人が組織を静かに去る理由 ─ 給与でも時間でもなく、「鏡の歪み」に耐えられなくなった時
静かに去っていく人たちの背中
「キャリアアップのため」「新しい環境に挑戦したいから」
退職の面談で語られるこうした前向きな言葉の裏で、私たちはどこか割り切れない違和感を覚えることがあります。
残業が異常に多かったわけでも、給与が極端に低かったわけでもない。
むしろ、誰よりも真面目に働き、現場を支えていたはずの人が、ある日突然、静かに去っていく。
その本当の理由は、物理的な待遇ではなく、もっと内発的で切実な「ズレ」にあるように思います。
それは、「自分が自分に対して下している評価」と、「組織が自分に下す評価」の間に生じた、埋めがたい断絶です。
「正しさ」の物差しが違う
仕事に向き合う時、私たちはそれぞれ自分なりの「正しさ」の物差しを持っています。
未来のトラブルを防ぐために、時間をかけてでも構造を整えようとする丁寧さ。
波風を立ててでも、本質的な課題に向き合おうとする誠実さ。
しかし、その人が所属する組織のOSが、「短期的なスピード」や「波風を立てないこと」を最優先とする設定になっていたとしたら、どうなるでしょうか。
本人は「組織の未来のために価値ある仕事をしている」という自負(自己評価)があるにもかかわらず、組織からは「仕事が遅い」「空気が読めない」という全く逆の評価(他者評価)が下されます。
これが、評価のズレの正体です。
能力が足りないわけでも、サボっているわけでもない。ただ、解いている「時間軸」や「問い」の単位が違うだけなのです。
「鏡」に映る自分が歪んでいく恐怖
評価というものは、いわば「組織が自分をどう見ているかを映す鏡」です。
人は、少々の激務や理不尽には耐えられます。自分がやっていることに「納得感」さえあれば、泥水をすすることすら厭わないものです。
しかし、組織という鏡を覗き込むたびに、自分の信念や誇りが「無価値なもの」として歪んで映し出され続けると、次第に呼吸ができなくなっていきます。
希望の部署に配属されない、やりたい業務に就けないという不満も、根底にあるのはこの構造と同じです。
自分の得意なこと、価値を感じていることが、組織の求める機能と噛み合っていない。
「ここでは、自分の大切にしている価値観はノイズとして処理されるのだ」
「この評価軸に自分を合わせるということは、自分自身のOSを捨て、別の人間になるということだ」
その絶望的な悟りに至った時。
人は怒ることも、抗議することもやめ、ただ静かに心を閉ざし、別の鏡(環境)を探して去っていくのです。
評価を「絶対的な正解」から「相対的な配置」へ
人が辞めていく時、「うちの評価制度が悪いのか」と制度のせいにするのは簡単です。
しかし、どんなに精緻な制度を作っても、人と組織のOSが違えば、この摩擦は必ず起きます。
大切なのは、評価を「絶対的な人間価値の測定器」として扱うのではなく、「今の組織と個人のピントがどれくらい合っているか」を測る、相対的なものだと捉え直すことなのかもしれません。
ズレているのは、人ではなく、重力(引力)の向きなのです。
その静かな構造に気づくことができれば、去っていく背中にかける言葉も、また少し違ったものになるのではないでしょうか。
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