愛染明王のご利益を受ける禁断の方法!本当の恋愛成就の引き寄せを公開します
こんにちは。
西炎です。
今回は愛染明王をテーマにしたいと思います。
愛染明王といえば恋愛成就の神として有名ですし、私のところにくる依頼でも愛染明王との神人合一を望む方も多いです。
しかし現代人のほとんどが愛染明王のご利益を勘違いしていますし、また恋愛の本質をも知りません。
今回は愛染明王のご利益を通して、恋愛の本質についてお話ししたいと思います。
愛染明王のご利益とは?

愛染明王のご利益をまず見ていきましょう。
愛染明王のご利益は意外と幅広くなっています。
・恋愛運アップ
・縁結び
・良縁成就
・商売繁盛
・家内安全
・健康運アップ
・子宝、安産、子育て
・勝負運アップ
・厄除け
・滅罪
・現世安穏
・来世を良くする
こうしてみれば恋愛系以外のご利益も相当あることがわかります。
そしてここに愛染明王の本質が隠れているんですね。
冒頭でもいいましたが、神人合一で愛染明王との統合を依頼されることもあります。
この段階で愛染明王に降臨してもらわないといけないので、私は直接愛染明王とエネルギー的に接触、あるいは交流しなければいけません。
ですので愛染明王のエネルギーの輝き、あるいはその性質を感じるのですが、最初から思っていましたが愛染明王は恋愛系のご利益に狭く設定しているのは人間だけなのではないかということです。
つまり金運、仕事運、お祓いなど基本的に愛染明王は人間の悩みすべてに対応してくれるということだと思うんですね。
これは愛染明王に限らず、他のすべての神仏にいえることです。
ただし瀬織津姫だけは若干性質が違うようですが、この点は以下の記事ですでに触れましたね。
愛染明王の調伏法

愛染明王については現代だとすでに記載しましたように恋愛成就、あるいは復縁、縁結びといったイメージが強くあります。
しかし平安時代などでは鎮護国家の術でよく登場していました。
他にも
・調伏法 外敵の降伏を狙うこと
・息災法 天災・人災から免れること
・敬愛法 人からの愛情や尊敬を獲得するために行う
といった術も存在しています。
実際にやるとなると結構準備も必要となりますが、鎮護国家という意味では調伏法が使用されます。
国を守るという観点で平安時代などでしばしば行われていた形跡があります。
ずいぶんと現代の愛染明王のイメージと違いますよね。
愛染明王と上杉謙信、直江兼続

また愛染明王といえば戦国武将の直江兼続でも有名ですね。
戦国武将は合戦時に甲冑をまといますが、直江兼続の兜には愛と書いてある前立をつけていたとされています。
この愛の文字の意味にはいくつか説がありますが、そのうちの1つに愛染明王の愛ではないかというものもありますね。
直江兼続は上杉謙信の影響をかなり受けていることは推測できます。
上杉謙信といえば毘沙門天への信仰が篤く、旗に「毘」という文字の書いてあるものを使用していましたが、直江兼続もこの謙信の信仰という部分の影響を受け、それが愛染明王だったとしても特に不思議でもないと思いますね。
では直江兼続の愛とはどういう意味だったのでしょうか?
これも諸説ありますが、「愛民」すなわち領民を慈しむ心を表すという解釈もあります。
上杉謙信や直江兼続が教育を受けた禅寺、雲洞庵の教え「国の成り立つは民の成り立つをもってす」から、民を大切にする心を忘れないために「愛」を掲げたという説になります。
また主君である上杉景勝や家臣、領民を深く愛し、その思いを「愛」という文字に込めたという解釈もあるようです。
関ヶ原の戦いの後、大幅に徳川家に減封された上杉家でしたが、家臣を基本的に解雇しないで身を寄せ合って暮らしたという姿からこの説も有力ではないかとも思います。
また自分の直江家の廃絶を行うことで、上杉家の財政を救ったというエピソードもこの説の根拠を与えていると思います。
あとは愛染明王も実は弓を持ち、軍神という側面もあり、そこから愛という文字を使ったという説もあります。
ここからわかりますように、直江兼続は恋愛の感情的な愛でなく、主君への忠義、家臣や領民への慈愛、そして戦勝祈願など、様々な意味が込められた、多角的な概念で使っていたという可能性がありますね。
ここ意外と愛染明王の本質をついている気がしていますので重要な解釈だと思いますね。
愛染明王の本質 離愛金剛

