【発達グレーな息子の子育て】#1 知らない土地で、私はママになった
「早く会いたい」
妊娠した私は、いつもそう思っていました。
24歳で結婚し、
夫の仕事の都合でまったく知らない土地へ引越し、
少しの不安を感じつつも
新たな生活を穏やかに送っていました。
そんな折に、妊娠。
大丈夫だと思ってた。
今までもなんだかんだ上手くやってきたんだから、と。
穏やかに、時に悩みながらも
ふわふわした赤ちゃんを胸に抱いて、
ちゃんとママになれると思っていました。
でも——
振り返ると、
最初の“少しの不安”を甘くみていたと、
今では思います。
前回の記事はこちら⤵︎
結婚を機に、
私は生まれてから今まで育ってきた慣れ親しんだ場所を離れました。
新しい土地での生活は、
自分が在宅フリーランスを選んだこともあり、
日中はただただ静か。
夫は仕事へ行っているので、
知らない土地で、知っている人もいない中、
穏やかだけど、少しだけ心細いものでした。
連絡をとる友人はいても、
実際に対面して
お喋りしたり食事したりする友人は、
ここにはいない——
これは、在宅ワーカーにとって
想像以上に孤独でした。
それでも、
「そのうち慣れるよね」と自分に言い聞かせて
単調な毎日を過ごしていました。
その中でわかった、妊娠。
この時は、大きな不安などもなく、
夫も子どもを望んでいたこともあり、
とにかく嬉しくて、どこかホッとしました。
つわりは、かなり酷い方でした。
常に吐いて、
何も食べれず、
点滴で凌ぐ日々——
それでも嘔吐恐怖症を乗り越え、
大きくなるお腹にほっこり幸せを感じる日々。
エコー写真を見るたび
「早く会いたいな〜」と
ほわっとした温かい気持ちになったことを覚えています。
持病があるので
主治医がいる地元へと
里帰り出産することを予定していた私。
病院と病院の連携も必要だったため、
早々に里帰りすることに。
実家には両親がいて、
慣れた環境があって、
何かあってもすぐに頼れる。
そして、
気兼ねなく話せる友人たちもいる——
それだけで、不思議と安心できました。
実際に里帰りしてからの生活は、
とても穏やかでした。
日中でも話し相手がいて、
困ったときには手を差し伸べてもらえる環境。
「大丈夫!」
「ここに赤ちゃんが生まれても
上手くやれるはず」
そう思える毎日でした。
出産予定日まで1ヶ月を切ると、
今まで「大丈夫」と
何の根拠もない自信とポジティブさを持っていた私に、
ピリッと、
翳りが見える瞬間が、
現れたのです。
「本当に大丈夫だろうか」
「元々体力ないのに、
寝ずに育児ができるだろうか」
「産まれたら、
もう逃げられない」
今思えば、
おそらくマタニティーブルーだったのでしょう。
それでも、
いつも寄り添って支えてくれる実家の家族、
時間を作って会いにきてくれる友人たち、
毎週、車を2〜3時間走らせて
優しい会いにきてくれる夫——
彼らがいたから、
「きっと大丈夫!」
「私なら、やれる」
「ちゃんとママになってみせる」
そう思えていたんです。
——でも、やっぱりこの小さな違和感。
今振り返ると、見逃してはいけなかったと思えてなりません。
自分の不安、
そして自分の思考傾向を見て見ぬふりした結果、
この先、自分が戸惑うことになるなんて。
絶望するほど追い詰められるなんて。
このときは、まだ想像もしていませんでした。
はじめての出産までを振り返ると、
不安もあったはずなのに、
「安心していた記憶」のほうが強く残っています。
しかし、守られている場所にいたことで、
見えなくなるものもあるんだな……
今では、そう思います。
このときの私は、
まだ“自分”を理解していなくて、
ただ「大丈夫」と言い聞かせていました。
ここから少しずつ、
私たちの日常は変わっていきます。
もし同じように、
「なんとなく不安」「でもきっと大丈夫」と思っている方がいたら。
この先の話が、小さやヒントにつながれば嬉しいです。
次回は、
出産直後に感じた“最初の違和感”について
振り返っていきます。
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