ぼくと彼女は高畑勲展へ行く
ぼくと彼女は『高畑勲展』へ行く。先日、ぼくと由梨は、麻布台ヒルズ ギャラリーというところでやっている『高畑勲展―日本のアニメーションを作った男。』というやつへ行ってきた。
初めにことわっておくと、別にぼくはスタジオジブリが好きってわけじゃない。いまは亡きTSUTAYA池上店で『風立ちぬ』のDVDを借りたことはあったし、一昨年の夏には『君たちはどう生きるか』にハマったし、ジブリグッズのお店に寄ったことだってあるが、まあ、ぼくとスタジオジブリの関係はせいぜいそれぐらいである。ぼくは宮崎駿と高畑勲の区別だってロクについていない。そもそもスタジオジブリの作品はU-NEXTとかで配信されていないから観る機会がないんだよな。
ジブリが好きなのは由梨のほうだ。由梨はジブリのガチすぎるオタクで、小さい頃からジブリアニメのDVDを観て育った。その影響もあって、大学の放送サークルではオリジナルのアニメを作っていた。高畑勲監督作品をほぼ全部観ているし、宮崎駿と高畑勲の区別もちゃんとついている。ちなみに、由梨がいちばん好きな高畑勲監督作品は『かぐや姫の物語』らしいが、ぼくは由梨から教えてもらうまでそんな映画がこの世に存在することすら知りませんでした(ごめんなさい)。
8月上旬。由梨とのデート中、「今度『金曜ロードショー』で『火垂るの墓』をやるよ」と教えられた。『火垂るの墓』。題名は聞いたことがある。この時点でぼくらが『高畑勲展』に行くことは決まっていたので、「まあ、『高畑勲展』の予習になるかな」と思って、ぼくは『金曜ロードショー』を録画予約した。事前に一個ぐらいは高畑勲作品を観ておいたほうが『高畑勲展』を楽しめそうだしね。そして8月15日金曜日午後9時、結局ぼくは自宅にいたので『火垂るの墓』をリアルタイムで視聴した。
めちゃくちゃ面白かった。……いや、戦争の悲惨さを描いた映画を観て「面白かった」と言うのは不謹慎なような気もするが、本当にぼくはこの映画を観て「おもしれえ……!」と思ったのである。
大学時代、ぼくも放送サークルで音声ドラマを作っていた。音声ドラマといっても、番組発表会で生上演する演劇形式の音声ドラマだ。そういうぼくの経歴(?)を踏まえて言うと、『火垂るの墓』は小劇場演劇っぽい造りの映画だと感じる。ネタバレになっちゃうけど、主人公の少年が幽霊の姿で「昭和20年9月21日、ぼくは死んだ」って言うの、これってめちゃくちゃ演劇的だと思う。ぼくはこういう仕掛けのフィクションに弱いんだよなあ。映画の最後、主人公がまたカメラ目線で観客に視線を送るやつとかもさあ……ぼくはこういうあざとい演出が大好物です!
『金曜ロードショー』放送終了直後、ぼくは由梨に「『火垂るの墓』観たよ! めっちゃ感動した」とLINEした(肝心の由梨は番組をリアタイしていなかったが)。翌日にはGEO池上店へ行って(人生初GEO)、高畑勲監督が『火垂るの墓』の次に作ったという『おもひでぽろぽろ』のDVDを借りた。由梨から私物のDVDを借りるという手段もあったけど、もしかしたら由梨だって『高畑勲展』に行く前に観ておこうと思うかもしれないと思ったし、ぼく的には一日でも早く『おもひでぽろぽろ』を観たかったのだ。結局、実際にレンタルDVDを観たのはそれから数日後だったんだけどね。

