④小さな命より宗教を選ぶガチ勢の信者
婚活ばかりの20代も、ようやく終わりを告げようとしていたとき、それは起きました。
29歳、友人に紹介してもらった男性と気があってお付き合いが始まりました。
ようやく、です。ようやく「この人好き!」と思える人に出会いました。
いや、長すぎた冬がそう思わせたかもしれません。なにせここまで6年、恋愛についてはロクなことがなかったんだから。
彼はひとり暮らし、そりゃもう部屋に入り浸るでしょ。いろんな意味でストレスもフラストレーションも溜まりに溜まってんだから。
ただ、親には彼氏ができたことを話してなかった。だって彼は創価学会の人じゃないから。それに、自分が信仰者なこともまだ彼に打ち明けてなかったので、親にはそれがすんでから話そうと考えていました。
彼に創価のことを打ち明けけようとタイミングを狙っていたんですが、なかなか勇気がでません。また断られるかもしれない、不安しかない、時だけが過ぎていきます。
そして、わたしは、妊娠しました。
そのことを彼に報告。すると彼から、まさかまさの予想だにしない話が…
「俺の母親は立正佼成会をやっている。嫁さんになるには、それを一緒にやってほしい」
ショックと怒りと悲しみ。ガタガタと音をたてて何かが崩れ落ちていった。心がボッキボキにおれた。目の前にごつい壁が立ちはだかって身動きがとれない。
それと同時に、わたしの中のもう一人のわたしが、ムクッと立ち上がって、心の中で強くこういったんです。
「これじゃお話にならない。別れよう。中絶しよう」
相手にその旨を伝えると、とくに話し合うわけでもなく、彼はだまって病院代を渡し、それを最後に2度と会うこともなければ、音信不通となりました。
親に伝えると、とくに何か意見するわけでもなく、思ってることを話すわけでもなく、ただただ受け入れた様子でした。
ビックリした様子もなけりゃ、悲しいというかんじもしない。私が憶えてるのは、「あ、そうなんだ」とポカーンとした両親の表情でした。
「そりゃ創価学会がダメならダメよ、別れて正解!」と言われた覚えはない。
とはいえ、「命を授かったんなら彼とよく話しあったら?」とか「あなたの体が心配」とか「1度本人に会わせてほしい」みたいな、人間らしいの話があったかどうかも覚えてません。
中絶を決めてからというもの、ツワリはどんどんひどくなり、熱が下がらず、顔には無数のブツブツが発生して、とてもじゃないけど仕事には行けない状態。
しばらくお休みをもらって、その日を待ちました。結局ツワリに耐えられなくなり、手術日を早めてもらいましたが、たしか1週間は起きあがれなかったと思います。その1週間は一生分の涙を流しました。人間は朝から夜中まで、1日中泣くことができるんだと知りました。
手術当日、付き添いは母親にお願いしました。一応、相手にもメールはしましたが反応はありません。
産婦人科の待合室。あの、幸せ感漂う空気がキツかったのをよく覚えています。
無事に手術を終え、体調はしばらくして戻りましたが、泣く日々は続きました。それでも日常は流れます。現実を受けとめて、いつも通りの生活ができるまで、たぶん1ヶ月はかかりました。
