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しあわせの色を、ママにおしえてよ【第2話】

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黄色が、くすみがかるくらいに


「木下先生」

自席で当てもない思考に陥っていたとき、遠くから小さい声で呼ばれた気がした。気のせいかしら、と思いつつも振り返ると、そこには確かに私の名前を呼ぶ人物が立っていた。

木下先生。と、小さな声でもう一度、彼女は私の名を呼んだ。すごく深刻な顔をして、窮屈そうに肩を縮めて。いつも着ているパリッとした白いYシャツのボタンは、きっちり第一ボタンまで固く閉じられている。黒く長いスカートにシャツインしていることで、その服装は彼女の細い身体をより強調していた。

「ああ坂神さん、おはよう。どうしたの」

私はバタバタと立ち上がった。彼女に駆け寄るまでの間に、すでに彼女はなにやらぼそぼそと話し出している。

「…………なので、面接の対策を講じようにもですね、自分の中ではやるべきことは定まっているようには思いますが。ええ自信はないのですハイ。とてもではないですが時間がないですからね。ええ。明日ですから。第一希望のオーブ社一次面接です。ですが先生からの連絡がなかったものですから、こうして来てみたのですけども。本日はいらしていたのですね」

坂神さんのいつもの早口弾丸トークが始まってしまった、と思うやいなや、私は自分が取り付けていた約束をすっぽかしているのだという事実に、その瞬間気づいた。

「……ご、ごめんなさい! 坂神さん! 昨日娘の通院が入って、そのまま在宅勤務にしてしまって…………。昨日の11時に面接の練習をする約束だったもんね。大変、申し訳ない。今からやろうか」

「ええ、まあ、大丈夫です。えっと大丈夫ではないですけども大丈夫ですよ気にしておりません。そういう意味です、ええ。練習はぜひお願いします。なんせ明日オーブ社、第一希望ですので。時間がございませんので。まあ自信もないですけどね、しかしながら練習はしておかないとな、と思いまして」

はい、はい、ごめんなさいね…………。
私は言いながら、彼女のトークが終わらぬうちに自席からPCを持ち出し、面接練習の支度をする。

彼女の視線を感じながら、どこか空いている教室がないか、教室管理表を見に行く。

頑張るっていいながら。私。
いったい、なにをしているのだろう。
子どもを理由にして。失敗をごまかしている。

この灰色に染まった心の虚しさを彼女に悟られないように、私はそっと笑顔を作る。

「ごめんね。お待たせ。じゃあ2階にいこうか」

せめて彼女のいいところを引き出そう。1個でも2個でも。
そうしたら今日の自分は、少しはましな人間だと信じられるから。


娘が3歳を過ぎ、少し発熱リズムも落ち着いた頃。私にまわってきたのは就職活動支援の業務だった。

「IT」「情報」の技術向上に惹かれ、あるいはそういった企業に就職を目指す学生が入学してくるこの学校。当然、多くの学生の最終目標としては「就職」になる。
が、この就職の壁は彼らにとっては想像以上に高い。
メールやチャットでは余計な言葉さえ出てくるのに、実際に会うとまったく目線も交わすことができなかったりする。もちろん一概にはいえないが、他の姉妹校の学生と比較しても、口下手は多い気もする。ちなみにこれは偏見ではなく、教員として数多くの学生に触れあってきての感覚、感想だ。

そんな中で坂神さんは、私にとっては新しいタイプの口下手だった。ふと思った感情がそのまま流れるように言葉になってしまう。相手の話もさえぎって、自分の感情を優先してしまう。

これがもしかして。ADHD(注意欠陥多動性障害)ってやつなのかな。それとも、ASD(自閉症スペクトラム障害)というやつでもあるのかな……

最近、嫌でも目に付く情報が脳裏をかすめる。が、もちろん本人に伝えることはない。


「…………以上が、私が御社を志望する理由となります」

「はい、ありがとうございます」

私は面接官役として、彼女の向かいに座りながらメモを取る。その間も、落ち着かない様子で彼女の膝と手が小刻みに揺れる。

「次の自己PRに移る前に、いったんお話するね。坂神さん、うん、ちょっと、落ち着こうか」

私は、彼女が真似をしてくれるように、目の前で大きく腕を天井に掲げて、伸びをしてみる。
肩の力を抜いてさあーーーと言いながらついでにあくびまでしてしまったものだから、なんだか、いぶかし気な顔で彼女はこっちを見ている。

