ぼくと彼女は歌川広景お笑い江戸名所展へ行く

 ぼくと彼女は『歌川広景 お笑い江戸名所』展へ行く。先日、ぼくと由梨(彼女)は、原宿の太田記念美術館というところでやっている『歌川広景 お笑い江戸名所』という展覧会へ行ってきた。歌川広景うたがわひろかげという江戸時代の浮世絵師の作品を紹介する展覧会である。

 ぼくはいつも由梨に誘われてあちこちの美術館へ連行されているが、太田記念美術館に行ったのは今回が初めてだった。これはおそらく太田記念美術館が浮世絵専門の美術館で、由梨が浮世絵にはほぼ興味がないという事情による。由梨は現代アート系が好きなんだよな。あとは現代の写真とかシュルレアリスム系(?)とか。ぼくは由梨と付き合う前は現代アートのことを食わず嫌いしていたが、由梨に連れられて見ていくうちに「まあ、こういうのはこういうので悪くない」「むしろ好き寄りかも」と思うようになったのだった。まあ、大学の放送サークルでそういう系の作品に馴染んでいったせいかもしれないけど。ほら、ぼくは大学の放送サークルでは渉外をやっていて(やらされていて)、他大学の番組発表会で現代アート気取りの映像作品やMVを散々見てきましたからね!

 ……えっと、何の話をしていたんでしたっけ。そうそう、太田記念美術館でしたね。太田記念美術館はJR原宿駅(または東京メトロ明治神宮前駅)から歩いてすぐのところにある。竹下通りとは別の一角だが、まあ、やっぱりすぐ近くだ。原宿については由梨よりぼくのほうが詳しい。去年の初夏、ぼくはインカレの放送サークル(さっき言った放送サークルとは別の放送サークル)の練習で代々木公園に通っていたのだ。それで、みんなで原宿のハンバーガー屋さんでご飯を食べたり、古着屋さんで舞台用の衣装を買ったりもした。由梨も原宿には友達と一緒に行ったことがあるそうだが、明らかにぼくのほうに地の利があるはずだ(ドヤ)。

 ……えっと、何の話をしていたんでしたっけ。そうそう、太田記念美術館でしたね(デジャヴ)。ぼくらが『歌川広景 お笑い江戸名所』展へ行くことになったのは、今年の秋に東京ステーションギャラリーの『インド更紗 世界をめぐる物語』展に行った時に、由梨がこの展覧会のチラシを見つけたからだった。ぼくは大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』を一応見ているのだが、由梨から「歌川広景も『べらぼう』に出てる?」と聞かれて即答できなかった。主要キャラでそんなやつはいなかった気がするなあ。「歌川」といえば歌川広重だけど(名前ぐらいは知っているけど)、『べらぼう』には歌川広重は出ていないはずだし、広景ってなるとこれまでの人生で名前を聞いたことすらないぞ。

 そもそもぼく、『べらぼう』を見てはいるけど、浮世絵自体にはあんまり興味を持てないでいるんだよな。ドラマの中では「江戸の人気商品だぜ! べらぼうめ!」って感じで大々的に取り上げられているが、ぼく自身は浮世絵の面白さをいまいち分からないでいるのだ。ただまあ、せっかくのご縁なのだから『歌川広景 お笑い江戸名所』展へ行って、そのまま原宿を散策しようという話になり、ぼくらは太田記念美術館へ行ったのだった。

着いたのだった

 歌川広景は謎の絵師だ。いつどこで生まれ、どのあたりに暮らし、いつどこで死んだのかなどは一切分かっていない。「歌川」を名乗っているから歌川広重の弟子なのだろうと推測されているだけで、歌川広重との逸話は残っていない。絵師としての活動期間はたった3年弱だったらしい。まさに正体不明の人物である。

 しかし、江戸の名所を舞台に人々のハプニングシーンを面白おかしく描いた『江戸えど名所めいしょどうづくし』というシリーズ作品はどうやら当時それなりに人気だったようで、全50点が定期的に刊行されていたそうだ。まあ、「面白おかしく描いた」と言ってもそれはあくまで当時の基準の話であって、エンタメに目の肥えた現代人が見て興奮するようなものじゃないだろうけどね。

 ……とタカをくくっていたので驚いた。なんだこれ……! 普通に面白おかしいじゃないか……! どの絵もユーモアセンスに優れていて、一コマ漫画として秀逸だし、ぼくが人生で見たことがある一コマ漫画の中で間違いなくいちばん面白い(一コマ漫画を見る機会なんて滅多にないが)。設定もキャラデザもバカバカしすぎて最高なのだ。

