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Flow into time 〜時の燈台へ〜 第14話

【前回の物語】
 七会と探夏は「むらさきいろの海」の湯船に一緒につかって、お互いに交際相手がいることを打ち明ける。探夏の部屋に泊まることを決める七会。初めて飲むジントニックを七会は、『天使の休息』と形容する。

第14話 : 永遠の4日間+1

「どうする、もう寝る? 大事な話はもう済んじゃったから、まだ時間は十分にあるよ。明日はここから直接車でいつもの現場へ行けるから、八時に出れば間に合うし。福井の準備は、明日帰ってからで間に合う?」
 探夏の部屋にはソファーはなく、二人はベッドを背もたれにしてオーディオセットの側を見て座っていた。両端には探夏が初めてのアルバイト代で買った大型スピーカー、その間には単品で揃えたコンポーネント。そう言えば一緒にジントニックを飲みながらジャズを聴こうと話していた。
「まだ起きてたいです。私、6時間寝れば大丈夫なので、明日の朝は七時に起きるとしても、夜中の一時までは起きてられます。明日の夜はバタバタすると思うので、次にゆっくり話せるのは九月です。その頃には、新しい物語が始まるのだと思う……今日は、一緒に起きていて欲しいです」
「そうだね……その時、今夜のことはどんな感じで思い出すだろう。七会さん、ジャズでも聴く? それとも何か、リクエストある?」
「私、テレビの横のレンタルビデオ屋さんのバッグの中身、見ちゃったんです」
「え、そうなの? どれもまだ観てないんだ。何か興味があるもの、あった?」
「『マディソン郡の橋』が観たい」
「今から?」
「はい。今から見ても、一時前には終わります」
「たしかに。キャッチコピーは、『永遠の四日間』か……僕たちも今日が四日目だね。明日があるから、映画よりちょっとだけ長い永遠だけど」
「映画の舞台はアメリカのアイオワ州……いつか行くことあるのかな……アメリカっていうと、ほとんどの人にとってニューヨークかカリフォルニアですよね……」
「そうだね、僕もアメリカには行ったことがないよ。じゃあ、観ようか」
「もう一つお願いがあります」
「今日は七会さんのお願いは、全部聞くよ。ジントニックもう一杯かな?」
「じゃあそれも追加でお願いします」
「もともとのお願いは?」
「探夏さんの膝の上に座って観たい」
「???」
「レストランのタブリエで話した、高校時代の電車の話、覚えてますよね。お互いにチラチラ見ていたその彼は、たった五秒間でしたけど、私が膝に座っても、降りろとも重たいとも言わず、そのまま座らせてくれたんです。子どもが親の膝の上に座るのとは訳が違うから、なんだか私の全部を受け入れてくれた気がして……あの思い出、探夏さんに塗り替えて欲しいんです……」
「わかった。お父さんの膝の上に座ってた記憶につながるなら複雑な気持ちだけど、初恋の彼の思い出を塗り替えるのなら、喜んで」
 探夏はオーディオセットのスイッチを入れると、アンプの入力をVHSデッキに切り替えて、テレビではなくオーディオのスピーカーから音声が出るようにセットした。ジントニックのおかわりを一杯目より大きなグラスに作って置き、クッションを二枚重ねで使ってその上にあぐらをかいた。七会はその膝の上にはしゃいで座り、探夏が七会の肩を後ろから抱くと、まだ濡れている髪が頬に当たった。映画が始まった。父親と子どもたち二人は、ピックアップトラックで子牛の品評会へ出掛けて行った。

「これって、膝の上に五秒間座ってるんじゃなくて、二時間座ってるの? この二人、過激……」
 こういう感想を率直に、しかも遅れなく口にするのは、もちろんユーリだ。
「福井へ行く前にどうしても済ませる必要があった話はもう済んで、でも寝るのは時間がもったいない。そして触れ合っていたい。さすがにベッドで二時間抱き合うのもなんだから、七会さん、この言い訳を思いついたんだよ」
 こういうシーンでも冷静に分析するのは、ナミの役割と決まっている。
「じゃあ、私たちもジントニックおかわりして、そしたら今日はお開きにしようか。ナミさん、明日遠くまで出かけるって言ってたよね」
「はい、仕事の調査で少し……」
「土曜日なのに大変ね。まあ、出版社って曜日関係ないみたいなことを聞いたことはあるけど……無理しないでね」
「明日はリンもついて行ってくれるんです。だから気分的にはずいぶん楽」
「そっか……私はそのジン、ストレートでもらいたいな。47種類のボタニカルっていうのがどんななのか、味わってみたい」
 しばらく黙っていたアキが言う。
「いいね。じゃあ、トニックウォーターをチェイサー代わりにして飲もう」
 ユーリが答えた。 

