補助線|やりたいことがない夜は、物語というシェルターへ。「弱いままでも許される世界」の歩き方?
「やりたいことが見つからないとき、どうしたらいいですか?」
─── そう聞かれたとき、僕は言葉に詰まってしまいました。 だって、僕自身にも「やりたいこと」なんて、これっぽっちもなかったから。
世の中は少し、眩しすぎますよね。 「人生は一度きり!」 「やりたいことをやらなきゃ損!」 そんな言葉がネオンサインみたいにチカチカ光って、立ち止まっている僕らを急かしてくる。
かつて僕も、そんな「無責任な誰か」の言葉に傷つき、焦り、そして途方に暮れていました。 だから今夜は、そんなあなたに「動かなくていい理由」をお話ししようと思います。
「面白そう」に出会うまでの、長い雨宿り
そもそも、心が動かないのに体だけ動かすなんて、土台無理な話なんです。 「面白そう!」と心が弾まない限り、一歩も動けない。 でも、動かないから「面白そう」なことにも出会えない。
僕のようなとんでもない面倒くさがり屋は、この無限ループの中でずっと体育座りをしていました。 自分からキラキラした場所に飛び込んでいくなんて、怖くてできない。
でもね、ある時気づいたんです。 自分の足で歩かなくても、「旅」はできるんじゃないかって。
それが、物語を読むことでした。
傷つかずに、誰かの人生を借りる
漫画でも、映画でも、アニメでもいい。
ページをめくれば、そこには誰かの「人生」があります。
作者や、そこに携わった人たちの想い、経験、涙。それらがギュッと詰め込まれた「作品」という小瓶。 蓋を開ければ、僕たちは安全な部屋にいながらにして、冒険者にも、恋する乙女にも、世界を救う英雄にもなれる。
登場人物たちが悩み、傷つき、それでも何かを選び取る姿を、神様みたいな視点から眺めてみる。 「あぁ、こんな生き方もあるんだ」 「自分なら、ここで逃げ出すな」
それは、現実世界で生傷を負うことなくできる、魂のシミュレーション。 本来なら一生出会えなかったはずの景色を、借り物の目を通して見ることができる。 これって、魔法みたいに素敵なことだと思いませんか?
「弱い人さえ許される世界」へ
僕がとても大切にしている言葉があります。 アニメ『サクラダリセット』に出てくる、こんなセリフです。
“誰もが強い世界よりも 弱い人さえ許される世界─── 都合のいい奇跡で弱い人が救われる場所が 間違いだとは思えないんだ。”
現実の世界は、残酷なくらい公平で、結果がすべてです。 弱いままでは生き残れないと、誰もが言います。
でも、物語の中なら。 ご都合主義と言われようが、「奇跡」や「救い」を信じることができる。 弱い人が、弱いまま救われる世界に逃げ込むことができる。
もし今、あなたが焦りや不安に押しつぶされそうなら、そんな「優しい世界」に鍵をかけて閉じこもってもいいと思うんです。 それは「逃げ」じゃなくて、心が壊れないための「シェルター(避難所)」だから。
おわりに:雨が止むのを待ちながら
人生は一度きりだなんて言いますが、物語があれば、僕たちは何千回だって生き直せます。
焦らなくていい。 無理に「やりたいこと」なんて探さなくていい。
ただ、好きな物語のページをめくってください。 そこでたくさんの人生を旅して、泣いて、笑って。 そうして心が十分に満たされた頃、ふと窓の外を見たら、雨が上がっているかもしれません。 その時初めて、「ちょっと外の空気を吸ってみようかな」と思えたら、それがあなたの「やりたいこと」の始まりです。
だから今夜は、おやすみなさい。 よい旅を。
思考の原液:
今回の「補助線」記事の元ネタです。
整えられた言葉の裏にある、迷いや生煮えの思考はコチラ☟
参考:
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