 『江戸名所道戯尽』を楽しんでいたのは由梨も同様で、ぼくらは絵を見ながら「この町人、体の反り具合がヤバい」「この女性の呆れ顔がいい」などと感想を言い合った。もちろん、他のお客さんの迷惑にならないように小声でですけどね。もっとも、この日の太田記念美術館は……って普段がどうだか知らないけど、少なくともこの日の太田記念美術館はだいぶ混んでいて、外国人観光客らしきひともちらほらいたりして、かなりにぎやかなムードだったんですけどね。

 展示室内は撮影禁止だったが、Wikipediaには『江戸名所道戯尽』全作品の画像が掲載されている。それらを引用する形で、ぼくが特に気に入った作品をご紹介しよう(パブリック・ドメインのため引用は問題ないはず)。

 まずは「ハプニング編」。というか、『江戸名所道戯尽』シリーズはほとんどが江戸の人々のハプニングシーンを切り取った作品だ。ひっくり返った蕎麦が武士の顔にかかったり、水鉄砲の水が武士の顔を直撃したり、飛んだ下駄が町人の顎に直撃したり、キセルとキセルが引っかかったり……

 一見すると「バナナの皮で滑ったひとを見てわらう」的な笑いっぽいが、『江戸名所道戯尽』の本当のおかしみはそんなところにはない。一個のハプニング自体というより、連鎖するトラブル、招かれる困惑、名所を背景にアホなことが発生しているシュール感にこそ独特のおかしみがある。つまり、絵の真ん中での「アクション」と同じかそれ以上に、絵の端っこでの「リアクション」が映えている。

《湯嶋天神の台》
《下谷御成道》
《芝赤羽はしの雪中》
《四ツ木通りの引ふね》

 ここでは富士山も立派なリアクション要員だ。《御茶の水の釣人》という作品では、釣り針が少年の髪に引っかかっている光景を見て富士山が「なにバカなことをやっているんだか……」と呆れているかのようだ。《亀戸太鼓はし》という作品では、橋の上で派手に転んでいる男女を見て富士山が「バ カ な ん じ ゃ な い か」と真顔でツッコんでいるかのようだ。

《御茶の水の釣人》
《亀戸太鼓はし》

 それから「動物編」。『江戸名所道戯尽』には人間だけじゃなく動物もたくさん登場するが、歌川広景は人間と動物を差別せず、同格の存在として描いていたんじゃないかと思う。だって、ここでは動物たちも人間と同じような表情や格好でリアクションしているんだもん。人間も動物も考えていることは変わらないようだし、現にやっていることは変わりがない。

《小石川にしとみ坂の図》

 動物たちは人間よりも一枚上手だったりする。《御蔵前の雪》という作品では人間の目を盗んで犬が魚を奪おうとしているし、《浅草反甫の奇怪》という作品ではたぬきが人間たちを操っている。展示室の解説パネルに書いてあった文章によれば、これは吉原帰りの男たちが狸に化かされ、大名行列の先頭を歩いていると信じ込んでいる場面らしい。

《御蔵前の雪》
《浅草反甫の奇怪》

 空想上の動物を描いている絵もあった。《数寄屋かし》という作品では、人間たちが喧嘩している隙にキュウリを盗み食いする河童が描かれている。《両国の夕立》という作品に至っては、もはや人間は描かれておらず、雷神と河童のせめぎ合いが描かれている。「雷神と河童のせめぎ合い」というとスケールの大きな話のようだが、実際に描かれているのは「河童が雷神に屁を嗅がされている」というくだらないネタなのが笑える。

《数寄屋かし》
《両国の夕立》

 さらには「不謹慎編」。歌川広景はけっこう不謹慎な絵も描いている。不謹慎というか意地悪というか、ブラックというか差別的というか。例えば、目が見えないひと(盲人)がお花見の食べ物につまずいている絵だとか、道の真ん中に張ってある布に気付かず引っかかっている絵だとかだ。実際、由梨はこの絵を見て「意地悪だね」と苦笑いしていた。

《飛鳥山の花見》
《初音の馬場》

 ただ、これも、歌川広景は目が見えないひとと見えるひとを差別せず捉えていたという話なのだと考え……るのは無理がありますね。はい。たぶん歌川広景としては「ギャグを思いついたから描いちゃった」という話にすぎないのだろう。まあ、たしかに差別的な笑いではあるのだが、170年前と現在とでは価値観が違う。当時は人権という言葉さえなかったのだ。