*     *     *

 映画のラストシーンで、フランチェスカの遺灰がローズマン・ブリッジに撒かれるのを見届けた後、二人は初めて一緒にベッドに入った。お風呂と同じく、七会が左側で探夏が右側、シングルベッドに二人が普通に寝るとどちらかが落ちそうになるので、探夏が七会を左腕で腕枕して、七会は探夏の「左デコルテ」を枕代わりにして寝ることにした。この体勢で話すと、お互いの声がお互いの左耳によく聞こえた。探夏が左を向くと、ちょうど七会の額だ。探夏はまず七会の額にキスをした。そして七会の顔を少し持ち上げて、唇に長いキスをした。映画ではフランチェスカは車のドアハンドルに手をかけるも雨の中に飛び出して行くことができず、結局は家族の元に留まった。自分はそのドアを開けて探夏の元へ行くのだろうか、七会はそんなことを思いながら、探夏の腕の中で眠りに落ちた。

 アキはリンとナミをタクシーに乗せて送り出すと、初めてルールを破り、一人で次の章の出だしを盗み読みした。まるで、つい二週間前のアキとマコトを、『道の曲がり角』の著者が天井から見つめていて、それをそのまま写し取ったかのような七会と探夏の描写に、アキは背筋が寒くなるのを感じた。ユーリはジンを飲んで気持ちよくなったのか、座布団を枕にして座敷で横になっていた。

「ユーリさん起きて……少しお願いがあるんだけど」
 アキがユーリを起こしながら言う。
「お願い? アキのお願いなら、なんでも聞くよ。探夏さんみたいな口調になってきちゃった……」
「じゃあ私が七会さん? 私は七会さんに惚れてるから、ユーリさんが七会さん役の方がいいなあ」
 アキがふざける。
「それで、お願いって何?」
「一緒にお風呂に入りたい」
「……小説のシーンを再現するってこと? いいよ。ここが食堂でよかったね。夏はうちの名物の『黒糖みつ豆』を出すんだけど、その寒天に色をつけるために、なんと赤と青の食紅、あるよ! やってみる?」
「うん、やる」
 アキとユーリは一度だけ、群馬県の温泉へ二人で旅したことがある。完全な男女混浴の温泉で、昔は脱衣所さえなかったらしい。二人が湯船に浸かっていると、オーストラリアから来たという男性が入ってきて、アキは壁に掲げてあった毛筆体の効能書きを英語で説明した。見知らぬ男女が一緒に湯船に浸かって話をするというのも実に自然で、アキは七会と探夏が一緒にお風呂に入ったのも、そんな感じではなかったのかと思った。

「じゃあ今日は、私が七会さん役をしてあげる。アキが探夏さんね……」
 ユーリがはしゃぐ。
「じゃあ、私がユーリさんの右側だね……こんな感じかな。じゃあ、鼻の下まで下がってみようか。お湯、飲まないようにしなきゃ」
 二人はつい数時間前にナミが朗読した部分を再現した。目を半分閉じると、視界の上半分の風呂場は消え、水面のむらさきいろだけが見えた。七会と探夏は、もしこの話が実話だとしたら、29年前の夏の日、この色の中に何を見ていたのだろう。もし年齢も本当なら、今は五十歳手前である七会が、小さい頃から愛してやまなかったこの風景……彼女は今でも子どもの頃のことを、そして探夏と二人でその世界に戻ったあの日のことを、覚えているだろうか。

「ユーリさん、今日だけ、私の七会さんになって」
 二人が浮かんできた後、アキはそう言って、物語と同じように左側にいたユーリを背中から抱きしめた。
「アキ……私はアキのこと大好きだし、オサムさんや局の人たちが私たちを『本当の姉妹みたい』って言ってくれるのが何より嬉しい。だから、物語と同じように私を抱きしめてくれていいし、今日はよければ一緒に寝ようよ。私は七会さんではないし、彼女にはなれないけど、アキの気の済むようにしてくれていいよ」
「ありがとう。でもユーリさん、怖いの」
 アキが急に心細い声を出した。
「何が? 二人が最後の日を迎えて、七会さんが福井へ行って、そして物語が終わってしまうことが? たしかに、原稿の束の残りが少なくなってきたね。どんな物語も、必ず終わる……」
「違うの。私、このままずっと1995年に連れ去られてしまって、現在に戻ってこられないんじゃないかって感覚があるの……それで……無理しても戻ることを考えたんだ」
「無理してって?」
「まだ分からないんだけど、もしマコトの子どもを授かったら、私はロンドンへ戻るよ。そして1995年にはお別れする」
「……そんなことがあったんだ、この間の三日間だね……アキは避妊や生殖医療に関しては、今の時代とは違う考えの持ち主だもんね。私は尊重するよ。アキがロンドンへ戻ったら、遊びに行く。でも、山荘のことは忘れないでね。2024年の夏にここで四人で『道の曲がり角』を読んで、毎週笑い合ったことも」

 ユーリは涙を隠してここまで話すと、振り返ってアキと向き合った。アキはユーリを両腕で抱きしめ、その唇に長いキスをした。ユーリは分からなかった。アキは自分を求めているのか、自分の中に七会を見て、その七会への時間を超えた憧れを私に託しているのか、あるいはその両方なのか……それが分からなくても、今日はアキの気が済むまで、七会になり切ろうと心を決めた。その日、二人はアキの「救助部屋」のシングルベッドで抱き合って眠った。ちょうど29年前の同じく七月に、七会と探夏がそうしたように。