8月下旬。東急多摩川駅のホーム(目黒方面)で待ち合わせ。普段のぼくらはJR蒲田駅で待ち合わせすることが多いが、麻布台ヒルズ ギャラリーの最寄駅(の一つである)東京メトロ六本木一丁目駅へ行くにはこのルートのほうがお互い楽なのだ。さあ、行きますよ『高畑勲展』へ! 『火垂るの墓』も『おもひでぽろぽろ』も履修して事前の予習はバッチリだ!
東急目黒線=東京メトロ南北線(直通)の車中で、ぼくは由梨に「高畑勲監督の作品は『意地悪なひと』や『まあまあ意地悪なひと』がふつうに出てくるところが最高だよね」という話をした。由梨はぼくのこの話にあまり共感していないようだったが、ぼくが高畑勲監督やスタジオジブリにハマりつつあることについては誇らしげだった。
東京メトロ六本木一丁目駅着。4番出口から地上へ。うわあ、整った街並みすぎてちょっと引く。居住地のはずなのに生活感が一切なくて、まるで建てたての映画のセットみたい。しかも右斜め前には東京タワー。高所恐怖症のぼくにとって最大の恐怖の塔だ。由梨から「こういうところに住んでみたい?」と聞かれたので、ぼくが「いやだよ、こんな落ち着かないところ。東京タワーも近すぎるし。将来住むなら伊勢佐木町(横浜市)がいい」と言ったら、由梨は「ふーん」とうなずきながらうれしそうな顔をしていた。人間というのは自分の地元を褒められるとうれしくなる生き物らしい。
微妙に道に迷いつつも、「こっちじゃない? ほらこっちだよ!」と由梨に導かれて麻布台ヒルズ ギャラリーへ。ロッカー(無料)に荷物を預け、まずは音声ガイドを借りに行く。ぼくらは普段は美術展でこういう音声ガイドを借りないタイプの人間だが、ぼくは『高畑勲展』の音声ガイドについては聴きたかった。なぜなら、ぼくはNHK-FM『伊集院光の百年ラヂオ』とニッポン放送『伊集院光のタネ』のタイムフリー民で、『高畑勲展』の音声ガイドは伊集院光が務めているからである。まあ、別にファンってほどじゃないけどさ、ぼくは伊集院光に親しみを持っているというわけだ。
ぼくにつられて由梨も音声ガイドを借りることに決め、ぼくらは二人揃って耳にヘッドホンを装着したスタイルで『高畑勲展』の展示室へ入場した。ちなみに、『高畑勲展』は撮影禁止なので写真はありません。

入場。まあ、混雑していますよね。まずは壁いっぱいに高畑勲の年表が大きく展示されていた。……へえ、高畑勲って宮崎駿より先輩だったのか。スタジオジブリといえば宮崎駿っていうイメージだったから、「宮崎駿が兄貴分、高畑勲が弟分」という関係性かと勝手に思っていたぞ。
高畑勲は若い頃に『やぶにらみの暴君』というフランスのアニメ映画を観て衝撃を受け、それでアニメにのめり込むようになっていったらしい。高畑勲本人が語っていた話によると、『やぶにらみの暴君』には「床の板が落ちて処刑が実行される」というシーンがあったそうだ。だが、ひんやりする描写なのに血なまぐさくなくて、そういう洗練された感じに高畑勲は惹かれたんだそうだ(『やぶにらみの暴君』の監督が作品の出来に納得していなかったというのは皮肉な話だけど)。ここでは『やぶにらみの暴君』のチラシも展示されていて、由梨はそこに書かれた文字を見て「『総天然色漫画映画』の元ネタはこれだったんだ」とかなんとか言っていた(高畑勲はのちに自分のアニメ映画のことも「総天然色漫画映画」と呼んでいたらしい)。
次の部屋で展示されていたのは、若い頃の高畑勲が書いたという『竹取物語』アニメ版のメモ書きだ。「誰もが知る古典をどう扱うか」とか「パロディ的にうんぬん」とかいう文字が書いてある。このときは高畑勲が『竹取物語』をアニメ化することはなかったそうだけど、約半世紀後、高畑勲は『かぐや姫の物語』という映画を作って、若い頃からの夢だった『竹取物語』のアニメ化を実現することになる。
東映動画で下積みしたあと、1968年、高畑勲は『太陽の王子 ホルスの大冒険』という作品で初めて長編アニメ映画を演出した。この作品で高畑勲が書いたもの……だったかどうかははっきり覚えていないが、登場人物の感情の起伏を表す「テンションチャート」というのも展示されていた。ぼくは音声ドラマの脚本を書いてきた人間だが、面倒くさいのでこんなチャートは作ったことがないし、今後も作りたくない。スタッフやキャストには台本の中に書いてあることでだいたいを察してもらいたい。それに、作品は稽古の過程で固まっていくものだと思うし(ぼくは自分で演出もするから余計にそう思う)、稽古中に台本の内容が変わることだってあるんだから、そもそも事前の「テンションチャート」なんて当てにならない。
ただ、由梨はアニメを作るとき、やっぱりこういうチャートを書いてきたんだそうだ(「ここまで細かいものではないけど」と言っていたけど)。このあと展示室内に掲げられていた解説パネルを読んで、ぼくは、アニメ畑の人間がこういうチャートを作りたがる理由が分かった。アニメ作りの現場では撮影中の「偶然」がないのだ。実写映画だと「役者の演技」とか「天候」とかの不安定要素がある。例えば、役者がアドリブの演技をして「それいいじゃん。それ採用しよう」ということになったり、たまたま映り込んだ影を活かして「じゃあ構図を変えてみよう」ということになったり。
でも、アニメには「偶然」がない。絵の中の登場人物が勝手に演技をすることはないし、絵の中の風景が勝手に変わることもない。描きたいことのすべてを事前に作り込んでおかないといけない。だから、「テンションチャート」みたいなクソめんどくさい準備が必要になるのだ。ぼくのような「勢いで乗り切る」タイプの人間にとってはうんざりする準備である。はあ、アニメを作る人間ってやっぱりすげえな。ぼくは改めて由梨のことを尊敬した。
さて、『高畑勲展』の展示に戻ります。『太陽の王子 ホルスの大冒険』が大赤字だったので東映動画を辞めることになったあと、高畑勲は『パンダコパンダ』という作品を作ったらしい。由梨はもちろん知っていたけど、ぼくはもちろんこれが初見だった。親パンダの顔がなんか怖いなあ。由梨が「お父さんパンダはトトロにちょっと似てるね」と言ってきたので、ぼくが「この犬はネコバスに似てる」と言ったら、由梨から「これは犬じゃなくてトラだし、犬に見えたなら『ネコバスに似てる』という感想はおかしい」とツッコまれた。ツッコミ厳しすぎるだろ……