「あ、ごめんごめん。あのね、ここまでとは言わないけれど。坂神さん、まず、話をするときには聞いている相手がいるわけだから。聞いている人に届くように、落ち着いて、聞き取れる速さで話してみて。いいことは言えているの。会社のこともよく調べてあるし、自己成長に絡めてアピールも上手にできてる。でも、なんだか速すぎて伝わりにくかったかな。ここまではいい?」

身体の揺らぎをおさえるように、彼女は自分の左の二の腕をぐ、と右手でおさえながら「はい」と言った。
いつものメモをとってもいいよ? 私がそういうと、彼女は「それでは失礼します」と言いながら、そばにある就活用のバッグからメモ帳とペンを取り出す。
手のひらサイズの小さい、でも一センチくらいの分厚さのある手帳に、いつも彼女は私の話をメモする。
その黄色い表紙は、使い込まれてすっかりくすんでいる。その鈍い色味は長い年月すら感じさせるが、就活用のメモなのだ。まだ使い始めてそう何年も経ってないはずなのだけど。

彼女のメモがひと段落したら、私は続ける。

「あと。もっとね、なんていうか、情熱をのせてほしいかな。きっと緊張しているんだよね。でも、緊張はしていてもいいから、『ここに入りたいんです!』っていう、熱意がもっとほしいかも。
正直ね、志望動機はみんな同じようなこと言うと思うの。同じ企業を志望する人は。じゃあなにが比較されるかって、持っている資格や経験値だなんだっていうよりは、この『熱意』だと思う」

情熱…………熱意…………
つぶやきながら、坂神さんの手がさらさらと動く。

「しかし、先生。あ、お話してもいいですか」

坂神さんがペンをもったまま挙手する。

「はい、どうぞ」

「やはり資格で比較されてしまうのではないでしょうか。私、正直、授業は毎日真面目ににうけました。皆勤賞です今のところ、ハイ。でも、基本情報技術者試験は受かりませんでした。これが終わったらもう一度やってみようとも思いますが、どうにも私、苦手です。ハイ……。そんなできないヤツと比較したら、正直、私が面接官であれば資格を持っている方を採用したいと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか、先生」

彼女はたしかに頑張っていた。毎年、基本情報技術者試験は受験の申し込みをしつつも、いい結果は出なかった。過去問題の点数を見るに、正直まだまだ合格点には遠いだろうと思われた。

彼女の言いたいことは、とてもよくわかる。そしてこの真面目さゆえに、きっと不安も大きかったんだと感じる。

「正直にいうと、面接官次第でもある。それはそう。坂神さんのような基準に従う人もいるかもね。
でもね、これから坂神さんの受ける面接は、新卒採用の試験なの。新しく社会人になる人を、成長させたいと思う企業が募集をかけてくれている。技術を持っている人がほしければ、中途採用でいくらでも取れるはずだよね。今、システムエンジニアとか、IT企業の人が転職するなんて当たり前のことだから。その中で新人を募集している。成長したいと思っている人を、企業は求めている。つまり、いっしょに成長したい、この人と同じ職場で働きたい! そう思える人を探しているんだよ」

坂神さんの手は止まっている。メモもせず、その目は私をまっすぐ見つめている。

「私、坂神さんが1年生のころからずっと、真面目に、いつも一番前の席で授業を受けてきたの知っているよ。だからこそ、坂神さんのそういうところ、面接官が知らないままなのは、なんというか、嫌だな。すごくもったいない。あなたが秘めている熱意を、もっと打ち出そうよ。
……あなたが思っているより、あなたは面白くっていい子なんだよ!」