 そういう意味でいくと、巨大なペニスの飾り物が女性に落下している様子を描いた《浅草歳の市》などは二重にじゅう三重さんじゅうに問題的である。周りの男たちがケラケラ笑っているのも悪印象だ。ただし、ぼくはこの絵にも「嘲笑だけじゃないユーモア」を感じるんだよな。周りの男たちの表情や格好を見てほしい。頭を抱えて指を向けたり、慌てた様子で足を曲げたりと、実は一人ひとりがユニークなリアクションをとっている。ある意味では多様性にあふれた絵と言えるんじゃなかろうか。この絵を「前時代的な男尊女卑の絵」と切り捨てるのはもったいない気がする。

《浅草歳の市》

 歌川広景の『江戸名所道戯尽』シリーズには歌川広重の絵や葛飾北斎の絵をもとにした作品も多くて、太田記念美術館の展示室では、広景の絵の隣に広重の絵や北斎の絵も展示されていた。「元ネタと見比べてみよう」というわけである。解説パネルには「現在ならパクリとして炎上しかねない」と書いてあったが、ぼく的には、むしろ広景の作品はぐうの音も出ないパロディだと感じた。広景のユーモアセンスは元ネタをはるかに超えている。どう見ても広景が描いた絵のほうが面白い(っていうか、ちゃんとギャグ漫画化させている)。こんな風にアレンジされたら、広重や北斎だって「これはよくできたパロディですね……」と認めざるを得なかっただろう。

 展示室を出る。この展覧会の図録が売っていたら絶対買おうと思ったが、受付に「図録販売中」みたいなポップは見当たらなかった。ぼくが由梨に「図録、売ってないのかなあ」と小声で話したら、由梨が「うん? 聞いてみようか」と引き取ってくれて、受付のスタッフさんに「図録って販売していますか?」と尋ねてくれた。コミュ障彼氏ですみません……

 結局、この展覧会の図録は売っていなかったけど、太田記念美術館監修の『ヘンな浮世絵 歌川広景のお笑い江戸名所』という本が参考書籍として売られていて、その本には『江戸名所道戯尽』シリーズ全作品が掲載されているということだったので購入した。まあ、事実上の図録ってやつですね。2,090円(税込)。値段を聞いた時は「2,000円超えるのかあ」と正直萎えたけど、あとで本を開いてみたら、単行本仕様のちゃんとした製本だし、絵のページはオールカラーだし、印刷も最高品質だし、解説コラムも充実しているしで、めっちゃいい買い物をしたと満足している。

2,090円(税込)

 ぼくと彼女は『歌川広景 お笑い江戸名所』展へ行く。いまぼくは寝る前に参考書籍『ヘンな浮世絵 歌川広景のお笑い江戸名所』を開き、歌川広景が描いた浮世絵を眺めてニヤニヤする日々を送っている。いやあ、広景は本当に最高だなあ。「江戸時代にはこういうのがウケてたんだね」とかじゃなく、時代が経っても色褪せない面白さ、現代にそのまま通じるおかしさが広景の浮世絵にはある。つい数週間前まで広景の名前を聞いたことさえなかったぼくが言うのだから間違いない。

 歌川広景はわずか3年間だけ活動したあと、新作を発表せず、消息不明となった。明治の初めに活動した昇斎しょうさい一景いっけいという浮世絵師と同一人物だという説があり、今回の展覧会では昇斎一景の絵も参考までに展示されていたが、言われてみればたしかに広景が描いた絵とも思えるし、別人が広景の絵っぽく描いた絵とも思える。

 ぼくとしてはむしろ、歌川広景は長谷川町子に転生したという説を推したい(?)。歌川広景の絵って『サザエさん』(原作)とユーモアのトーンが似ていると思うんだよな。キャラの絵柄もちょっと似てるし。長谷川町子先生なら不謹慎なギャグもためらわないだろうしね。動物を人間と同格に描いているところも共通している(『サザエさん』でタマはマスオよりも高次の存在に位置付けられている)。源義経がモンゴルに渡ってアインシュタインに転生した的な与太話ではあるが、たまにはそういう妄想もしてあげないと脳みそがもったいないし、太田記念美術館を出たあとに原宿のカフェのオープンテラスで通行人にじろじろ見られながらオニオンリングを食べた甲斐がないというものだ。たまねぎのおかげでぼくは血液さらさらだよ!

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