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落語『かき氷』

はじめに


夏の朗読祭り用に、かき氷をテーマとして魯山人風の作品を書き下ろしたところ、関西勢からの予想通りの反発はあったものの、好評をいただきました。この話は、いろいろと変換が可能なので、落語版を作ってみました。ご笑覧いただければと思います。クラハの京都部屋の楽屋落ちが入っている部分がありますので、演ずる場所・機会により適当に直していただくとよいでしょう。朗読は自由ですが、事前にご一報ください。無断の転載・引用はお控えください。


落語『かき氷』


登場人物:
・御隠居(いんきょ)…物知りな江戸っ子。風流と食にこだわる。
・八っつぁん(八兵衛)…そそっかしく新しい物好きの町人。


(よしずから木漏れ日が落ちる濡れ縁。ときおり風鈴の音が鳴るなかで、御隠居が団扇で涼んでいる。そこへ汗だくの八っつぁんが駆け込んでくる)

八っつぁん:
あっちぃ〜〜っ! 御隠居、助けてくだせぇ。干からびちまいますよ。
さっき「桃とアボカドの冷製スムージー氷」っての食ったんですが、余計に喉乾いちまって……

御隠居:
また妙ちきりんなもんを……アボカドと氷だなんて、胃袋がびっくりするわ。

八っつぁん:
でもね、インスタで「#夏の奇跡」ってつけたら5いいねつきましたよ!
金粉と花も乗ってて、ジェニーとかいうお女将さんが「これが“映え氷”どすのん?よう撮らはりますのん♡」って、ほめてくれましたぜ。次は、金の延べ板を乗せよっかと・・

御隠居:
だめだだめだ、命が吸い取られちゃうよ、女には気をつけな。・・はぁ、映え氷ねぇ……まったく、氷ってのはな、目立ちゃいいってもんじゃないだろが。静かに、しっとり、五感で味わうものなんだよ。

八っつぁん:
五感ですか。あっしだって知ってますよ。“かじる、なめる、吸う、飲む、つつく”の五つでしょう!全部やってますぜ。

御隠居:
おいおい、それじゃない。五感ってえのは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のことだ。人間の感覚のすべてをあらわすんじゃ。精神を研ぎ澄まし、全神経を使って味わうということじゃ。

八っつあん:
えっつ、じゃあ、修業が必要なんですか。まるで忍者じゃないですか。

御隠居:
忍者じゃないよ。そもそも、氷を食べるのが始まったのは忍者が出てくるよりも、もっともっとずっと昔のことだ。いまから、千年以上前の話だよ。氷ってのは『枕草子』にも出てくるんだ。当時の貴族が、冬に切り出して氷室に保存した氷を、夏に取り出して削り、甘葛(あまづら)という密をかけて楽しんだと書かれている。

八っつぁん:
へぇ〜、『枕草子』ってのは、夜のお供ってやつですかい。で、その「あまずら」ってのは……昔のモテ顔?「甘いマスクしやがってぇ」ってな感じで。千年前の平安貴族とやらも、やることはしっかりやってんですねぇ。へっへっへっ。

御隠居:
なにが「甘いマスク」だよ……蜜と枕と女をごちゃまぜにすんな! 清少納言に張り倒されるよ!どうやらお前さん、歴史と妄想を混ぜるのが得意になってきたね。

あのなぁ、氷ってぇのは、とっても貴重だったんだよ。江戸の頃もな、日光の氷室にしまっていた氷を、涼しいうちにと夜通し運んで、将軍様にお届けして召し上がっていただいてたんだ。

八っつあん:
面倒くさいことしてたんですねぇ。あっしんところは冷蔵庫にいくらでもありますぜ。

御隠居:
いまじゃぁどこでもそうだが昔は、氷屋に、朝、氷を運んでもらって木の冷蔵庫に入れてもんだ。家の前でリヤカーから大きな氷を下ろして、のこぎりで挽くという光景が夏の風物詩だったねぇ。あれが見られなくなったのはちょっと寂しいがな。

良い時代になって、かき氷は庶民の楽しみになったが、食べる人の姿勢ってもんが、ちゃんと追いついてるかどうかは、別の話だ。

八っつあん:
えっつ、じゃぁ、正座して食べるんですかい?