私は彼女の真っ黒に澄んだ瞳に直接届くように、笑いかけた。
「そうでしょうか。自分ではなんともわかりかねます…………」
そう言いながら、控えめにはにかむ彼女の顔は、いつもよりも年相応に見える。

「あ、坂神さん! それよ、それ。あとはね、笑顔。笑顔で、相手を見つめて、頷くの。笑顔が出るか出ないかはとても大切。職場でも、一切笑ったりしない人となんて仕事したくないでしょ?」

そ、そういうものでしょうか。と、坂神さんがキリリとした表情に戻して答える。きっとその顔が彼女にとってのデフォルトなんだろう。それもそれで、いいんだけどね。

「そういうものですよ! 次、自己PRのときには笑顔、意識して!」
私は笑顔で彼女に言い切る。

「わ、わかりました」

坂神さんがメモを再開する。
『笑顔、大事。』『笑顔が重要』
きっと苦手だからだろう。同じことを2回書いていた。

彼女はオーブ社を第一希望にしている。その前は別の会社が第一希望だった。書類選考で落ちた。その前に第一希望にしていた企業では、一次面接に進んだ。だめだった。「彼女はコミュニケーションが少し難しいですね」と、企業から面接のフィードバックがあった。その前は…………

彼女が就職活動を開始して、半年が経過していた。
そろそろ。彼女のいいところを、しっかり理解してもらえる企業に出会わせてあげたい。
彼女のメモのくすみを見つめて、私は決意を新たにする。


過去には大人数に対して何度も授業をしてきた。
けれど、こうして1人ひとりに寄り添いながら、将来の進路をいっしょに切り開いていくこの業務に、私は今、救われているのかもしれない。
彼女が頑張ってくれることが。
私を頼りにしてくれていることが。
この今の私の中で枯れていく教員としての灯火に、ふぅ、と酸素を吹き込んでくれるのだ。


透明で聡明な、群青色


「今日の焼き魚は鯖ですか」

二週間ぶりの帰宅早々に、仕事用のカバンも降ろさずにキッチンにやってきた啓太さんは、私にそうささやいた。

「あ。おかえりなさい。うんそう、塩焼き鯖。臭かった?」

「いえいえ。大好きですからね、焼き鯖。さらに塩なら、もう最高ですね」

彼は静かに微笑んで、身支度を整えに自室に音もなく進んでいく。


***


出会った時から啓太さんは、物静かな人だった。
大学時代、教育学部の手話サークルに所属していたとき、夫はOBとしてたまにサークルに顔を出した。

飲み会などで席をともにすることがあって、たまたま話をしたことがきっかけで、連絡先を交換し、そのまま仲を深めていった…………
なんだか、言葉にしてしまうと、よくある陳腐なお話だ。でも、彼に出会えた私はとても幸運だと思っている。

誰に対しても敬語なのは当時から。所作も非常に静かで丁寧で、「物静かな人」だなんて形容詞は、彼のためにあるようなものだった。

私はわりと、自分でも言うのもなんだが、なにかに向かっている自分が好きなタイプだ。一生懸命に頑張っていれば報われる。そう信じて、まっすぐに自分の道を突き進むタイプ。
彼の前にお付き合いした男性には
「俺に興味がないんだ」
「頑張るのはいいけど、こっちにも気にかけてくれよ」
そんなことを毎日聞かされていたっけ。
全国手話検定試験に夢中だった私は、はいはいと思いながらそのままにしておいたら、その人は次に見かけたときには、後輩のかわいらしい金髪の女子と付き合っていた。心底どうでもよかった。

しかし、啓太さんは違った。

「何かに夢中になれるって、才能ですよね」

飲み会の席で初めて話をしたときから、啓太さんは私の目を見てそう言った。
誰にでもできることではないと思いますよ。そう続けながら、ふ、とほほ笑んで、口を小さくあけてビールをちょこっと含んだ。

真っ白い彼の肌、血管が浮かび上がる首筋、清潔そうなポロシャツからでている細い腕。

彼のすべてが、その瞬間私の目に、ビン!!!!と焼き付いた。そして毛細血管のいたるところに音を立てて、刻印のように跡を残していった。
彼がなにかを発言しているのを見たのはそれが初めてだったが、私は初会話にて見事に撃ち抜かれたのだった。


