ぼくと彼女は暮らしの中のお菓子展へ行く
ぼくは今年も色々な展覧会へ行った。ほとんどが由梨(彼女)に連れて行かれた……もとい、連れて行っていただいた展覧会だが、中には一人で行ったものもある。例えば、大田区立龍子記念館の『時局と画家 川端龍子の1930~40年代』。まあ、蒲田に暮らす人間にとって大森は隣町ですからね。もっとも、大田区立龍子記念館に行くにはJR大森駅から東急バスに乗らなきゃいけないんですけど。ただまあ、「川端龍子……? 歌舞伎座のあの獅子の絵を描いたひとの美術館が大田区にあったのか……!」と気付いて、その勢いで土曜の午後にふらっと立ち寄ってみるにはいい場所だ。

これは由梨と一緒に行ったやつだけど、東京都写真美術館の『総合開館30周年記念 ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ』も面白かったな。ペドロ・コスタというポルトガルの映画監督の作品世界に入り込むみたいな特別展で、展覧会というよりはアトラクションという感じだった。場内が暗かったので、ぼくは由梨の姿を一瞬見失ってしまってパニックになりかけた。別にパニックになる必要なんて全然ないんだけどね。……でも、なんとなく分かりません? 隣にいたはずの同行者を見失って「あれ? あっ! どこ?」ってなる感覚。ぼくがパニックになりやすいだけかなあ?

ぼくらが行ったけどこのnoteで紹介していなくて、だけど本当は紹介しておきたかった展覧会は他にもたくさんある。しかし、その中であえて一つだけ挙げるとすれば、そうね、港区立郷土歴史館というところでやっていた『暮らしの中のお菓子展』なんてどうでしょう? これはぼく的にはなかなかに面白い展覧会だった。
ぼくはお菓子が好きだ。お菓子が好きじゃない人間なんてこの世にいないと思うが、ぼくは結構ちゃんと「お菓子が好きだ」と言える人間なのではないかと思う。なにしろ、ぼくは新卒1年目なのにお菓子好きが高じて職場のお菓子コーナーを任されているのだ。会社のお菓子コーナーは自分が食べるお菓子は自分で取りに行くのが基本ルールだが、ぼくは小菅(同期)のためにいつも小菅用のお菓子を取りに行って、半ば無理やり食べさせている(そのせいで小菅は先輩たちから「小菅くんはよくお菓子を食べるね」と思われている)。小菅が「こんなに食べられないよ」と言う時は、ぼくは小菅のかばんにお菓子を押し込むこともある。こんなことを続けていたらいずれ問題社員として処分されそうな気もするが、要はそれぐらいぼくはお菓子が好きなのだ(?)。
ただ、港区立郷土歴史館の『暮らしの中のお菓子展』にぼくらが行くことになったのは、由梨がこの展覧会の存在を見つけて、由梨がぼくを誘ってくれたからだった。なぜだかよく分からないけど、由梨は展覧会を見つけるのが上手いんだよな。以前、本人に「どうやって展覧会を探してるの?」と聞いたことがあるけど、ポータルサイト的なもので特にチェックしているわけではなく、「ふつうに生きていれば自然に情報が入ってくる」そうだ。にわかには信じがたい証言だが、まあ、感性が豊かでアンテナが鋭い人間っていうのはそういうものなのかもしれない。
……ここまででもうすでに1,300文字を超えていて、もはや何の話をしていたのか分からなくなってしまったが(ぼくと小菅はふつうに仲良いんで安心してください)、ええと、そうですね、港区立郷土歴史館の『暮らしの中のお菓子展』でしたね。ぼくとしても『お菓子展』というタイトルの時点で気になる展覧会だったが、「郷土歴史館」とかいう施設の展覧会なのだからどうせ地味な展覧会だろうと思ってそこまで期待はしないことにした。
日曜日。JR京浜東北線蒲田駅のホーム(大宮方面)で待ち合わせ。社会人になってからぼくも集合時間を守れるようになった。もっとも、この日もぼくより由梨のほうが先に蒲田駅に着いていたんですけどね。蒲田駅集合で由梨が先に到着しているときは「電車に乗っている由梨を目視で確かめてから電車に飛び乗る」という遊びができなくなるので、ぼく的にはちょっと損した気分になる。まあ、本当にその遊びをやりたいなら、ぼくがもっと早く集合場所に行けばいいだけなのだが。
田町駅下車。都営三田駅まで歩き、都営三田線(目黒方面)に乗り換えて白金台へ。もしかすると、いや、もしかしなくても人生で初めて降りるかもしれません白金台。由梨も初めてだそうなので、いま白金台の街には2人のフレッシャーが降り立ったことになる。これはぼくらにとっては小さな一歩だが、白金台にとっても小さな一歩だろう。さて、改札を出てエスカレーターを上がり右に曲がると、すぐに「ゆかしの杜」の入口がある。その敷地内に大きくそびえ立つ建物こそが港区立郷土歴史館だ。もともとは国立公衆衛生院の建物だったそうだが、そもそも国立公衆衛生院が何だったのかについては各自でお調べいただきたい(ぼくは調べていない)。

