数字と向き合う(しかないか) 読書の秋2025ダイヤモンド社の賞を受賞しました
この道なんだろうな、と改めて覚悟を決めた。
この度、noteで読書感想を募集する投稿コンテスト「#読書の秋2025」にて ダイヤモンド社の賞を受賞させていただきました。
お選びいただきましたダイヤモンド社の皆様、著者の堀口様に厚く御礼を申し上げます。また、貴重な機会をいただきましたnote様、ありがとうございます。
いつも応援してくださる皆様、フォロワーの皆様、読んでくださる皆様、ありがとうございます。
≪受賞記事≫
noteやX、kindleで発信を始めてちょうど2年になる。
発信を始める前に、自分は何者で何を発信していこうか、選択肢はいくつかあった。その中でも「算数障害」は最初からブレずにいた気がする。
試行錯誤しながら色々な軸で発信をしたり挑戦をしてきたから、今では何屋さんなのかよく分からない人になっているかもしれない。でも、この2年間一貫して発信し続けているのは「算数障害」で、このことをきっかけにたくさんの経験をさせていただいている。
▼昨日の朝日新聞に取材記事が掲載されています
日々、暮らしの中に潜んでいる数字とは、離れたくても離れられない定めにある。朝起きてから寝るまでに、どれだけの数字を目にしているんだろう、意識してみるとその数は膨大であることは間違いない。
使う文字は0~9の10個なのに、表現されるものは無量大数ある不可思議。その数字が分からない特性なんだから阿僧祇那由多。
ドラッグストアでトイレットペーパーの前で思い悩む。
「2倍巻100m12ロール入りと、1.5倍巻45m8ロール入りと、3倍巻75m12ロールとではどれが一番お得なんですか?」(これはさすがに算数障害じゃない人も分からずに買っていると信じたい)
でもこんなのは瑣末な話で、数字が分からなくて1番辛いのは10代の頃なのである。
算数障害について取材をいただき、記事がYahoo!ニュースに掲載された際にこんなコメントがあった。
新しく職場に入ってきた人がこの特性だと思います。はじめは義務教育すら分からないヤバい人かと思いましたが、この記事を読んで思いなおしました。
意訳すれば、「簡単な算数も分からない人は、その他すべての理解も同じくらい分からないのだろう。」と、そう見えてしまっていたということだ。
私には小学5年生の息子がいるから分かるが、昨今の過熱する中学受験ブームにおいて、算数ができないことは致命的であるような風潮を感じる。どんなに他に秀でているものがあっても、結局算数が絶対的な評価軸にどうしてもある。息子が通う塾の先生も保護者会で何度も言う。「算数です」と。
そんな風潮を感じるたびに、小学生の時の自分が思い起こされる。九九でつまずいた自分が、もしも今の時代に都市部の5年生だったら……と。因数分解をしている隣の子を見ながら机の下で指を折る自分を想像すると、目をぎゅっとつぶってしまう。
だからこそ、私は書き続けなければならないのだと思う。
かつての私のように、数字の海で溺れかけている誰かがいるかもしれない。あるいは、Yahoo!ニュースのコメントをくれた方のように、「知る」ことで救われる周囲の人がいるかもしれない。
「算数ができなくても、それなりに生きていけるし、表現できる」
そう証明し続けることが、この2年間ブレずに発信してきた私の役割であり、今回いただいた賞が「そのままでいい、もっと書け」と背中を押してくれたような気がする。
今回の受賞は、私個人への評価という以上に、「数字に怯えてきた私たちが、自分たちの言葉で語り始めること」へのエールだと受け止めている。
『数字がこわいがなくなる本』には、「算数障害」という言葉は一度も出てこない。だけど、きっとそうだった人もいるんだろうことは想像に難くない。
九九でつまずいたあの頃の私に。 そして、今まさにテスト用紙の前で、あるいは社会の評価の中で立ち尽くしているあなたに。 「大丈夫、道は一つじゃないよ」と伝え続けられるよう、私はこれからもこの道を歩んでいこうと思う。
改めて、この本に出会えたこと、そしてこの発信を続けてこれたことに、心から感謝いたします。
この度はありがとうございました。

▼算数障害についての著書は電子書籍またはZINEで読むことが出来ます
▼ポートフォリオ

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noteを始めてから、算数の能力などに関係なく、発信を続ける楽しさをもらえる場所に出会いました。🚪路地裏
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