御隠居:
違うんだよ。姿勢って言うのはそういう意味じゃないんだ。心構えじゃよ。時間の流れ、空気の移ろい、気持ちの整い――そういう全部を味わう“芸術品”なんだ。

八っつぁん:
ほぉ、芸術品……! なるほど……つまり、あれですな? 氷のひと匙すくうたびに「今ここに、季節が満ちました……」ってつぶやいて、目ぇつぶって、風鈴の音を心で聞くんですな? で、食べ終わったら、「拙者、ひと夏の夢をいただき申した」って頭下げて店を出る、と。

御隠居:
おいおい、どこで見てきた芝居なんだ。でもよく覚えてたな。

八っつぁん:
えっへん、覚えてたんじゃないですよ! あっし、芝居に出てたんでっせ!
町内会の演芸会で「夏氷無双(なつごおりむそう)」ってやつでしてね。「お前、氷役だから動くな」って言われて……三十分、ずーっと黙って立ってたんです。芸術でしょ?

御隠居:
おやまぁ、芸術と言うより冷凍保存人間じゃないか。溶けだしたら気味悪かっただろう。

八っつぁん:
いや〜それがですね、途中で額(ひたい)から汗がツーッと垂れてきたら、
お客さんが「氷が泣いてる……!」って言い出して、そこから拍手喝采ですよ!あっし、静かに泣かせる氷として大絶賛でした!

御隠居:
じゃぁ、次はしゃべる氷かい?・・ほらほら、バカなことを言わせるなって。あのな、氷って言うのはな、なにも知らずにガリガリ食べる人と、背景を知って一匙一匙を味わう人とじゃ、口に入れる前から、すでに味が違うんだよ。

八っつぁん:
へぇ〜〜、口に入れずに味が違う?……いや、あっしだってできますよ、それ。氷を目の前にして「ふむ、これは味噌味だな、しかも西京味噌だ、京の味だねぇ……」とか言えば、通(つう)ってやつでしょ? 味の違いが“わかる男”、なんちゃって。

御隠居:
そりゃ通(つう)じゃなくて、勘違いの達人だよ。それでな、かき氷ってのはどこで食べるかが肝心だ。風の通る縁側、木漏れ日、風鈴の音――そういう空気の中で汗ばみながら食べる一匙が、本当の涼ってもんだ。

八っつぁん:
あ〜、昨日なんてクーラー効きすぎのカフェで食べたら、寒くなってホットココア頼みましたよ。

御隠居:
まったく……夏と冬とをごちゃまぜにしてどうしようってんだい。

八っつぁん:
たしかに。で、帰りにおでん食べました。夏のおでんはいいもんですね。そしたら、また汗かいて、氷食いたくなって……

御隠居:
おいおいおいおい、キリがないな。まぁ、そのくらい気軽に食べられるようになったのは良いことだが、かき氷の本当を味わうには、もう少し気構えというのが要ると言っているんだよ。ただ、ガリガリと食っていてはそこがわからん。

八っつあん:
おっつ、「違いの分かる男のかき氷」ってやつですか。こう見えて、あっしゃ、分かるんですわ。ガリガリじゃぁいけません。シャリシャリですな。

御隠居:
それじゃ、氷をかいている音じゃないかぁ。まずはな、正しい器を選ぶことから始まる。陶器の茶碗じゃぁ、ダメだ。色のついていないガラスに限る。透明か半透明。氷の白さ、そこに透き通って見えるシロップの色を、氷のはじがとけてきらりと光るのが引き立つものじゃなけりゃならない。

八っつあん:
御隠居!いいのありますぜ。金魚鉢!なかに氷浮かべてやったら、金魚がじぃっと近づいてきて。……「涼しいでしょ?」って聞いたら、涼しすぎますって、涙流しますぜ。

御隠居:
おいおい、金魚鉢じゃ大きすぎるだろう。そんなところに氷いれたら金魚が固まっちまうじゃないか。だいたい、金魚が泪なんか流さないだろう。

それからな、シロップのかけ方もある。関東風では、器の底に入れて、上にはかけない。だから、氷越しに透けて見える――それが涼の粋ってものなんだ。関西風のように上からシロップをかけてしまうのは無粋ってもんだ。