受付でチケットを買って内部へGO。昭和初期の裁判所(イメージ)とか日本銀行本店(イメージ)みたいなところだなあ。実家が太い由梨はともかくとして、ぼくみたいな庶民が堂々と侵入してよいところなのだろうか。荘厳すぎてちょっと引くぞ。ぼくが「『虎に翼』にこういう建物出てきた」と言ったら、由梨から「ヴァサニ?」と聞き返された。ぼくが「いや、『虎に翼』。NHKの朝ドラで……」と説明すると、由梨は「ああ、『虎に翼』ね。『なんとかヴァサニ』って聞こえたから昔の映画かと思った。チリとかアルゼンチンの」と返してきて、ぼくとしては逆に「チリとかアルゼンチンの昔の映画」ってなんだよと思ったが、そうこう言っているうちに特別展示室の入口に到着したのでこの話題はそこで立ち消えとなった。
『暮らしの中のお菓子展』は日本のお菓子の歴史をたどる展覧会だ。奈良時代から現在までのお菓子の歴史を、絵画だとか文書だとかポスターだとかチラシだとかお菓子の箱(実物)だとかの展示をもとに振り返っていく。「郷土歴史館」とかいう地味施設の展覧会なんだからどうせお客さんはほとんどいないだろうと思ったら、大混雑していたのでびっくりした。由梨からは「(ぼくの下の名前)くんみたいにお菓子な好きひとが集まってきているんだよ」とイジられたが、それを言うなら、特にお菓子が興味があるわけではないがお菓子が好きな彼氏を誘って来ているひともいるはずだ。
日本ではもともと「菓子」は果物や木の実を指していたらしい。江戸時代になってから、果物や木の実を加工した食品が「菓子」と呼ばれるようになって、果物や木の実そのものとは区別されるようになったらしい。『源氏物語』に登場するお菓子だとか、鎌倉時代の羊羹や饅頭だとかを紹介する古文書が展示されてあって、これはかなり勉強になった。というより、ぼくとしては「お菓子」といったらスーパーやコンビニで売られている個包装のやつらが真っ先にイメージされるので、「そうか! お菓子ってそもそもはハンドメイドなものしかなかったんだ!」と目からウロコが落ちた。
江戸時代のお菓子を紹介するコーナーでは浮世絵がいっぱい展示されてあって、ぼくと由梨は、先日行った太田記念美術館の『歌川広景 お笑い江戸名所』展を思い出して「こっちの絵では誰も転んでいない」「こっちの町人は顔がふざけていない」などと冗談を言い合った。江戸と上方の「桜餅」を写真で比較するコーナーもあった。ぼくは東京生まれ東京育ちだけど、なぜか上方の桜餅のほうが「ぼくの知っている桜餅」っていうイメージだなあ。もしかすると実はぼくは記憶を改竄された元関西人で、だけど食文化の感覚は脳裏に焼き付いたままなのかもしれない。実際、ぼくはそばよりうどんのほうが好きだしな。お好み焼きでご飯を食べられるし。たこ焼きでパンを食べられるし。今川焼のことは回転焼と呼ばないが。

