、誰かにとっての「壁」かもしれない


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