『赤毛のアン』や『アルプスの少女ハイジ』の展示コーナーもあったけど(ここでぼくは『アルプスの少女ハイジ』を『森の王女ハイジ』と言い間違えてまた由梨からツッコまれた)、ぼくがこのあたりの年代の作品でいちばん気になったのは『セロ弾きのゴーシュ』かな。『セロ弾きのゴーシュ』は観てみたい。
彼女がいるが実はゲイである男としては、まず、若い男性が主人公なところがいい。それから、音楽をテーマにした作品なところもいい。ぼくが「クラシック音楽がテーマなのがいいね」と言ったら、由梨から「そういえば子どもの頃から聴いてたんだよね」と指摘されたけど、ぼくが本当にクラシック音楽に親しみを持つようになったのは大学2年になってからだ。ぼくの初体験の相手だった上野くん(他大学の男子)が吹奏楽サークルでクラリネットを吹いていて、ぼくはそのサークルの発表会にも行くようになって、それでぼくはようやくクラシック音楽への苦手意識を克服したのだった。
……なんて話を由梨にできるわけはないので(由梨はぼくがゲイであることを知りません。たぶん……)、ぼくは「うん、まあ、そこはあんまり関係ないかもだけど」という返しで済ませ、次のコーナーへ向かった。みんな大好き『火垂るの墓』のコーナーだよ!
『火垂るの墓』コーナーは照明が落とされて暗くなっていて、静かな雰囲気が演出されていた。空間を広くとっていたこともあってか、このコーナーは人口密度が低かったな。JR神戸線三ノ宮駅で撮影した写真なんかも展示されてあったりして、『火垂るの墓』を作るにあたって高畑勲監督たちはやっぱり神戸でロケハンしていたんだと分かった。
奥にある「床の間」みたいなスペースには、『火垂るの墓』の大きな立体ポスターが飾ってあった。『火垂るの墓』の主人公の兄妹がホタルに囲まれながら笑っている絵なんだけど、しばらく眺めていると、上空にB-29爆撃機のイラストがうっすらと浮き上がってくる仕組みになっている。絵の下部に笑顔の兄妹がいて、上部を爆撃機が飛んでいるっていう対比がめちゃくちゃ不気味だ。今年は戦後80年。ぼくも由梨もこのポスターを眺めている時はさすがに無言になった。
小さな机一つだけの『柳川堀割物語』コーナーを経て(ぼく的にはこの映画も気になった)、『おもひでぽろぽろ』コーナーへ。音声ガイドの解説によると、現代パートは極限まで細部をリアルに描き、回想パートは逆にぼんやりした感じで周縁を白くするという手法をとったらしい。なぜこの話をぼくがいまだに覚えているのかというと、この日このあとも、ぼくは由梨からまるでリマインドのごとくこの話を何度も聞かされたからだ。由梨はやっぱりアニメの演出的なところに関心が向いているんだよなあ。


