かき氷考(魯山人風)
1.はじめに
2025年7月26日に、クラブハウスにて開催される夏の朗読祭りに向けて、今回のテーマのうちを夏を感じる作品、北大路魯山人の二つにかけて、「かき氷」について語ることとしました。新たに創作したストーリー一をChatGPTで魯山人風にし、さらに、それを編集したものです。
たかがかき氷、されどかき氷。なかなか奥の深い食べ物です。暑さを忘れて熱くたっぷりと語ります!

読み初めは、おもにゃんこと福岡敦子さんに御願いしています。その後はどなたでもお読みいただけますが、事前にご一報ください。許可なき引用、転載はご遠慮ください。
なお、魯山人調の作品は、2025春の朗読祭り用に作成したものがありますので、こちらも合わせて御覧ください。
また、この話を落語にしたものを公開しています。こちらもご覧ください。
2.かき氷考
かき氷――この涼味(りょうみ)こそ、夏の食(しょく)の妙味(みょうみ)である。もとはといえば、庶民の口を潤(うるお)す簡素な甘味(かんみ)に過ぎなかったものが、近ごろは、やれトッピングだ、インスタ映えだと、妙(みょう)ちきりんな装飾を施(ほどこ)して、本来の風趣(ふうしゅ)も気韻(きいん)もすっかり失せ果てた。食とは、飾り立ててごまかすものではない。美味とは、素材に対する深い洞察と、味覚・感覚の洗練(せんれん)の先にのみ立ち現(あらわ)れる。
そもそも、かき氷の由来は古く、記録に残るものだけでも平安の御代(みよ)に遡(さかのぼ)る。『枕草子』には、「削り氷に甘葛(あまづら)をかけて食ふ」とある。冬の寒中(かんちゅう)に切り出し、氷室(ひむろ)に秘蔵(ひぞう)された氷を、夏に削って食(しょく)す。これは高貴の者にのみ許された特権であり、富(とみ)と権威の象徴であった。江戸の時代にもその威光は続き、日光や富士山麓の氷室(ひむろ)から献上(けんじょう)される御用氷(ごようこおり)は、藁(わら)やおがくずに厳重に包まれ、涼(すず)しき夜陰(やいん)に運ばれて将軍の食卓に供(きょう)されたのだ。その光景を思えば、現代の電気冷蔵庫などいかに無風流(むふうりゅう)で味気ないことか。
このような氷を、今日では誰もが口にできるとは、まことに時代が良くなったと申すほかない。しかし、食する者の態度が、それにふさわしいものであるかは別問題である。かき氷のだいご味は、時を味(あじ)わひ、空気を味わひ、己が精神の静まりを味わふ一椀(ひとわん)の芸術であることだ。何も知らずして食する者と、知りて味わふ者との間には、味覚以上の大いなる隔(へだ)たりがある。
この奥処(おくしょ)を真(しん)に理解し、味わひ尽くし得る者は、今もって稀(まれ)である。凡百(ぼんぴゃく)の人々、ただ冷たき甘さを貪(むさぼ)るのみにて満足せるが、斯(か)くの如き深き理解を有する者にとりては、かき氷とは単なる夏の甘味(かんみ)ではない。味わいにして風雅(ふうが)、五感すべてを駆使(くし)して楽しむ“時間の芸術”なのだ。
よって、食(しょく)すにもふさわしき場所がある。涼しき風通しの濡縁(ぬれえん)、葦簀(よしず)越しに揺れる木漏(こも)れ日。そこに、ときおり鳴る風鈴(ふうりん)の音(ね)。肌に感じていた暑気(ねっき)が、少しずつ冷えてゆく身体(しんたい)と心――これこそが、かき氷を味わう作法の本懐(ほんかい)なのである。
これに反して、冷房の効いた屋内にてかき氷を食(しょく)すとは、涼を“機械の冷気”と取り違へたる、無粋(ぶすい)の極(きわ)みなり。氷とは、夏の暑さの中にこそ呼応して生きるもの。汗ばむ肌に風が抜け、光が揺れ、心身ともに熱を帯びたその先に、ひと匙(さじ)の氷が沁(し)み入る。そこに初めて、味は立ち、涼(りょう)は沁み、五感の調(しら)べが整うのである。
身体をすでに冷房で冷やしてしまへば、氷はその使命を果たせず、料理の魂を空調に明け渡すに等しき行為となる。味は舌に届かず、ただ寒さばかりが残る。かき氷のもたらす最大の悦楽――風(かぜ)、光(ひかり)、音と響き合ふ五感の調べ――を失ふも同然にて、まこと、食(しょく)の風趣(ふうしゅ)を損(そこ)なふ、遺憾(いかん)の極みとなる。
かき氷の作法において、風雅(ふうが)にして理知的なるものは、関東の様式(ようしき)である。すなわち、蜜(みつ)は氷の上からかけてはならぬ。底に沈んだ蜜が、透き通った氷を通してほのかに見える。その風情(ふぜい)こそ、目に涼(すず)やかにして心を洗うのだ。関西風の如く、最初から上から蜜をかけてしまうのは、風情(ふぜい)もへったくれもない、味のみを追う粗雑(そざつ)な貪欲(どんよく)に過ぎぬ。
関東風のかき氷の作法においては、初めより匙(さじ)を器(うつわ)の中に差し添(そ)ふるのが正統である。是(これ)は、単なる便宜(べんぎ)ではない。供(きょう)する側の心配り、また、食する者の心得(こころえ)を静かに問いかける作法の一環にして、食の礼儀を体現せるものである。
この匙(さじ)を如何(いか)に取り出すか、その一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)にて、食(しょく)する者がいかほどの心得(こころえ)と作法とを有するか、直ちに観て取れるのである。無作法(ぶさほう)にぞんざいに引き抜かんとすれば、氷の峰(みね)は崩れ、器の外に無残にこぼれ落つる。これを避けんとすれば、掌(て)にて山を押さえ、しかと固めるほかなし。されど、固め過ぎれば匙(さじ)は氷りに噛(は)まれて抜けなくなる。全体は程(ほど)よく崩れぬ程度に締め、しかして匙(さじ)の周囲は緩やかにして抜きやすく――この按配(あんばい)を極めるところに、食(しょく)する側の精(せいみょう)妙な用意と、美意識のすべてが籠(こ)められておるのである。
そして、いよいよ匙(さじ)を抜く刹那(せつな)、氷の冷熱、匙を持つ指先より身体(しんたい)へと静かに伝わるのだ。感覚のすべてを澄(す)ませて臨(のぞ)まねばならない。ここに要(い)るは、雑念なき集中と、沈着(ちんちゃく)なる気息(きそく)。まさしく、「心頭滅却(しんとうめっきゃく)すれば火も亦(ま)た涼(すず)し」――その境地へ入(い)る、ひとつの導きとなるのである。
氷は、峰の上から順に、薄く、ゆっくりと口に運ぶ。中を掘り崩して蜜を吸おうなどとは、はしたないことこの上ない。まずは清涼(せいりょう)を味わい、甘味はそののちでよい。すると、次第(しだい)に氷の隙間(すきま)から漂(ただよ)う芳香(ほうこう)が、味覚と嗅覚の両方をくすぐるようになる。これをもって、はじめて「味わう」と言える。
この妙味(みょうみ)を最大限に引き出す器(うつわ)は、やはり無色のガラスである。透明か、せいぜい半透明。色柄の派手な器など以(もっ)ての外。文様(もんよう)があるならば、控えめに、氷の美を引き立てるものでなければならぬ。かき氷という白の小宇宙が、夏の陽(ひ)の光に照らされ、すこしずつ溶けながら、静かにきらめく――そこにこそ美がある。
斯(か)くの如く、かき氷は、其の素材においては極めて簡素なるものなれど、実に深遠(しんえん)なる味趣(おもむき)と精神性を宿(やど)せる食物(たべもの)である。氷と蜜、ただそれだけなれど、その一碗(ひとわん)に凝縮(ぎょうしゅく)せられたる五感の美の交響(こうきょう)を、真(しん)に味わひ尽(つ)くし得る者にとりては、あらゆる料理の奥処(おくか)もまた自(おのず)ずから開かれる。
関東風の作法は、まさにこの“味わふ”という行為を極限(きょくげん)にまで高(たか)めし完成の境地にあるもので、五感を澄(す)まし、時と空間をも味わうための道であった。にもかかわらず、今日(こんにち)においては、斯様(かよう)なる高雅(こうが)の流儀(りゅうぎ)は既に忘れ去られ、見栄(みえ)と甘味(かんみ)に奔(はし)るのみの関西風なるものに席巻(せっけん)されている。これ、氷の持つ繊細(せんさい)なる美を台無(だいなし)しにし、味一辺倒(あじいっぺんとう)に堕(だ)したるその風潮(ふうちょう)、これぞまさしく、味覚の粗野(そや)、食の品位(ひんい)の頽廃(たいはい)と申(もう)すべく、嘆げかわしい極(きわ)みなり。
(おわり)
かき氷はどこで?
さて、この話は、文字通りに受けていただくもよし、「ぶぶ漬けどうどす」の京都人の言葉と受け止めるのもよし。かつてのかき氷が持っていた情緒的な価値に変わりはないでしょう。
先日、人形町の甘味処(初音)に入ったところ、さすがに冷房は効いていたものの、出されたかき氷は昔っぽい体裁で、スプーンはしっかりと器の中に入った状態で出てきました。懐かしい。