『暮らしの中のお菓子展』でいちばん興味を惹かれたのは、なんといっても明治以降のお菓子を紹介するコーナーだ。「森永ミルクチョコレート」とか「森永ミルクキャラメル」とか「グリコ」とか「ビスコ」といった、ぼくらの知っているブランドのお菓子が出てくる。サクマ式ドロップスはさすがに『火垂るの墓』でしか知らないけど(そういえば今年は『高畑勲展』にも行きましたな!)。
昭和の時代に入ると、健康効果がある食べ物としてお菓子が売り出されたというのも面白い。生活習慣病より栄養失調が怖れられていた時代だったんだろうな。さらに、お菓子の箱の中に学習マンガが描かれたり、絵本付きのキャラメルが発売されたりしたのも昭和の初めの頃の話だ。戦争中は戦意を高揚するようなデザインのお菓子が作られたり、「慰問袋」(戦地の兵士を慰めるために品物を入れた袋)用のパッケージの森永ミルクキャラメルなんかも売られていたようだ。
さて、戦後。カバヤキャラメルがやっていた「カバヤ児童文庫」というキャンペーンでは、キャラメルの箱に付いている応募券を集めると好きな本と交換できたらしい。『孫悟空』とか『白雪姫』とか『レ・ミゼラブル』とか『アルプスの少女』とか。本のラインナップはいっぱいある。ちなみに、もし自分が交換する子どもの立場だとしたら、由梨は『若草物語』と交換すると言っていた気がする。ぼくだったら『ピノキオの冒険』か『ロビン・フッドの冒険』かなあ……と思ったが、『少年探偵トルレ』っていうのがめっちゃ気になるのでそれにします。連続密室殺人事件希望!
カバヤキャラメルは「カバヤ児童文庫」以外にも景品キャンペーンをやっていて、ぼくらが特に衝撃を受けたのは「かわいい動物はよい子の友だち」というキャンペーンだった。応募券を集めると、なんと抽選で動物が当たるのである。特賞は猿。1等はスピッツまたはカナリア。2等は伝書鳩。3等は白うさぎ。4等は白ねずみ……って、現代だったらこんな企画は絶対アウトだろう。由梨は動物愛護の観点からドン引きしていたが、ぼくは「白ねずみってなんだよ……せめてハツカネズミって呼んでやれよ……」という観点からもドン引きした。
あとは「渋紙」(羊羹や饅頭に模様を型抜きするための紙)や「焼印」(羊羹や饅頭に模様を焼き付けるための道具)の展示コーナーや、港区のご当地お菓子を紹介するコーナーがあった。100年前のお菓子屋さんで撮影された写真なんかも展示されていて、「100年前にもいまと同じように人々の暮らしがあったんだよな」とか「このひとたちはこのあと戦争を経験することになったんだよな」と想像すると不思議な気持ちになった。逆に、いまから100年後、2125年の人々は2025年のぼくらの写真を見て何を思うだろう。あるいはこのnoteを読んで何を感じるだろうか。まあ、100年後までにnoteはサ終してるだろうけどね(人類が絶滅している可能性もあり)。
特別展示室を出る。「室内の人口密度エグかったね」「デパートの食品売り場ぐらい混んでた」「どういうこと?」「いや、年末の……」と言い合ったあと、4階の「ギャラリー」と名付けられた部屋へ行って、『食べられないお菓子展』とかいうやつに立ち寄った。スイーツ系の食品サンプルを展示するプチ展覧会である。こちらは観覧無料、写真撮影可だった。



ぼくはお菓子が好きだし、ということはもちろんスイーツも好きだし、しかも思考回路が単純な人間なので、スイーツの食品サンプルを見ながら「パフェ食べに行こうよ。マンゴーパフェ食べたい。マンゴーパフェがなかったらいちごパフェでいい。いちごだけでもいい」と口に出した。理性派で知られる由梨も完成度の高い食品サンプルを前にして心を動かされたらしく、「うん、食べに行こう。お店探してみよう」と返答してくれて、結局、ぼくらは白金台のイタリアンレストランでお昼ご飯を食べたあと、目黒のカフェでパフェを食べた(マンゴーパフェはなかった)。
ぼくが季節限定パフェを食べながら「どうしよう。食べてばっかりで太っちゃう」とぼやくと、由梨から「どこが……っていうか、お菓子が好きなのに太らないよね」と言われた。まあ、たしかにぼくはぜんぜん太っちゃいないんだよな。社会人になってから体重も増えてないし。さすがにBMIは「普通体重」の範囲内だが、基本的に他人からは「痩せぎみの人間」だと思われている。……なんか自慢みたいに聞こえたら申し訳ないが、実際そうなのだからしょうがない。そしてぼくとしては、お菓子をいっぱい食べているし、特に運動をしているわけでもないのになぜか太らないというのは、実は内蔵の病気的な何かのせいなのではないかと心配しているぐらいなのである(健康診断ではまだ引っかかってないけど)。
ぼくと彼女は『暮らしの中のお菓子展』へ行く。うーん。なんだか自分の健康状態が急に不安になってきたぞ。ぼくはお菓子が好きだし、スイーツが好きだし、思考回路が単純な人間だが、それ以前に心配性な人間だったりもするのだ。……まあ、仮に何らかの病気がぼくの体に潜んでいるとしても、とりあえずいまのところは元気なので、毎日しっかりお菓子を食べ、たまにはパフェにむしゃぶりつこうと思う。お菓子を食べられるのは健康なうちでしょうからね。お菓子は人類が築き上げた最高の芸術の一つだ。ぼくはこの芸術を楽しみたい。いや、楽しまねばならぬ。お菓子を愛し、お菓子に愛された男、それがこのぼくなのだから……