愛染明王についていろいろと書いてきましたが、愛染明王は仏です。
現代人は無邪気に恋愛だ、復縁だということでお参りするのですが、個人的にこの方向性にすごく疑問を感じてしまいます。
というのも愛染明王の密号は離愛金剛なんですね。
ここでの「離」は生死の業となる因子の煩悩や渇愛を離れる意味になります。
そして「愛」は菩提(覚り)の妙果を愛する意味となります。
つまり離愛金剛は「愛欲(煩悩)を離れ、大欲に変化せしむ」という意味になります。
愛欲というのが現代人の恋愛です。
つまり感情的な神経をただ摩耗する恋愛ですね。
このような感情的な愛や欲を英知、知識によって浄化し、それらが昇華されて法則に基づく働きとなったものを「大愛」または「大欲」というわけですね。
つまりここからわかりますように愛染明王の本質とは恋愛成就や復縁成功でなく、その固執する感情的な愛を知識などによってきれいにしてしまうということいえます。
そしてその愛欲を超えた経験をもって悟りにいたる道を見つけることを説くわけですね。
直江兼続の愛の解釈と似ていて、感情的な愛を超えた先にあるものを愛染明王というわけです。
この点、現代人が恋愛成就を愛染明王にお願いするのはちょっと違和感があるというのも見えてくると思います。
愛染明王と蓮

愛染明王は蓮の花を台座にしていることが多いです。
ほかの仏も蓮の花と関係があることも多いのですが、なぜ仏教や密教では蓮の花がよく出てくるのでしょうか?
ちなみに仏陀も蓮の花も関係していますね。
蓮というのは水の中に生えます。
そして根っこは水の中につかるのですが、花は水面から出て水で濡れることはありません。
これは理想の人間を示していて、水の中の泥などに生きているとまみれてしまうものの、その中でも悟りを得て汚れない花を咲かせるという意味があるようです。
もし今、恋愛、お金、仕事、人間関係などで悩みがあるのであれば蓮を思ってみてください。
人間とは肉体を持つ限りそもそも完璧ではありえません。
完璧でないので痛みや悩みが出てくるわけで、それは自分に至らない点があることの通知というわけです。
愛染明王も眉間に第三の目があります。
これは松果体を活性化させるというメッセージだと思いますが、松果体とは超能力系の話をよく指摘されますが、その本質は物事を考えず評価もしないで客観的に観察するということにあります。
観察するので悩みを客観的に正確にとらえ、そして悩みを解くことができるわけですね。
この記事でもこのようなジャンルの話は書きましたが、
・イベントがある
・そのイベントに評価をする
・その評価で苦しんでいる
というのが悩みの正体です。
そして評価というのは自分の意見でしかありません。
現代では意見を持つことは大事とよくいわれますが、本当にそうでしょうか?
何かのイベントがあってそれにすぐに評価をするのは非常に危険であり、その評価ですべての人間は苦しんでいるのです。
すべてのイベントを冷静に透明な意識で観察するというのが正しいと思いますね。
愛染明王の特徴 炎、赤

愛染明王というと蓮以外にもいくつかの特徴があります。
・第三の目があること
・赤い体をしていること
・腕が6本あること
・髪の毛が逆立っていること
・後ろに丸い円背があること
第三の目についてはすでに触れました松果体のことですね。
赤い体、逆立った髪の毛というのは怒りを示していると思います。
怒り、それは愛欲への怒りかもしれませんね。
人間とは愛欲を満たすために生きているのでなく、愛欲を解消し、悟りにいたるために存在しているわけです。
愛欲というのは、あくまでも家庭を持ち、それによって生活を可能にしていくというために存在するものです。
つまり悟るという目的があり、その手段が愛欲となりますね(真理的には愛欲でなく恋愛相手を感情なく観察できないとダメではありますが)。
それに流されている人間を正しい道に戻すというのも愛染明王の教えかもしれませんね。
後ろの円背は他の仏でも見られる特徴ですが、人間でいうところの後光です。
後光というのは迷信だろうと思うかもしれませんが、徳を積んだ人は実際に松果体で観察すると後光が差しているわけですね。
自分のことだけ考えず、まして愛欲のような自己本位の願望に縛られずに、世界に貢献していきましょう。
そうすれば個別の願いがどうこうでなく、すべての願いが叶うようになるわけです。
これは引き寄せの法則への痛烈な指摘かもしれませんね。
このあたりはこの教材にまとめています。
金運、恋愛運、仕事運・・・とすべての運を一気に上げる最強の方法といえますね。
愛染明王と縁結びの方法