***


「啓太さん」

塩焼き鯖を静かに静かに食べている彼が前に座る。
私の右隣りには幸。彼と同じ焼き鯖を出したが、半年前くらいに骨取り鯖に小さな骨が残っていたことがあってから、魚を出すとそれだけで不機嫌になる。
「また骨があったらどうするのお」
ずっと文句を言っている彼女を落ち着かせてから食べたいので、私のご飯はまだ食卓にはない。

「幸がこの前保育園で言われたってこと。どう思う? やっぱり行くべきなのかな。相談に。役所か、さっそく療育なのかわかんないけど…………」

彼が単身赴任の間に、言われたこと。幸の様子。毎日のように電話やチャットで報告はしていたけれど、今夜こうして彼を前にしてこの話をするのは初めてだった。

「そうですねえ。とりあえず、幸がご飯を食べて、寝かしつけて落ち着いたらにしましょうか。幸もやっぱり、自分のこと言われたら、わかっていると思いますから」

は、とした。私、夫が大好きな魚を焼いてまで待っていたのに。娘に困ったという話を娘の前で、夫が魚をようやく食べているときにしようとしていたことに、気づいていなかったのだ。

自分の行いに、しゅん、としつつ、すでに食事に飽きて、パパに最近好きな外遊びの話をしている幸の口にご飯を運ぶ。食卓を汚したくないからって、最終的にこうしてなんでもやってあげちゃうことがいけないって。わかってる。
そして私は、焦っている。
彼に「きっと大丈夫だよ」と言わせようとして。とても焦っているのだ。


「パパ、お花ぬりぬりしよお」

幸は久しぶりのパパとの触れ合いを思う存分満喫している。
そんな日には「彼女を二十時半には布団に入れないと」という母としての使命は、忘れるように心がけている。
私は、幸がパパに思う存分甘えている姿と、幸を心から愛おしそうに奥底までを見つめている、啓太さんの瞳を眺めることが好きだった。

彼の瞳は、とても澄んだ、深い群青色をしている。遠い親戚の中に、ロシア人でもいるのかもしれない。と私は本気で思っているのだけど、そんなことはないですよ、と彼にはいつも笑われる。まあ、ルーツはなんでもいい。
彼の聡明で澄んだ心が、そう見せているのかもしれない。

「これは、ひまわりですかね。何色にしましょうかね」
「うーん…………そうだ! きいろとーーーーむらさきとーーーーあおをーーー使っちゃう!!!」
「なるほど。幸のひまわりは、一番、目立つ色かもしれないですね。蜂さんがいっぱい来てくれそうですね」
「ぶん、ぶん、ぶん。蜂がとぶーーーー。パパも! こっちぬって!」

はいはい。と、彼が色鉛筆がたくさん入った筆箱に手を入れる。引き抜かれた手には赤、黄色、オレンジの三本。
「幸のひまわりがすごく素敵なので、パパも真似して三色で塗ってみようと思います。いいですか?」
「いいですよーーー!」

その様子を見ながら、いつも。幸のパパがやはり彼でよかった、と安堵する。いつも一緒にいて、もはやなんにでもイラついてしまう私にはできない声がけ。対応。
この娘の自由さに毎日向き合っていると。私は、物事をスムーズに前に進めたがって、常識を当てはめて、その彼女の良さまで私は消し去ってしまう。

それは、自分が一番、よくわかっているのだ。



幸は眠りに落ちるまで、何度も何度も「パパのひまわりは、あか、きいろ、オレンジが、一個ずつあって、すごくかわいかったよね」とささやいていた。そうだね、そうだね、とそのたびに答えた。
そして啓太さんと私の間に寝転がって、何度も私たちの顔を交互に見つめて、おんなじだね、と笑った。

