頑張る理由が変わると、なぜこんなに苦しくなるんだろう。
最近、ふとした瞬間に「自分はなんで仕事を頑張ってるんだっけ」と考えることが増えました。
別に辛いわけじゃないんです。でも、なんか、以前よりちょっとだけ重い気がして。同じ仕事をしているのに、同じタスクをこなしているのに、なんかしんどい。
さて、ここから本題に移っていきましょう。
▶︎ 頑張る理由は、ふたつある
仕事に対するスタンスって、大きく分けるとふたつあると思っています。
ひとつは「誰かに認められたいから頑張る」。上司に評価されたい、昇給したい、チームから信頼されたい。誰かの目線を軸にして動くやり方。もうひとつは「好きなことだから頑張れる」。仕事そのものが楽しいから、誰に見られていなくても手が動く。自分の内側から湧いてくるやり方。
どちらが正しい、なんて話ではないんです。でも、この「軸」がどっちにあるかによって、同じ仕事の感触がまったく変わってくる。それが面白くもあり、ちょっと怖くもある。
▶︎ 「認められたい」は、思ったより強い動機だ
「誰かに認められたいから頑張る」という動機を、ちょっと下に見てしまうことがあります。主体性がないとか、外圧に頼りすぎとか。でもわたしは最近、それは少し違うと思うようになりました。
承認欲求って、人間にとってかなり根っこに近いところにある欲求なんですよね。マズローの欲求階層説でも、承認欲求は自己実現のひとつ手前に置かれています。それくらい、根本的なもの。
だから「上司に褒めてもらいたい」「給料を上げたい」という動機は、恥ずかしいことでも弱いことでもなくて、むしろ人間として自然な感覚だと思う。その欲求がエンジンになって、ちゃんと仕事が回っている人はたくさんいる。
皆さんも、「誰かに見てもらっているから頑張れた」という経験、ありませんか。
▶︎ 「好きだから頑張れる」の、落とし穴
一方で、「好きなことだから頑張れる」という動機は、一見最強に見えます。外からのプレッシャーがなくても動けるし、評価されなくても続けられる。自律的で、持続可能で、理想的に見える。
でも、この動機にも実はひとつ、隠れた落とし穴があります。
心理学の世界に「アンダーマイニング効果」という概念があります。内発的動機(自分がやりたいからやる)で動いていたものに、外発的な報酬(お金・評価・義務)が加わると、むしろ内発的な動機が弱まってしまう現象のことです。
分かりやすく言うと、「好きで描いていた絵に、お金が発生した瞬間に楽しくなくなってしまった」とか、「趣味でやっていたことを仕事にしたら、義務感になってしまった」という経験に近い。
好きなことが仕事になり、評価の対象になった瞬間に、何かが少しずれ始める。
▶︎ 視点が変わる瞬間
この話でいちばん面白いのは、そのずれが「突然起こる」ところだと思っています。
昨日まで楽しかった仕事が、今日になって急に重く感じる。そういう瞬間ってあって、でも「何が変わったのか」がよく分からないから、余計しんどい。体調?人間関係?飽き?と原因を探してしまう。
でも実は、変わったのは「視点」だけだったりする。好きだからやっていたはずが、気づいたら誰かの期待に応えようとしていた。楽しいからやっていたはずが、いつのまにか成果を出さなきゃいけないプレッシャーに変わっていた。
内側にあった軸が、外側に移動した瞬間。それが、苦しさの正体なのかもしれないと思っています。
▶︎ プロダクト制作をしていると、これをよく感じる
詳しくは言えないのですが、プロダクト制作の現場でもこれをひどく感じることがあります。
最初は「こういうものを作りたい」という内側から来る衝動で動いているのに、プロジェクトが大きくなっていくにつれて、リリース日が決まり、KPIが設定され、評価される対象になっていく。それ自体は必要なことなんですが、その過程でどこかで「あ、軸が変わったな」と感じる瞬間があります。
ユーザーのためとか、チームのためとか、口では言えるんですが、心の奥では「評価されたい」と「好きでやりたい」がせめぎ合っている。どちらかに決めようとするほど、こんがらがってしまう。
▶︎ どちらかを選ばなくていい、かもしれない
ここまで書いてきて、「じゃあどちらの動機が正しいのか」という答えに行き着かないことに気づきました。
自己決定理論という心理学の枠組みでは、人間の動機は単純な内か外かではなく、もっと連続したグラデーションとして捉えられています。外からの報酬を「自分のもの」として取り込んでいく過程があって、承認されることが自分の成長と重なったとき、外発的な動機は内発的なものに近づいていく。
だから「認められたいから頑張る」と「好きだから頑張れる」は、どちらかを選ぶものじゃなくて、本来はうまく混ざり合えるものなのかもしれない。
ただ、その混ざり合い方が崩れたとき、人は苦しくなる気がしています。
▶︎ 自分に問いを返す
「今、自分はなんのために頑張っているんだろう」という問いを持つこと、それだけで少し楽になることがあります。
誰かに認められたくて頑張っているなら、それでいい。好きだから続けているなら、それでいい。ただ、自分でもよく分からないまま走り続けているとしたら、一度止まって確認してみてもいいかもしれない。
頑張れなくなったとき、それはサボっているわけでも、弱くなったわけでもなくて、ただ「視点がずれてしまっている」だけなこともある。
何に向かって頑張っているのかを、ちょっとだけ丁寧に見てあげること。それが、また動き出すための最初の一歩なのかもしれないと、最近なんとなく思っています。
あわせて読みたい
▪️「頑張りたい」という気持ちとの、やさしい付き合い方。
頑張りたいのに頑張れない。その焦りをやさしく解きほぐす一篇。
▪️空いたポストを狙うということ。
キャリアと自分の動機について、組織の視点から考えた記事。
▪️疲れてたっていいじゃん。
頑張りすぎて疲れたとき、自分に許可を出すための話。