愛染明王の教え、あるいは本当のご利益は愛欲の解消、そして悟りというと落胆した人も多いかもしれませんね(笑)。
ですので縁結びの方法についても紹介したいと思います。
ですが愛染明王にお参りすることも効果はありますので、今回の話を脇において漫然と参拝することを否定しているわけではありません。
ただ私は源流に忠実でありたいので、世間の誤解とは違うかもという話をここで共有しておきたかっただけです。
さて縁結びというと赤い糸という話が出てきます。
薬指に小さなころから特定の相手と赤い糸で結ばれているという話ですね。
小さいころはこの話を信じていたかもしれませんが、今はどうですか?
先に結論を語るとこの話は本当です。
ただし赤いエネルギーとしての糸で結ばれているということです。
中身は縁とでもいえば良いでしょうか?
私のところには以前よく復縁の相談がきていました。
しかし復縁を例にとると非常にわかりやすいのですが、復縁というのはいかがわしいサービスで復縁実現ということを掲げて費用を請求している人を散見します。
このようなものに依頼してどうだったのか非常に興味はありますが、
・通常あまり効果はない
・復縁成功が叶ったとしても何もしなくても復縁できたケースだった
ということがかなり多いと思うんですね。
復縁というのはそもそもすでに付き合った履歴が相手にあります。
その中であなたともう絶対に復縁しないと決定されていれば何をしても無駄です。
それを押してその相手と復縁の術をするのは精神的なストーカー行為といって良いです。
本質的に相手に自分の強い生霊をつける行為なので、相手を思いやるのでなく、自分の願望に固執した悪魔のような行為にほかなりません。
そしてその願いに固執している期間のあなたの内面こそが現世に存在する地獄であり、人間の本質とまったく違うことになっているわけですね。
人間には縁というものがあり、相手にも別のパートナーを選択する自由があります。
そのパートナーがあなたでなかっただけであり、それを尊重することも重要です。
相手の幸せを望むのも1つの人間の道だと思いますね。
そしてあなたにも別の相手が理想だったのかもしれません。
それが縁であり、赤い糸で結ばれている相手ということになります。
復縁というのは流れに逆らうことであり、うまくいく人生とは流れに逆らわないことでもあります。
神仏とはお互いを幸せにしなければいけない立場なので、相手に望ましくないあなたを無理にくっつけるわけにもいかない立場であるのですね。
ですので愛染明王への理想の縁結びのお願いの仕方というのは「私が理想の恋愛(結婚)ができますように」という方法になるかと思いますね。
ただし神社仏閣にいる神仏にお願いを届けるのも実は次元の問題もあり難しいことでもあります。
オーラの次元で話をしないといけないので、本気でという方は以下でお待ちしております。
確実に縁結び最強の神さまにあなたの願いをお届けできます。
愛染明王の教え

愛染明王についてこの記事を読む前とずいぶんとイメージが変わったという人もいるかもしれませんねぇ。
私も昔、愛染明王について研究していて同じようにイメージがかなり変わりました。
この点、他の仏にも同じようなことが多いですね。
毘沙門天、不動明王、大黒天・・・とたくさんの魅力的な仏がいますが、元は仏教あるいは密教です。
終局的にはすべて悟りを目指すというものであり、現代人の考えるようにお願いするとその願いが叶うというシステム自体が邪道というわけですね。
人間とは生きる上で五感を通じてさまざまな情報を取り入れます。
たとえば男性だときれいな女性を街で見かけると、その女性をいいなぁと思ってしまうかもしれません。
しかしそれは視覚を通じて得た情報に自己評価をした結果であります。
味覚、聴覚も同様で、評価をすることで固執につながります。
六根清浄の祝詞はこの機微をよく知っていて、この評価を浄化しようという試みだと理解しています。
評価は必ず苦悩につながります。
たとえば自分がお金持ちであり、お金を持っていることに誇りを持っていれば、なくしたときに非常に激しい苦しみを持ちます。
時に命を失うかもしれません。
これはお金だけでなく、仕事、恋人、家族などすべてに該当します。
しかしよく考えると物質的なものは得るということは絶対にすべて失う定めにあることは自明のことです。
得た瞬間から変化にさらされ、そして最低でも自分の死ですべてを失うわけです。
ですので最初から得なくてももともとというわけです。