「なにがおんなじ?」

啓太さんが尋ねると

「今日は、みんながおんなじ。おんなじお布団で、おんなじ時間に、みんなで寝るの。おんなじで、うれしいね」

そうですね。と啓太さんはそのたびに笑い、幸の髪にふれた。髪の毛に触れられると、幸は少しずつ言葉がしぼんでいき、やがて寝息をたてた。



「アコは、何が不安なんですか」

アコとは、私のことだ。愛という私の名前を彼は「アコ」と呼ぶ。なんでかは、わからないが。

「不安…………なのかな。うん。というか、なんていうか…………わからない。どうしたらいいのかな。保育園ではやっぱり、話も聞けないし、集団行動は難しいみたいだけど…………これっていわゆる、今でいう『個性』なんじゃないのかな? わざわざ、役所いって手続きして、長いこと待って療育行って…………『発達障害です』って、はっきりさせにいかなきゃいけないことなのかな? 幸、危害を加えるタイプではないんだけど…………あと卒園まで少しなんだし、保育園に対応をお願いしちゃいけないのかな」

私。夫の前でも、優等生であろうとしている。言葉を選んで、否定されたくないから、味方をしてくれそうな言い方をしようとしている。

わかっている。わかってるの、全部。

うん、うん。
啓太さんは幸の髪を静かに撫でつけながら、頷いて聞いていた。
そして、身体を起して、決して物音を立てずに私の隣に移動し、今度は私の染めてもいないのに痛んでいる髪の毛を撫ぜた。

「アコは、幸の保育園でのこと。『個性』だって思うんですね。僕も、そう思いますよ。幸は個性的。そしてそれは、アコも同じ。僕も変わっていると言われる。世の中のみんな、個性的ですね。今はそう言われる時代ですからね」

暗闇の中でも、彼の群青色の瞳が、まっすぐに私をとらえているのがはっきりわかる。

「でもね。その自分の個性の扱い方を、幸はまだわかっていない。他の子よりももしかしたら大きな『個性』を抱えているからこそ、きっと苦労している。自分のことをセーブできない苦しさをもって、毎日、できないことをしに行っているんですよね。ただの保育園。僕たちからしたら。でも、幸にとっては、毎日試験に行っている気持ちかもしれませんね。なにかをすれば『間違っている』『もっとこうして』と指摘され続けるのだから。
…………アコだったら、頑張れるでしょうね。アコは頑張り屋さんで…………いや。『頑張りすぎ屋さん』だから。でもね、幸もそうですよ。すごく頑張ってるでしょ。ワガママ言ってるみたいに見えてしまうんですけどね」

外で、また雨が降りだした音がする。
啓太さんはそっとささやいているのに、声がじんと頭の奥まで低く静かに響く。

「…………まずは、アコと、僕で。幸のことをしっかり見つめましょうよ。なにが難しくて、どうしたら彼女が生きやすくなるのか。そのベストを、いっしょに探しましょう。その答えが『療育』かもしれないし、そうではないかもしれない。でも、まずは幸のことをもっとよく見てみましょう。
僕がいつも一緒にいられなくて、これはアコにお願いするしかなく、申し訳ないけれど…………」

啓太さんが、ぎゅ、と抱きしめてくれる。
このぬくもりに、私はいつも甘えているのだ。
ただ、ぬくもりがあれば不安が、完全に消えるというわけではない。

私は、このままでいいのかな。
心のどこかの私がそう、ささやいてくる。

私。幸のこと、いつも見ているよ。
ひとりでも頑張っているよ。
でも、足りないのかな。
幸もきっと大丈夫、このままでも頑張れるはずって、思っていたらいけないのかな。

でも私は、自分の中の問いかけを無視して、彼の腕の中に深く深くもぐりこみ、いい子で眠るフリをした。


雨が、ぽつぽつと窓の外をたたく。
深まっていく夜の中。
まだまだ私は頑張らなくっちゃいけない。
そう心の中で決めるけれど。 

きっと、今のままで。いいんだよね。
私は私でいいって。そういうことだよね。

もう一度心の中で問いかけても、自分の思いに私は答えられない。
雨音を遠くに聞きながら、私はすがるように、彼の背に腕をまわした。





第3話へ続く







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