*     *     *

「リン、博物館見えたよ。多分ここで、決定的なことが分かると思う。覚悟、できてる?」
 ナミが尋ねる。二人はボトルに可愛い猿が描かれた高級ジンを飲んだ翌日の土曜日、福井へ来ていた。1995年に大規模発掘があった遺跡は県内では一箇所で、現在は博物館が整備され、あとはうまく理由をつけて発掘の参加者名簿さえ手に入れれば、その中の誰かが七会ということになる。もちろん物語が事実に基づいたものであれば、という前提があったが、マコトの推理はおそらく正しいだろうし、ナミの経験上も、『道の曲がり角』が完全な創作とは、どうしても思えなかった。

「大丈夫。それにしても、大学の考古学の先生に頼んで、参加者名簿の開示を依頼するなんて、よくそんな大胆なこと考えたね」
「アキさん、最近少し疲れてるみたいじゃない? 結局のところ、あの物語が実話なのかそうでないのか、もし予想通り実話なら、七会さんはどんな人でどこに住んでいるのか……分かった方がいいと思う」
「アキさんは、物語を物語のまま、夢を夢のままにしておく人ではない」
 リンがまとめ直す。
「そう、アキさんもまた、『ザ・コネクター』なんだと思う。ロンドンと山荘、私たち二人、そして福井のこの場所……それまで縁のなかった人や土地を、次々と繋いでる。アキさんは現在の七会さんみたいな人だよ……二人を会わせてあげたい」
「そんなナミさんこそ、誰よりも『ザ・コネクター』だよ。もう館長さんとはアポ取れてるの?」
「取れてる。先生の名前で申し込んだら、すぐに取れたよ。じゃあ、行こうか」
 今頃山荘では、ユーリとアキが「むらさきいろ」と「Bleu de France」色のタブリエを着て、いつも通りご飯てんこ盛りのトンカツ定食を出しているはずだ。

リンとナミは足並みを揃えて、背後に山を抱き、手前には豊かな水田の広がる、「一乗谷朝倉氏遺跡博物館」へと入って行った。

(第15話へ続く)


【前後の物語】
第1話:カスタムハウス

https://note.com/sasakitory/n/n8eeff7be3fa7
 郵便局員アキが見つけたものとは?
第2話:副塾長のハイヒール
https://note.com/sasakitory/n/n989324f8cb34
 物語はいよいよ1995年に〜七会と探夏が出会う日
第3話:ユーリのスニーカー
https://note.com/sasakitory/n/n72c9ca85f90a 
 ユーリから告げられた秘密とは?
第4話:タブリエ
https://note.com/sasakitory/n/n63098b31494b
 七会と探夏の1995年の夏の第1日
第5話:『道の曲がり角』
https://note.com/sasakitory/n/nbaf518e0f7f1
 謎の小説にタイトルがついた!
第6話:ソロとハーモニー

https://note.com/sasakitory/n/nb0b8307742cc
 七会と探夏の根本的な違いとは?
第7話:Bleu de France
https://note.com/sasakitory/n/n7012d2f47e6f
 アキが二つの時間に生きる準備を整える 
第8話:むらさきいろの海
https://note.com/sasakitory/n/ncc09fee613e2
 七会が昔から抱えていた問題とは?
第9話:サイコロではなく愛
https://note.com/sasakitory/n/n1144b10ca691
 マコトがロンドンから帰ってきた!
第10話:ロブスターと中古車
https://note.com/sasakitory/n/nf4d51f94416a
 七会と探夏の初デートの行方は?
第11話:無伴奏独奏
https://note.com/sasakitory/n/n7341fd2ddcc3
 初デートの翌日は、探夏の部屋で過ごすことに〜
第12話:七会の願いごと
https://note.com/sasakitory/n/n254b7fe00a4f
 探夏の部屋で七会がした願いごととは?
第13話:猿のジントニック
https://note.com/sasakitory/n/n13f244d4740d
 七会と探夏が湯船の中で語り合う……
第14話:永遠の4日間+1
https://note.com/sasakitory/n/n30bcbb2e1c9b
 アキとユーリが湯船の中で語り合う……
第15話:点は、つなぐため
https://note.com/sasakitory/n/n3cbc4c4f4cc0
 七会が含まれる名簿が手に入った!
第16話:七会のすべて
https://note.com/sasakitory/n/n1cd5b133e858
 変奏曲を聴き、探夏は七会の全身を受け入れる
第17話【最終話】:未来の七会へ
https://note.com/sasakitory/n/na3cc00fcda74
 
七会の所在が分かり、アキは七会へ原稿を託す✨ 


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ささきとおる🇳🇱50歳からの海外博士挑戦 サポートってどういうものなのだろう?もしいただけたら、金額の多少に関わらず、うーんと使い道を考えて、そのお金をどう使ったかを note 記事にします☕️

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