八っつぁん:
「へぇ〜、なるほど、ざるそばをちょいとつゆにつけるような、粋なもんですねぇ。……でもね御隠居、あっしはつゆだくの方が好みでして。氷もズブンと、蜜にどっぷり!」

御隠居:
つゆだく!? 牛丼じゃないんだよ。かき氷どころじゃないね。それからな、匙(さじ)は、器(うつわ)の縁(ふち)から氷に挿し添えられている。

八っつあん:
えっつ?匙が埋まってるんですか?じゃぁ、宝探しじゃないですか。

御隠居:
そうじゃない。匙(さじ)の柄はでている。だが、すくう部分は氷の中だ。

八っつあん:
それじゃ、どうやって匙を抜くんですか?

御隠居:
おっ、お前さんも良いところに気が付いたね。匙(さじ)の抜き方をみれば、どれほどの心得があるかというものがたちどころに分かるのだ。匙を乱暴に引っこ抜いたら、氷が崩れて器からこぼれる。氷の山をそっと押さえ、匙の周囲は緩やかに。これが粋な“さじ加減”ってやつだ。

八っつぁん:
さじ加減って、じゃぁ、塩(しお)もいりますね。梅も添えて塩梅(あんばい)なんちゃって。へへっ。

御隠居:
上手いこと言ったつもりかもしれないが、氷に梅干し乗っけてどうするつもりだ。夏バテ防止なら、ウナギにしておけ。

八っつあん:
みんな、ウナギに目がないですからねぇ。ジェニーさんもでっせ。でも、3000円以下じゃないとお友達じゃないそうで。氷にうなぎで、氷うなぎかぁ。いや、氷からどじょニョロリ、京のなま鱈(たら)奈良なままな鰹、ちょと四、五貫目・・氷の下でナマダラが震えてて、ナマズになって……

御隠居:
地面を揺らすんじゃないよ、だいたい、氷を四、五貫目もつかってどうするんだ。

八っつあん:
ちょっと四、五貫目の氷彫り祭り、開催中でして!涼しく感じるでしょう。

御隠居:
おまえさんな。涼しさというのは心で味わうものだ。風鈴の音で感じるそよ風、そして、匙から指先に伝わる冷気。心頭滅却火又涼(しんとうめっきゃくひもまたすずし)と言ってな。

八っつあん:
心頭滅却……火もまた涼し、っと。へぇ〜、なるほどねぇ。「心のアタマが燃え尽きちまえば、火だって冷たく見える」ってわけですかい?こりゃあ深ぇ。

御隠居:
意味が深いことは深いがそれじゃない。心を鎮(しず)めて暑さを忘れるということだ。かき氷の作法というものは、そういう、きっかけを与えるものじゃなきゃいけないし、食べる側もそれを心得ていることが必要なんだ。

八っつあん:
いやぁ、深いですね。なんか、氷の中に埋もれて出てこれなくなりそうだ。いや、それはそれで居心地がよさそうな。

御隠居:
おいおい、それじゃ、カマクラじゃないか。言いたいのはだな、見た目や甘さばかりを追いかけるような食べ方をしちゃいかんということだ。それじゃぁ、氷の持つ繊細な美しさが台無しだ。味だけを求める風潮は、食文化の品位がないというもんだ。

八っつぁん:
御隠居、あっし今日から風鈴吊って、縁側で団扇(うちわ)あおいで、器は無地のガラス、蜜は底に、匙はそっと……かき氷道、極めてみせますぜ!

御隠居:
それは立派だ。で、どこでやるつもりだい?

八っつぁん:
京都の下鴨神社です。御手洗祭で足を洗ってきた人たちに、このかき氷を食わせてやろうかと。圧の強い人が集まるところだそうですから。

御隠居:
圧をかけても、みんなが好きってもんでもないだろうが。

はっつぁん:
いえいえ、御隠居。苦手なものでもみんなで食べれば美味しくなるそうで。

御隠居:
そうか。では、足を洗って出直せとか。だが、お前さんは銀の匙も要るな。

(幕)

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