筆者は、その昔、鰹節を削るような鉋(かんな)の大きなもので氷をかいて出す店があったのを思い出します。エアコンなどなく、葦簀(よしず)の木漏れ日の中で、長椅子に腰かけて食べたものが、なんとも美味しかったことか。かつては、町中華にもあったかき氷が、いまや、通年でインスタ映えのするかき氷を提供するような専門店まで登場しています。

かき氷の通年のスタンドも登場してますね。

そして、ミルクの入った水を凍らせてつくる台湾風のかき氷も出回る様になりました。薬膳の香りがするかき氷は、単に体を冷やすだけでなく、いたわりを感じさせるものです。

フルーツパーラーはこれでもかというくらいの濃厚なフルーツ入り氷を削って出してくれます。これはかき氷というよりフリーズドフルーツです。

この頃は、和菓子屋がかき氷をだすことが普通になってきています。地元でも特製ジャムをたっぷり使ったかき氷を出してます。まさに和菓子感覚です。

そして、やはり虎屋。はさすがな品を提供しています。月毎、茶寮ごとの特別メニューがあり、外せません。

ビジュアル系は最近の主流ですが、例えばこんな感じ。

そして、氷室があったことから、かき氷が街の名物となっている奈良。奥ゆかしく、万葉の歌人の名を関した趣のあるかき氷を提供しているお店もありました。

鹿児島のシロクマも外せないですね!

皆様のかき氷体験を、ぜひお聞かせてください。