『平成狸合戦ぽんぽこ』コーナーも、『火垂るの墓』コーナーに負けないぐらい広大なエリアだった。ぼくは落語が好きで、寄席にたまに行くし、大田区立図書館で落語のCDを借りて聴いたりもする。そういう人間としては「古今亭志ん朝が語りをやっている(しかもドキュメンタリー調に)」「他にも落語家がたくさん出ている(しかも昭和のレジェンドばかり)」という情報だけでもこの映画は気になったし、そういう話を抜きにしても、ぼくは楽しそうな絵柄からしてこの映画が気になった。……というわけで、後日、ぼくはGEO池上店で『平成狸合戦ぽんぽこ』のDVDを借りて観たのだが、長くなっちゃうのでそれはまた別の話ということで。

「リアルな描写を突き詰めたはいいけど、結果として観客から想像力を奪ってしまったのでは?」と反省した高畑勲は、画面に余白があるアニメを作ることにする。それが『ホーホケキョ となりの山田くん』だ。ぼくみたいなアニメ門外漢からすると手抜きにしか見えない画風だが、実はめちゃくちゃ高度なことをやっているらしい。そこら辺の話は解説パネルに書かれてあったし、由梨も丁寧に説明してくれたのだが、ごめんなさい、もはや記憶にありません……。アニメ技術の話はぼくには難しすぎるのよ……

高畑勲が尊敬していたというフレデリック・バックというアニメ作家の紹介コーナーを見たあと(ちなみに由梨はこのひとのDVDも子どもの頃から観ていたそうなのでビビる)、『かぐや姫の物語』コーナーへ。まあ、これも『ホーホケキョ となりの山田くん』みたいなラフな画風の映画だ。やっぱりぼくには手抜きアニメにしか見えないのだが(失礼)、ここに使われているのは実際には超高度な技術であって、この映画を作るためにべらぼうなお金と手間暇がかかったらしい。とはいえ、これのどこがどう超高度なのかを一切説明できないのがぼくの切ないところだ。

『かぐや姫の物語』が高畑勲の遺作になったので、『高畑勲展』もこれでおしまい。ただ、展示室を出たところに『母をたずねて三千里』だとか『赤毛のアン』だとかの映像を上映しているスペースがあったので、ぼくと由梨は椅子に座ってしばらく鑑賞した。まあ、いかにも昔のアニメ映像って感じだったけど、『母をたずねて三千里』の主人公(少年)が街の中を駆け回って、馬車と外壁のあいだの狭いところをそうっと通り抜けるっていうシーンは面白かったなあ。すごく「ジブリっぽい」っていうか。いや、そもそもぼくはスタジオジブリに詳しくないんですけど。
ぼくと彼女は『高畑勲展』へ行く。このあと、ぼくらはロッカー(無料)からかばんを回収し、地下のミュージアムショップへ向かった。由梨は図録とパンダコパンダのグッズを買っていたな。ぼくは何も買う予定はなかったけど、当時の劇場パンフレットの復刻版が販売されていたので、つい『平成狸合戦ぽんぽこ』のパンフレット(1,100円)を買っちゃった。いやあ、ぼくって映画のパンフレットが昔から好きなんですよね……。でも、このパンフレットは買っておいてよかったと思う。というのも、このあとGEO池上店で借りて観た『平成狸合戦ぽんぽこ』は本当に面白い映画だったからだ。ぼくめっちゃ好きです、『ぽんぽこ』。
このあとぼくらは麻布台ヒルズを散策し、フォトスポットで写真を撮影したりした。パネル自体の写真とは別に由梨入りバージョンの写真も撮ってあげたんだけど、フォトスポットは人通りが激しいところに設置されていたので、さすがの由梨もちょっと恥ずかしそうにしていたな。通行人が由梨のことをジロジロ見ていたからね。まあ、それを言うならカメラマンのぼくだって恥ずかしかったんだけど。もしまた『高畑勲展』をやるようなことがあったら、今度はフォトスポットは通路以外に設置してほしいです!



※『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『ホーホケキョ となりの山田くん』『かぐや姫の物語』の作品静止画はスタジオジブリの公式サイトからお借りしました。「画像は常識の範囲でご自由にお使いください」というお言葉に甘えてお借りしましたが……ぼくのここでの使い方、常識の範囲に収まってますよね? たぶん……
