あなたの「こだわり」は、誰かにとっての「壁」かもしれない
「この資料、フォントが揃っていないのが気持ち悪いんですよね」
「ここの計算式、もっとスマートに組めるはずなんです」
職場で、そんな風に思ったことはないでしょうか。
あるいは、あなた自身がそうやって、細部のクオリティに妥協せず、完璧な仕事を積み上げている方かもしれません。
神は細部に宿る。
その美学は、プロフェッショナルとして素晴らしいものです。
私自身、少しでも見栄えの良い資料を作ろうと、深夜までレイアウトを調整していた時期がありました。
けれど、少しだけ意地悪な問いをさせてください。
あなたが丹精込めて作り上げたその「100点の業務」は、
明日、あなたが急に倒れたとしても、隣の席の誰かが同じように回せるものでしょうか?
もし、答えが「NO」だとしたら。
その「こだわり」は、組織にとっての「またとない財産」であると同時に、
情報の流れをせき止める「見えない壁」になっている可能性があります。
今日は、真面目な人ほど陥りやすい「品質の罠」と、
組織のルールが変わる時に必ず訪れる「混乱」の正体について、少しお話ししてみたいと思います。
「親切」という名の迷宮
仕事ができる人ほど、自分なりの「最適解」を持っています。
一番使いやすいショートカットキーの配置
複雑な関数を駆使して、一発で計算が終わるExcelシート
独自のルールで美しく整理されたフォルダ階層
これらは、あなたにとっては、息をするように自然で、最も効率的な環境でしょう。
まさに、あなたの手足のように馴染んだ道具たちです。
しかし、視点を「組織」に移すと、景色は一変します。
新しく入ってきたメンバーや、他部署の人間から見ると、それは
高度に暗号化されたブラックボックス
でしかありません。
あなたが「親切心」で組み込んだ複雑な関数は、
メンテナンスしようとする誰かにとっては、解読不能な迷宮です。
あなたが「美しさ」を求めて設定した独自ルールは、
後任者にとっては、触れると崩れてしまいそうなジェンガのような恐怖を与えます。
あなたの「使いやすさ(個別最適)」を突き詰めれば突き詰めるほど、
他人にとっての「入りにくさ(参入障壁)」は高くなっていく。
このパラドックスに気づけるかどうかが、業務設計者としての第一歩です。
80点を受け入れる勇気
では、どうすればいいのでしょうか。
答えはシンプルですが、職人気質のあなたにとっては、
少し受け入れがたいことかもしれません。
それは、
あえて80点の仕事をする
ということです。
誤解しないでください。手を抜けと言っているわけではありません。
「自分にとっての100点」を目指すのではなく、
「誰でも再現できる80点」のラインを意図的に引く、ということです。
高度なマクロは使わず、誰でも修正できる平易な関数で組む
美しい独自のフォーマットより、多少ダサくても全員が使っている標準テンプレートを使う
口頭で瞬時に伝わる「阿吽の呼吸」をやめて、面倒でもマニュアルに残す
これらは一見、品質の「劣化」に見えるかもしれません。
しかし、業務設計の視点では、これを
ユニバーサルデザイン化
と呼びます。
特定の達人にしか運転できないF1カーよりも、
誰が運転しても安全に目的地に着ける路線バスの方が、
組織というインフラにおいては価値が高いのです。
自分の中にある「美学」を少し脇に置き、あえて平均点に合わせる。
それは妥協ではなく、
組織を持続させるための、高度な知性
です。
「ルール」という名の亡霊
しかし、この「80点の標準化」を阻むのは、個人のこだわりだけではありません。
時として、組織そのものが変化を拒むことがあります。
「昔、社長がこのフォントがいいと言ったから」
「創業以来、このスライドサイズが伝統だから」
かつて経営層が決めたルールが、
不可侵の聖域のように残っていることはないでしょうか。
当時は「資料を整える」という正義があったはずのそのルールは、
いつしか思考停止を招く「亡霊」へと変わっています。
状況が変わっているのに「過去の正解」を守り続けることは、
もはや統制ではなく、組織の硬直です。
業務設計において重要なのは、「ルールを作ること」ではありません。
古くなったルールを終わらせること(代謝)
です。
個人のこだわり(100点)を捨てて、組織の標準(80点)に合わせる。
同時に、その組織の標準も、常に
「今の私たちにとって最適か?」
を疑い、古くなれば躊躇なく書き換えていく必要があります。
変化は「混乱」の顔をしてやってくる
頭ではわかっていても、
いざその「亡霊」を追い払い、新しい標準に変えようとすると、
現場では必ずと言っていいほど大きな混乱が起きます。
「前のやり方の方が早かった」
「新しいフォーマットは使いづらい」
「なんで今さら変える必要があるんですか」
昨日まで無意識に行っていた「当たり前」を剥がされるわけですから、
現場の戸惑いは当然です。
指先が覚えていたショートカットが使えなくなる不快感。
思考停止で済んでいた部分に、頭を使わなければならないストレス。
これは、ギプスを外した直後のリハビリに似ています。
固まっていた関節を動かそうとすれば、最初は痛みが伴いますし、
思うように動きません。
「ギプスをしていた時の方が楽だった」とさえ思うかもしれません。
けれど、この
使いづらさや混乱こそが、組織が健全な姿に戻ろうとしているサイン
なのです。
ここで「やっぱり元に戻そう」と引き返してはいけません。
その痛みは、組織のOSが書き換わっている証拠です。
「正しさ」だけでは人は動きません。
この混乱期を、丁寧な対話と翻訳で乗り越えることこそが、
業務設計者の腕の見せ所なのです。
「こだわり」や「熱量」は、間違いなくあなたの才能であり、
組織のエンジンのひとつです。
その「熱」をどこに向けるか
それを完全に殺してしまっては、組織は冷たく固まってしまいます。
大切なのは、熱を注ぐ「場所」を変えることです。
日々のルーチンワークや、インフラとなる業務は、
徹底して「冷めたレール(標準化)」に乗せる。
そこで浮いた時間と情熱を、
「新しい価値を生み出す仕事」や「人との対話」、
あるいは
そのレールそのものを改善する設計
に向けてみてはどうでしょうか。
「作業の職人」から、「設計の職人」へ。
あなたが作った資料が美しいことよりも、
あなたが作った「しくみ」のおかげで、
チーム全員が早く帰れるようになること。
その方が、きっと何倍も「美しい仕事」だと、私は思うのです。
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